母の笑顔
部屋に戻った後、ティカと一緒に遊んで。ほどなく寝かしつけのために寝台へ連れて行った。
ティカは母親に似て寝つきが良いから、寝かしつけは楽だった。
添い寝するように自分もティカの横になり、トントンと。
自分をじっと見つめてくる紫色の瞳を見つめ、優しく微笑みかければ、ティカの目はとろんとし始めた。
ごしごしと目をこする手を取って瞼にキスすれば、ティカはそのまま目を閉じて大きくため息をつく。自分の手を握る母の手をぎゅっと握り、むにゃむにゃと唇が動いて、やがて眠りに落ちた。
可愛らしい寝息を立てて眠るティカをしばらくじっと見つめていたが、ぐう……と自分のお腹が鳴り、リラはうなだれた。
「……なあ、アマーナ。夕食って、まだ残ってるかな……」
リラが尋ねると、ティカが遊んだおもちゃを片付けていたアマーナが笑って頷く。
「もちろんですわ。姫様の分は、きちんと取り置いておりますよ」
さすが、とアマーナの配慮に感謝し、リラは隣の部屋でようやく夕食だ。
リラのために夕食が運ばれ、大好物のカレーライスもちゃんと温かい。リラが作るのを見てマルハマ宮殿の料理人も学び、日本風カレーライスのレシピは無事伝授されたのだった。
「やれやれ。子育てしてると、食事もままならないぜ」
カレーライスを頬張りながらリラが呟けば、アマーナがくすくす笑う。
「でも仕方ないか。一週間、グリモワールでのんびりしてたんだし、マルハマに帰ってる時はティカ優先だよな、やっぱり。十日後にはアリデバランに行くんだから、その間ぐらいは良い母親頑張らないとな」
アリデバランの名前が出て、リラはふと思い出した。
そうだ、とアマーナに声をかける。
「まだ公にはなってないからここだけの話なんだけど、ローザが妊娠したらしいんだ」
「ローザ様が?勇者様の、御妹君のことですよね?」
「そう。ザカートの妹のローザ。妊娠が分かったばかりだから、アリデバランでも公になってなくて、オレもこっそり教えてもらったんだ。そういうわけだからマルハマとしてのお祝いは先になるだろうけど、オレ個人から何か贈ろうと思って」
マルハマにいる間に、贈り物を見繕いたいのだが。
リラが話すと、承知いたしました、とアマーナが笑顔で頷く。
「明日、宮殿に商人を呼びますわ。良い品を見つけましょう」
「うーん。オレとしては、町に出て探したいんだよな。それで、アマーナにも一緒に来てもらえないか聞くつもりだったんだけど」
あら、とアマーナが目を丸くする。
「そういう贈り物は、オレよりアマーナのほうが気が利きそうだからさ。一緒に買い物行こうぜ」
「それは――町へ行くぐらいでしたら、構わないとは思いますが。姫様の頼みでしたら、もちろん……」
アマーナにとっては思いもかけない提案だったらしく、ちょっと戸惑っている。そんなアマーナの姿を今度はリラがくすくすと笑い、カレーライスを食べ終えてデザートの果物をもぐもぐしながら、もう一つ思い出した。
「ん……そうだ。商人を呼ぶほうも考えないといけないかも。こっちは来年の話なんだけど、来年の誕生日でティカが三歳になるだろ?日本では七五三って言って、女の子は三歳の時と七歳の時、成長の特別なお祝いをするんだ。それで、来年の誕生日はティカに良いドレス着せて、写真撮って父さんや母さんにも見せてやりたいんだけど」
「素晴らしい行事ですわね。是非とも、マルハマ王女に相応しいお衣装を選びませんと」
うん、と頷くと、果物をもぐもぐしているリラを置いて、アマーナが部屋を出て行ってしまう。
……まさか。もう商人を呼びつけるつもりなのだろうか。ティカが三歳になるのは、まだずっと先なのに。
デザートを食べ終えた頃、アルバムを持ってアマーナが戻ってきた。
「シチゴサン……というのは、これのことですね?」
母が作ってくれたアルバム。もちろん、リラの七五三の時の写真もある。真っ赤な晴れ着を着て、千歳飴を持った幼い自分。
その写真を指して、アマーナが確認する。
「では、ティカ様のために、さっそくこのお衣装を作らせます」
「気持ちは嬉しいけど、三歳のお祝いはマルハマ風のドレスが良いんだ。マルハマの衣装もこんなに美しいんだぞって両親に教えたくて」
リラは苦笑いでアマーナを止めた。
止めないと、アマーナは本当に晴れ着を作ってくるから。
リラの母から贈られたアルバムを見て以来、アマーナはそれはもう熱心に日本衣装を研究し、ティカが生まれた際にはのしめ――お宮参りに着る衣装をしっかり作り上げてくれた。
写真だけで作れるものなのか!?と最初は驚愕したが、リラが持ち帰ったジャナフ宛ての土産も利用して研究したらしい。
リラがジャナフに持ち帰った土産は、「聞かん坊将軍」という国民的人気を誇った時代劇ドラマ。
お殿様が正体を隠して町を歩き、権力を笠に着た悪を成敗する――絶対ジャナフ好みのストーリーだと思って、ポータブルプレイヤーと共に持ち帰ったDVDセットだ。
リラの予想通りジャナフはドハマりし、おかげさまで仲間内で誰よりも先に日本語をマスターした。
……かなり時代劇口調だが。
ともかく、そのドラマの影響で日本文化に強く興味を持ったジャナフが、ニホン衣装をマルハマでも!と服飾士を呼びつけて衣装を研究させ、自分用の着物をいくつか作らせている。
ティカが二十歳になった時は振袖を着せてあげられたらいいな、と。リラもちょっと思っていた。だから、晴れ着を用意しようとしてくれるアマーナの心遣いは嬉しい。
「七歳の時は、晴れ着にしようかな――でも、やっぱり三歳のお祝いはマルハマ風ドレスでな。オレとジャナフも着るか。別に親は盛装する必要ないんだけど、マルハマ文化の紹介も兼ねて」
「きっとご両親もお喜びになられますわ。マルハマの良さを伝えるためにも、姫様とジャナフ様のお衣装も、しっかり選びませんとね」
ティカが眠っている寝室のほうから、泣き声が聞こえてきて、話はそこで中断となった。
食後のお茶を飲んでいたリラがすぐに立ち上がり、寝室に戻る。
「ティカ……目が覚めちゃったのか」
寝台の上で、寝惚け眼のティカがぐずぐずと泣いている。寝室に入ってきた母の姿を見つけ、抱っこをねだるように手を伸ばした。
リラは娘を抱き、落ち着くまで優しく背中をトントンと叩いて。母に抱かれ、ティカも安心しきったように再び眠りに落ちていった……。
「ティカは甘えん坊だよな。ジャナフに似たのかな?なんか、カーラが小さかった頃を思い出すな」
そっと娘を寝台に寝かせ、リラがくすくす笑う。
ライラだった頃から、彼女は面倒見の良い子だった。弟のカーラのことも、とても可愛がっていたし。だから、きっと良い母親になるだろうとみんな思っていたけれど。
実際に母親となった彼女の姿を見ると、アマーナもとても誇らしく、とても愛しい。
彼女のご両親にも、この姿を見せてあげたい。きっとそれこそが、ご両親が一番喜ぶことだろうから。
「……でも大きくなった。抱っこすると、前よりちょっと重い。七歳の七五三は……日本でできるようになってるといいな……」
ぽつりと、リラがそんなことを呟くのをアマーナは聞き逃さなかった。
何も聞かなかったふりで、リラにも就寝を勧める。リラのドレスから余計な装飾を外すと、リラは娘の隣で眠ることにした。
「今夜はティカと一緒に寝るよ。いつも放ったらかしだから、こういう時ぐらい家族サービスしないとな」
そう言って、リラもすぐに眠りについた――寝つきの良さは、やっぱり親子だ。寝顔も……並んで見比べると、本当にそっくり。
部屋の灯りをすべて消し、アマーナも隣の部屋へと移った。寝室のすぐそばに椅子を持ってきて、リラの母親からもらったアルバムをじっくり眺めながら時間を過ごす。
シチゴサンというイベントのための衣装。
着ている衣服もだが、髪飾りなどの服飾品も見事なものだ。これも研究して、ティカとリラの髪に似合うものを作らせなくては……。




