また、いつか
マルハマ料理は大和も気に入ったようだ。帰ってきたリラは六歳年を取って成人したから、ようやく酒も飲めるようになって。
とは言え、飲んだくれのジャナフを見て育ったから、やっぱり酒はそんなに好きじゃない。大和のほうは、結構酒好きみたいだけど。
「親父。あんま大和に飲ませるなよ。大和も、飲むなとは言わないけど飲み過ぎるなよ」
リラが注意するのを、ジャナフがじっと見つめてくる。ジャナフの視線に、なんだよ、と少し後退りながらリラが言った。
「……おまえ。ヤマトとも恋仲になっておるな」
ジャナフの指摘にリラはぎくりとなり、その場の視線が自分に集中するのを感じた。フェリシィはニコニコし、セラスはニヤニヤしている。
男たちの顔は……なるべく視界に入れないようにした。
「おまえ、いくらなんでもチョロ過ぎぬか!」
「仕方ないだろ!六年も口説かれたら、オレだって根負けするっての!」
高校どころか、大学まで大和はリラを追いかけてきて、熱心にアピールしてきた。リラがザカートたちと特別な絆で結ばれていることも承知の上で。
ほんの少しでも、おまえの心の片隅にでも、俺の場所があるなら――そんな風に迫られ続けたら、リラだって絆されるもので。
「……でも、それで思い出した。ザカート、カーラ、フルーフ……あと親父も。オレ、改めてこっちで暮らしていくことになったし、前の時の関係は解消しようと思って。俗っぽい言い方をすれば、別れようぜ」
何気なくリラはそう言ったが、男たちの頭上には雷が落ちた……ように見えた。後に、フェリシィはそう語った。
「な、なぜ……?」
手にしていた杯を落としてしまっているが、それを気にかける余裕もなく、血の気の引いた顔でザカートが尋ねる。
そんな反応をされるのは意外だったようで、リラは引いている。
「いや……前の時は、おまえらとの別れが決まってたし、グダグダ悩んでるより、限られた時間を一緒に過ごすことに専念しようと思ってオレも了承したけど、やっぱおかしいだろ」
一応リラも、複数の男性と恋人になる非常識さは感じていたらしい。平然と夜這いとかしてくるから、何も気にしていないのかと思ったら……。
「……姉者。いまさらそんなこと言われて、オレたちが納得すると思うのか」
「そんなこと言われても――なんでおまえ、ちょっと切れてんの?」
腹を立てている様子のカーラに、リラが眉間に皺を寄せる。
誠に遺憾である、と言わんばかりの表情だが、それはこちらの台詞だ。
「リラさん……せっかくリラさんが帰ってきてくれて、改めてイチャイチャしようと思ってたのに……男心を弄びすぎです」
「ふ、フルーフ、目が死んでるぞ!綺麗な顔でそういうことするのやめろ!もったいないぞ!」
不穏な空気をまとうフルーフにリラは焦る。
……こいつのマジ切れ顔は、本当に怖い。
「俺は……またおまえに捨てられるのか……ようやくお互いの心が繋がったと、幸せを感じていたのに……」
「病むな!なんだよ、オレが悪いのか!?」
また唐突なヤンデレオーラをザカートが発している。なんでこうなるんだとリラがうなだれれば、おまえが悪い、とジャナフに言われてしまった。
「いまさら、関係を止めたいと言われてもワシらが納得するはずがなかろう。たった一人に選ばれたいという想いがないわけではないが……これから時間はいくらでもあるのだ。ゆっくり口説いて、いつかそうなれば良い。だから、関係解消は認めんぞ」
「……そういうもんなのか?」
単純なリラは、ジャナフにあっさり言いくるめられている。傍で聞いていたセイブルは、苦笑いでそう思った。
やっぱり育ての親だけあって、ジャナフは彼女を説き伏せるコツもよく知っている。
「……そっか。じゃあ、これからもザカートたちとは恋人のままだな。となると話は変わるな――親父、さっさと子ども作るぞ!」
彼女はどうしても、この場を爆発させずにはいられないらしい。さすがのジャナフも、リラのこの爆弾発言には飲んでいた酒を吹き出していた。
「あ、姉者……何を言っているのか分かっているのか?」
あれから六年経ったそうだが、姉の精神年齢はやっぱり四歳ぐらいで止まっているのでは。
そんな疑念を抱き、恐るおそるカーラが口を挟む。
「ちゃんと分かってるっての!おまえらこそ――ザカートもフルーフも親父も、国の王様なんだぞ!跡継ぎが必要なんだぞ!カーラ、おまえだって親父の後継者なんだし、みんな自分の子どもが必要じゃないか。そんなみんなをオレが独占するんだから、オレが全員分生むしかないだろ――オレって丈夫だし、きっとそれは大丈夫だ!」
自信満々、目を輝かせてリラは断言するが、男たちもリアクションに困っている。
……リラと子ども。それは、単純に嬉しいのだが……。
「おまえ……色々と思いきりが良すぎないか……?」
開き直った時の肉食っぷりは、ザカートですら戸惑うほどだ。リラは胸を張り、向こうの世界で仕入れてきたらしい知識を語る。
「子ども作りたいと思っても、すぐできるわけじゃないんだぞ!妊娠だって大変なんだ。オレは最低でも四人子どもを生むんだから、いますぐ計画を立てないとダメなんだよ!特に親父はもう年だし――知ってるか?男もな、年を取ると子どもを作りにくくなるんだぞ!」
年寄り扱いするな、とジャナフが不満げに言ったが、子作りというものを考えるのなら、ジャナフは立派な年寄りのラインだ。
今日中にでも、リラは子作りを実行しそうな勢いである……。
「なあ、リラ。ザカートたちとの関係を解消しないなら、俺とだって、別れる必要ないよな?俺はオラクルで暮らすことになるから、たぶん離れ離れになるんだろうけど……たまには会いにきてくれよ」
「お、そうだな。ザカートたちと別れなくていいなら、おまえとも別れなくていいってことだよな」
口を挟む大和を、ザカートたちが意味ありげな目でジトっと見てくる。それに怯むことなく、大和はこそっとセイブルに話しかけた。
「……おまえも、リラのことが好きなんだろ?そんな顔しても分かるぞ――あいつがオラクルに来たら、一緒に口説くぞ!俺たちだって負けてられねえ……ここは手を組んで、共闘だ!敵は手ごわいぞ!色んな意味で」
ザカートたち恋敵はもちろん、リラ自身、恋愛に関しては相変わらず鈍感だ。六年かけてようやく絆されてくれた程度。十年前からの関係に割り込もうと思ったら、生半可な覚悟ではやっていけない。
だから、敵の敵は味方理論で、他の男を手を組むことだってやってやる!
大和の誘いに、セイブルはぐっと黙り込み……やがて、がしっと手を繋ぎ合った。ろくでもない友情に男たちはため息をつき、何も気づかないリラは二人が友情を深め合ったことを喜んでいる。
「リラ様の子ども、きっととても可愛らしいことでしょう。ライラもお友達ができますし、私、とても楽しみですわ」
「子どもか……わらわも、ミカと考えてみるかのう。仲間外れにされるのは癪じゃ」
天然なフェリシィは無邪気に喜び、セラスは触発されたようだ。
そんな光景を、アマーナやヘルムたちはニコニコと見守る。
リラが跡継ぎ問題解決に乗り出してくれるなら、マルハマ、アリデバラン、グリモワールはこれで安泰だ――。
異なる時間が流れる世界、日本。
リラという名の少女が育った家にて。
「行ってくるよ」
リビングで、ぼんやりとテレビを眺めている妻に向かい、彼は声をかける。
行ってらっしゃい、と妻は言ったが、すぐにまた、テレビを見始めてしまった。
画面に映るのは、二人の間に生まれた愛娘の姿。小さい頃から撮影してきた、思い出のビデオ。
娘がいなくなってから、妻は時々塞ぎ込み、アルバムやビデオなど、娘の思い出の品々に没頭してしまうことがあった。
彼も、そんな妻を責められなくて……彼女を心配しながらも、仕事へ向かうしかなかった。
娘がいない――それ以外は、いつもと変わらぬ日常。その喪失感は、埋めようもなく大きいけれど。
長女のリラは、夫妻にとってようやく得た子どもであった。
夫の自分は子が作りにくい体質で、妻は……出産に、難があった。互いに子どもは諦めていたのだが、思いもかけぬ妊娠が発覚して。
これが最初で最後――そして、必ず覚悟はしてください。医者からもそう念を押された。
あまり良い結末は期待できない。悪い可能性のほうが、ずっと高い――夫妻も、それは覚悟していた……のだが、なんか医者も驚くほどあっさり、元気な子が生まれた。
元気に生まれた娘は、風邪すら引くこともせず、超健康優良児のおてんば娘。
こんな娘では、悪いことのほうが逃げ出してしまいそうだ。
二人でそう笑い合って、奇跡と娘に感謝し、幸せに暮らしていた。
そして、二十歳を迎えた娘から打ち明けられた。
――私、行かなくちゃいけないところがあるんだ。あっちの世界で、待たせてる人たちがいる……いつか、こっちの世界にも必ず帰ってくるから。
娘が奇妙な運命を背負っていることは、あの子が生まれた時から感じていた。
異世界の話を打ち明けられた時も、突拍子もないファンタジー物語に戸惑いつつ、やっぱり、となぜかそう思ってしまった。
別れは寂しいから反対もしてみたけれど、この子が一度言い出したことを曲げるはずもないし……最後は、笑顔で見送った。
納得した上での別れだった。それでも……やっぱり寂しい。
そんな日々を過ごしていた、ある日のことだった。
「母さん!母さん!スマホ!スマホ、見たか!?」
いつもよりずっと早く帰宅した夫に目を丸くしつつ、スマホ?と彼女は首を傾げる。
家には固定電話があるし、携帯電話の扱いに不慣れな彼女は、いつもリビングのテーブルに置きっぱなしにしたまま。
娘がいた頃は、娘からの連絡があるからチェックするようにしてたけど……最近は、放置したままいつの間にか電池が切れてしまうこともしばしば。
今日も――夫に言われて見てみれば、スマホの画面は真っ暗なまま。充電しないと、起動することすらできない。
そんな妻のために、夫は自分のスマホを見せた。
「リラから、メールが来てる!」
夫のそんな言葉に、彼女も急いでスマホを見た。
間違いなく、娘のメールアドレス。
悪質ないたずらかも……とも疑ったが、リラもスマホは苦手で、両親に電話とメールをする以外ではほとんど使わなかった。娘のメールアドレスなんて知っている人間も少ないはず……。
――父さん、母さん、元気にしてるか?
私は大和と一緒に無事に異世界に帰り着いて、前世の故郷マルハマで暮らしてる。
近況を知らせる内容に始まって、リラ自身を撮った写真がついている。
アラビアンナイトのような美しいドレスを着ていて……記憶にあるものと、変わらない笑顔。
――仲間の一人に、賢者って呼ばれるぐらい賢い研究者がいること、話したことあったよな。
あいつがスマホの機能を研究して、父さんと母さんのスマホにメールを送るぐらいならできるかもって。それで、試しにメールを送ってみた。
メールに書かれたリラの説明によると、特定の相手に、一方的に情報を送る技術は異世界にもあるそうだ。
だから、メールならば疑似的に再現できるかも、と提案されて、両親にメールを送った。
残念ながら、リアルタイムに繋がるという技術はないらしく、電話の再現にはまだまだ時間がかかるそうだ。
――でも、この調子ならきっと、電話もできるようになるし、私が元の世界を自由に行き来できるようになると思う。
まだ会えるのは先になるけど。
絶対、またそっちにも帰るから。
スマホをじっと見つめる妻を、彼は抱きしめた。妻も夫を抱きしめ返し、久しぶりに微笑んでいる。
いつかきっと、必ず……あの子はまた、この家に帰ってきてくれる。
自分たちに――異世界であった新しい物語を、聞かせてくれることだろう。離ればなれは寂しいが、子はいずれ巣立つもの。会いに来てくれる日を楽しみに待ちながら、あの子の幸せを祈ろう……。
「あら?またメール……」
妻が持っていたスマホがブルブルと震え、確認してみると、もう一通、リラからメール。
さっきのメールの続きかな、と開いてみれば。
――私、子どもできた。女の子。
とっても可愛い!
赤ちゃんを抱く、娘の写真付き。
妻は目を輝かせていたが、彼はひっくり返りそうになった。
……そこまでは、認めた覚えはないぞ!
いきなりおじいちゃんになってしまったことに頭を抱えつつも、娘と孫の写真は、あとでプリントアウトしておくことにしよう。
本編は、これで完結です。
序盤に出てきた名前のあるサブキャラが出てくる後日談も実は考えていて
もうちょっとだけこの物語を書く予定ではありますが、
気楽な気持ちで始めたこの連載……余裕で百話を超えてしまったので、
とりあえずこれで完結!と宣言だけさせてくださいoyz
更新が停滞してしまった時期もあり、連載期間が長引いてしまいましたが
お付き合いしてくださった方々には感謝の思いでいっぱいです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
後日談も、読んで頂ければ幸いです。




