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勇者の相棒、帰る ~召喚先は、あれから十年後の前世の世界~  作者: 星見だいふく
余話(エピローグ)
123/131

帰った後で


マルハマの美しい宮殿――その後宮。ライラのために用意された部屋。


女官たちを連れ、部屋の掃除をしていたアマーナは、あ、と声を上げた。


「待ってちょうだい」


ドレスを持って行こうとする女官を思わず呼び止め、彼女が手にするドレスにじっと視線を落とす。

半年前、リラに着せたものだ。ライラだった頃は絶対に嫌がったドレスを、彼女は了承してくれたから……美しく着飾らせて……。


「アマーナ様……やはり、お部屋の片づけはまた別の日に……」


感傷に浸るアマーナを気遣って、女官が言う。

彼女の気遣いを有難く感じながらも、いいえ、とアマーナは首を振った。


十年前のあの日から、ずっとそのままになっていたライラの部屋。

十一回忌を迎えるにあたり……アマーナはこの部屋を片付ける決意をした。別れの言葉も交わせないまま永遠に去ってしまったあの子と再会できて……その時が来たのだと、そう思ったから……。


「――あら?アマーナ様、リーフが飛んで行きますわ」


女官の一人が、窓から外を見てリーフの姿を見つける。この数年、マルハマの神獣リーフは眠ってばかりで……活発に動いたのはリラが戻ってきた時だけ……。

思わずアマーナは部屋を飛び出し、外へ向かった。


ちょうど、竜のセイブルがこちらへ向かって飛んでくるところで。

今日はライラの命日だから、かつての仲間たちとセイブル王子が、ライラを偲んでマルハマを訪ねてきている。夜にはちょっとした宴会をする予定で、ご馳走も用意していた。


竜が宮殿の開けた入り口に着地し、鷹のリーフはその周りを飛び回って、リラの腕に……。


「よっ。アマーナ、久しぶり。結局、こっちで暮らすことにしたんだ。またよろしくな」


十年前と変わらない明るい笑顔で。彼女は帰ってきてくれた。


駆け寄り、リラを抱きしめる。リラもアマーナを抱きしめて、へへ、と笑った。


「また白髪増えたか?」

「もう、姫様ったら……」


涙声で、アマーナも笑った。




いつものように、リラはアマーナに引きずられて浴室へ――セラス、フェリシィと共に着替えをしているに違いない。

女性陣が戻ってくるのを待ちながら、男たちはすでに宴の間へ集まっていた。


大和も入浴し、マルハマの寛衣に着替えて。

初めて着る豪華な衣装に、ちょっと気後れしている。


「なんか、申し訳ないな。俺みたいなのが、こんな良い服着せてもらっちゃって……」

「よく似合っているぞ」


委縮気味の大和に向かって、ザカートが笑いかける。

悪くない、とカーラも同意した。


「マルハマの衣装は見た目だけでなく、着心地も優れておるぞ。こちらへ来て、服は少ないだろう。好きなだけ持っていくが良い!」


ジャナフが気前よく言った。

リラが帰ってきてくれたし、今夜はたくさんの酒も振舞われるし、ジャナフは超ご機嫌だ。その気持ちはよく分かるので、今日だけはカーラも父の飲酒を咎めることはしなかった。


「……それにしても、ヤマトさんまでこちらの世界に来るのを選ぶのは、ちょっと意外でした」


甘い果実酒に口をつけながら、フルーフが言った。


セイブルに乗って宮殿へ移動する間、お互いの近況を簡単に報告し合った。

ザカートたちは、魔王ネメシスとの戦いから半年――リラたちの世界では、六年も経ったらしい。時間の流れが異なった世界線なのは知っていたが、予想以上に……まったく、法則性が見つからない。


それはさておき。

六年が経ち、大和とリラは大学とやらを卒業したそうだ。

どこまで信じてもらえるかは分からないが、互いの家族に異世界での記憶を話し……向こうの世界でやりたいことがある――自分たちは、異世界へ行ってしまうつもりだと打ち明けた。

それぞれの家族でどんな話し合いがあったかは長くなったので割愛されたが、とにかく家族にもすべてを伝え、二人ともこちらへ来ることを決めた。ちょうど、大和の夢に女神デルフィーヌが出てきたらしくて。


「俺……オラクルの人たちに、酷いことをしてしまったから。オラクル王国も、めちゃくちゃにして……なのに何もしないまま、のうのうと日本に戻ってしまって……」

「そのようなこと、ヤマト様が気になさる必要はありません」


セイブル王子が、きっぱりと言う。


ミカの予想した通り、仮死状態にあっただけのオラクルの王は無事蘇生し、セイブルは王子に逆戻り。

でも、魔王ネメシスとの戦いの中で成長し、オラクルの民から認められた王子は、いまや王と変わらぬ権限を持っていた。父王も、頼もしくなった息子に後を譲り、自分は隠居しようという心づもりらしい。

いまはオラクル王国の復興が優先だから、それが終わった頃に……。


「私たちも、生き残るためとはいえ異世界から召喚された人々の命を奪いました。魔王ネメシスに利用されていただけの人たちを」

「……うん。こっちで命を落とした日本人は……元の世界では、最初から存在しなかったような扱いだ」


リラと大和が日本に戻った後。

二人の他にも、生き残った者たちは戻って来たらしい。ただし……彼らは何も覚えておらず、リラが転校したクラスは最初からなかったように消滅していた。

記憶の修正のようなものが入って……生き残ったクラスメートたちは最初から別のクラスにいたようになっていたり、学校そのものが別だったり。


そして異世界で命を落としたクラスメートは……そんな子はいないと、彼らの家族でさえそう言った。ただ死んだだけではなく、生きた痕跡すら消え去ってしまった……。


「それで俺、こっちに戻って、命を落とした日本人のことを調べようと思って。俺のクラスメートだけじゃなく、他の人たちも」


魔王ネメシスは、大和たちの前にも異世界召喚を繰り返していた。大和が知らないだけで、こちらで命を落としたまま、元の世界の人たちからも悲しまれることなく……せめて、自分だけは彼らを知って、もし元の世界と自由に行き来できるようになったら、形見の一部を日本に持ち帰ってあげたい。


オラクル王国復興の手伝いと、同郷の人たちの追悼。そのために、大和はこちらの世界を選んだ。


「……そういうことでしたら。オラクルは、ヤマト様を歓迎します。我が国を救ってくださった勇者様ですから。勇者様に手伝ってもらえるなら、みな大喜びすることでしょう」

「俺、そんな偉いやつじゃないから……。ネメシスだって、ほとんどザカートたちに戦ってもらったし――あ、敬語とかいいって!俺も全然使ってないのに!」

「――あっ、親父!もう飲んでるのか!」


彼女の声で、しんみりとした空気がどこかへ吹っ飛んでしまう。それにみな苦笑いしながら、彼女に振り返った。


「大目に見ろ。こんな時に飲まずして、いつ飲むのだ」

「親父はいつだって飲んでるじゃねえか!まあ……今日は大目に見るべきってのは同意だけど」


マルハマのドレスに着替えたリラに、大和がぽーっと見惚れている。

……そう言えば、彼は着飾ったリラを見るのは初めてか。


カーラが立ち上がり、リラをジャナフの隣へ案内する。同じくマルハマのドレスに着替えたフェリシィ、セラスも上座に着席し、ご馳走が運ばれてきて宴が始まった。


「何を持ってこさせた?」


リラが連れてきた女官たちが何かを持っているのを見て、ジャナフが尋ねる。

土産だよ、とリラが答えた。


「これが一番重かったんだぜ――親父が酒好きって教えたら、父さんが持っていけって。日本の酒を、ぜひ親父にも飲んでもらえってさ」

「おお!」


目の前に置かれた日本酒に、ジャナフが目を輝かせる。父の予想した以上に、ジャナフは喜んでいるようだ。


「それから、これはアマーナに。みんなにもお土産は持ってきたんだけど、父さんと母さんが直接選んだものはこの二つだから」


綺麗な風呂敷に包まれたものを、リラがアマーナに向かって差し出す。

リラのために配膳をしていたアマーナは手を止め、リラの前に跪いて深々と頭を下げた。


「ご生母様が、私のようなものにわざわざ……なんともったいない御心遣いを」

「うん。アマーナの土産はオレも選んだんだけど、母さんから、自分のも渡してほしいって頼まれたんだ」


両手で、うやうやしくリラの母親からの贈答品をアマーナは受け取る。丁寧に風呂敷を解くと、中からは分厚い、大きな本が。

重厚な表紙を開けて、アマーナは息を呑んだ。


飛び込んできたものは……美しい女性に抱かれた、小さな赤ん坊の絵姿。赤ん坊が誰か、聞く必要もない。

次のページをめくると、赤ん坊はちょっと成長していて。何枚も貼られた絵姿……ろうそくが一本立てられたケーキの後ろで、ニコニコ笑う女の子が両親に囲まれている。


「アルバムって言うんだよ。たくさんあるオレの写真を選んで……母さんが、アマーナだったらこれが一番喜ぶはずだって」


リラから前世の自分を育てた女性の話を聞き、彼女の母親は懸命に考えてくれたのだ。

アマーナにとって一番嬉しいものは、リラがどうやって育ち、どんなふうに過ごしてきたのか、それを知ること――見れること。


アマーナが持つアルバムを、フェリシィたちも身を乗り出して覗き込んでいた。みんな興味津々らしい。そんな面白いものでもないのに……。


「これは……?」


アルバムに挟まれた台紙を指差し、フェリシィが言った。

大きさが合わなくて、アルバムのページからはみ出ている。これも製本のようになっていて、開くと大きな絵姿が。


「成人式の時の写真だな。て言っても、振袖着て写真撮っただけで、面倒くさいから式は私服で行ったんだけど」


リラの説明ではよく分からなかったが、あとで大和の解説を付け加えるに、日本特有の重要な成人の儀式で、振袖という民族衣装を着て成人のお祝いをすることなのだそうだ。

初めて見る衣装だが、その美しさと華やかさは、外国人のアマーナたちにもよく分かった。


「こちらは……手紙でしょうか?」

「母さんの字だな。アマーナは日本語読めないし、オレが読もうか?」


アルバムに挟まれていたのはもう一つ。封筒に入った、手紙のようなもの。

珍しい形式だが、これも日本特有の手紙様式だそうだ。日本語で書かれているから、アマーナにはまったく読めないが……。


「……いえ。これは……私もニホン語を学び、自分で読むように致します。ご生母様からの大事な言伝ですから」


内容は、なんとなく想像がつく。


――娘を、どうぞよろしくお願いします。

自分が逆の立場だったら、きっとそう書くから。だから、自分自身で確かめることにしよう。誰かに教えてもらうのではなく。


「そっか。オレもそれが良いと思う。親しき仲にも礼儀ありだもんな。オレが読んでいいものじゃないかもしれないし」


アルバムは、あとでゆっくり見ることにしよう。一枚一枚が尊くて……何時間でも眺めていられそう。

あとでワシにも見せろ、とジャナフが言った。カーラも……というか、この場にいるリラ以外の全員が、見たくて仕方がないみたいだ。



すみません……エピローグが長くなりましたorz

次で本編は本当に完結です!


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