勇者の相棒、帰る
セラスに手を引っ張られ、ザカートは魔法陣の中心に立つ。他の者は、ミカが魔法陣の外へと誘導していた。
困惑し、セラスに引っ張られるまま魔法陣の中心に立って、彼女と手を合わせながら。
いいのだろうか、と悩む気持ちも。
「ライラは、自分の意思で元の世界に戻ったのに……」
送還自体は強制であったが、彼女自身、自分が生まれ育った異世界に帰ると決めていた。それを、自分たちのエゴで呼び戻してしまうなんて……。
「だから、遠くであやつの幸せを祈ることにすると?わらわは嫌じゃ――エゴイストで結構。わらわは魔王なのじゃ。自分のためにしか、力は使わぬ」
子どもっぽくぷいっと顔を背け、セラスは唇を尖らせる。
美しい大人の姿へと成長したが、中身は十年前からほとんど変わっていない。
……そういうところ、あいつと一緒だな。
そんなことを思った途端、彼女の顔が浮かんで……懐かしさと、恋しさと……会いたくて堪らない衝動が込み上げてきて。
本当は……会いたい。自分のそばにいてほしい。また……一緒にいたい。
手に描かれた勇者の痣が、ふわりと光った。
ザカートに決断を促すように。
「……いいのか。俺は……そんな、自分勝手なことに力を使って……」
言いながら、自分で笑ってしまった。
思い返してみれば、いつだって自分は、自分のために力を使ってきた。結果的にザカートの行いは高く評価されたけれど、世間の人が思うほど、自分は志のある人間ではなかった。
身近な誰かのため……自分のために勇者の力を使い続けて、たまたま……世界の平和につながっただけ。
「俺は……ライラに会いたい」
痣が、目も眩むほどの光りを放つ。そのザカートの手にセラスも手を重ね、魔力を集中させる。
地面に描かれた魔法陣も光り輝いて、ザカートたちの頭上に光が集まり始めた。
光が集まり、丸くなり……球体のように、大きく膨らんで……。
……ぼとりと、男が一人、落ちてきた。
「痛っ!」
落下してきた男は地面に尻もちをつき、ついでに背中も強打していた。結構痛かったみたいで、背中をさすってすぐには起き上がれずにいる。
いつもだったら手を差し出して助け起こしただろうけど……呆気にとられ、ザカートはぽかんとしていた。たぶん、魔法陣の外で成り行きを見守っていた他のみんなも。
セラスだけは眉間に皺を寄せ、男を睨みつけて。
「おまえではないっ!!」
「ぎゃあっ――あっ!?魔王になった女!?それに、ザカート――本当に来たのか――って、おい!?」
八つ当たり気味に飛んできたセラスの火の玉を間一髪避けた男は、周囲を見回し、一瞬笑顔になったものの、絶望したような顔になった。
「リラ!?おまえは来てないのかよ!俺一人だけでこっちに来ちゃって、どうするんだよ!」
落ちてきた男は大和――オラクル王国を救った勇者だ。
慌てる彼の言葉から察するに、リラと一緒にこちらへ来るつもりだったらしい。でも、来たのは大和一人だけ……。
「うぐぐ……!ダメなのか!?ザカートがおれば、小娘を選んで召喚できると思ったのに……!」
セラスが、悔しそうに地団太を踏む。
ミカも落胆したように大きなため息をつき、カーラやフルーフたちが説明を求めていた。
魔王ネメシスが使った召喚術。異世界から、人を呼ぶ術。
セラスならば、きっとこの術を使いこなせる。残念ながら、数十人単位を一度に呼べたネメシスと違い、セラスは一人が限界だが、人数は問題ない。
問題は……この召喚術、召喚者が選んだ相手が召喚できるわけではないということ。
誰がやって来るのかは分からない。それは、代々召喚術を受け継いで研究してきたネメシスにも、まったく予測できなかったらしい。
だから、リラを選ぶためにザカートの力に頼ることにした。
リラが召喚されたのは、勇者ザカートの強い意志に呼び寄せられたから。きっと今回だって、ザカートの力もあれば同じようにリラを召喚できるはず!
そう思い、敢行したのに。
「リラ!一緒にまたこっちへ行こうって、約束したじゃないか!」
澄み渡った青空に向かい、大和が叫んでいる。大して意味のない行動だが、ザカートはハッと気づいた。
「セラス!もう一度、いけるか?今度は絶対、あいつを呼んでみせるから!」
力強くザカートが言い、お、とセラスは目を丸くする。
何やら自信があるようじゃのう、と笑い、もう一度、ザカートと手を重ねた。
勇者の痣が、再び光る。目を閉じ、ザカートは心の中で静かに唱えた。
――リラ。
彼女の名前を。
――リラ……俺は、おまえに会いたい。
ライラに会うことは、不可能なのだ。ライラは死んでしまった。彼女はライラの強さも人格も魂も、何もかも受け継いだけれど、ライラではない。
だから……望んでも無駄。そのことを、分かったふりをして、分からないままにしていた。
自分が望むべきは、過去ではない。
過去をやり直そうとするのではなく……彼女と、未来を歩むことを考えるのだ。
先ほどと同じように光が頭上に集まり、球体となって膨らむ。光が眩しくて、ザカートも目を細めた。
光の中で、何かがキラキラと輝いている。
光を反射させ、刃の欠片が……。
「ザカート……!」
懐かしい声に、ザカートは反射的に手を伸ばした。光の中へ――誰かが自分の手をしっかり握り締める。思いきり引っ張って……彼女は、自分の腕の中へ飛び込んできた。
両腕で彼女を抱きとめ、ザカートは笑う。
そんなつもりはなかったのに、自然と涙があふれて。やっぱり泣き虫、と彼女が笑う。
「……お帰り。リラ」
帰ってきた相棒を、ザカートは力いっぱい抱きしめた。リラもザカートを抱きしめ返し、ただいま、と呟いた。
しばらく、そうやって二人で抱き合った後……突然、リラがザカートを押し退けた。
「あーっ、オレの荷物!良かったぁ……!急に身体が軽くなったから、荷物だけ置き去りにしてきたのかと思って焦ったぜ!」
感動の再会もそっちのけで、リラは魔法陣の隅っこに転がっている荷物に飛びつく。
人間が入れるぐらいの大きさで……リュックサックって言うんだ、とあとでリラが教えてくれた。
「おまえ……わざわざ何を持ってきたのだ」
ジャナフも、巨大な荷物を前にして、リラが戻ってきた喜びもすっ飛んでしまったらしい。
よいしょ、とリラは軽々背負ったが……ちょっと、足元あたり、地面がめり込んでいるのだが。
「みんなへのお土産だよ。あと、こっちで生活していくのに、持ってきたいものもあったし」
「それにしたって多すぎじゃないか……?」
大和も自分のリュックサックを背負いながら、リラの荷物を見て言った。
大和の荷物は……大きいが、リラに比べれば驚くほどでもなかった。
「リラ……すまない……」
「なんで謝るんだ?」
申し訳なさそうな顔をするザカートに、リラはきょとんとする。
分かっていた――彼女に辛い選択を強いることになると分かっていて、自分のエゴを押し通した。だから、謝罪は筋違いなのかもしれないけれど……。
「おまえに……ニホンという国を捨てさせてしまった。おまえの両親だっていたのに……」
「何言ってんだ。オレは向こうの世界を捨てたつもりはないぞ。こっちの世界に帰ってくることにしたけど、いずれ向こうの世界にも帰るつもりだし」
あっけらかんと話すリラに、え、と一同が目を瞬かせる。大和は悪戯っぽく笑っていた。
「こっちの世界に来て、向こうの世界に戻ることができて。で、またこうして、こっちの世界に来れたじゃん?てことは、いつかきっと、こっちの世界と向こうの世界、自由に行き来できるようになると思うんだよ。その可能性は、こっちの世界で探したほうが確実だから、こっちを選んだだけで――」
リラが力強く笑う。
「オレはどっちの世界も諦めないぜ!新たな伝説を築くんだ!今度は、オレが主役だからな!」
ぽかんと、ザカートたちは口を開き、清々しい笑顔で親指を立てるリラを呆然と眺め……やがて、みんな笑った。
「そうじゃな。召喚術は成功した――さすがわらわじゃ。この調子ならば、こちらの世界とあちらの世界、自由自在に移動できるようになる日も近いことじゃろう」
セラスが言い、ですね、とフルーフが相槌を打つ。
「グリモワールも協力します。面白そうな術です――異世界の文化と技術には、僕も大いに興味がありますし」
「私も、異世界のお料理に興味がありますわ。かれーらいすに、手で食べるクレープ。ぜひ、ニホン本場のものも食べてみたいです」
ふふ、とフェリシィが笑った。
「やれやれ。アマーナも、皺と白髪がいっそう増えてしまうな」
「親父殿、それはデリカシーがないぞ――まったくもって、彼女には気の毒なことだが」
ジャナフとカーラも、帰ってきたリラに振り回されるアマーナのことを思い、笑い合う。
ザカートも涙を拭い、心からの笑顔でリラを見た。
「いつか、見てみたいな。おまえが生まれ育った国」
「一緒に見に行こうぜ。いつか――きっと」
もうちょっとだけ、エピローグが続きます。




