真の姿
城の中を、大和が案内する。先ほどの説明通りなら、向かっている先は玉座。
相変わらず、城の中に生き物の気配はない。
「なあ、大和。一緒に召喚されたみんなは?おまえしかいないように感じるけど……」
まさか、すでに全員……という嫌な予想に、リラも言葉を濁した。
顔も名前も覚えていないクラスメートたちだが、それでも、命を落とすには若すぎる。みんな、元の世界に帰りたかっただろうに……。
「生きてるやつらもいる――俺以外の人間は、魔物になったんだ。魔物になったら、俺の声も届かないみたいで」
生きている者もいる。
大和には、その言い方が精いっぱいなのだろうなということを察した。全員が生き残っているとは思っていなかったが、その事実と向き合わなくてはならなくなると、リラですら黙ることしかできなかった。
「魔物に……。もしかして、塔に向かってた魔物は……」
ザカートが呟く。大和が頷いた。
「魔物に姿を変えられた人間だ。俺たちのクラスメートも、あの中に……」
「そうじゃないかとは思ってたけど、やっぱりそうなのか。魔物に姿を変えられたほうは、ザカートの力があれば何とかなるかな?」
セイブルたち魔竜と違って、魔王の力で姿を変えられた魔物なら、ザカートの勇者の力で――過去にローザやルークのことだって元に戻せたのだから。
たぶん、とザカートも同意する。
「……どちらにしろ、ネメシスを倒さなければどうにもならない」
立ち止まり、大きな扉を見上げてザカートが言った。
この扉の向こうにいる。誰もが分かった。ネメシスも、自分たちが来るのを待って、もう力を隠す気もない。
大和が、ちらりとリラを見る。リラが頷けば、意を決したようにぎゅっと握り締めた手を扉に伸ばして――大和が触れた途端、扉は重々しい音を立てて開いた。
玉座の間は先ほどの大広間よりも広く、ガランとしていて何もない。
この城に住んでいた人たちがいなくなって数年経っている。生活感はなく、まるで廃墟のよう。
「ザカートと共倒れを期待したんだけど、そう上手くはいかないか。やっぱり勇者というのは、一筋縄ではいかないものなんだね」
何もない玉座の間でリラたちを待っていたのは、一人の少年。透けるような金髪に、病的なまでの白い肌。見た目は人間だが、人間らしからぬ雰囲気が漂っている。
初対面のはずだが、どれが勇者ザカートなのか、少年にはすぐに分かったようだ。
男は俺と大和しかいないのだから、消去法で分かるだろう、とザカートから冷静につっこまれてしまったが。
「おぬしがネメシスじゃな。クソガキと聞いておったが、その特徴と一致しておる」
ネメシスを睨み、セラスが言った。セラスの睨みに対し、ネメシスは嘲笑する。
「弱虫グリードの娘か。歴代でも最弱とか言われてる魔王。その子どもが勇者の仲間やってるなんて、ふざけてるよね。親が親なら、子も子だ」
分かりやすい挑発だが、効果はてきめんだ。黒い髪が逆立つほど、セラスの魔力が危険な感じに渦巻いている。
魔王グリード――クルクスの前の魔王で、セラスの父親だ。強大な力を持っていたが、争いごとに関心がなくて、最期は勇者ミカに望んで討たれた――そう聞いている。
「お喋りなやつだな。クルクスはもっと物静かだったぞ」
リラが口を挟む。
魔王クルクスも陰険クソ野郎だった。魔王ネメシスも、なかなかの陰険っぷりだ。
「世間話で和ませて、君たちに命乞いをする猶予を与えてやろうというボクなりの気遣いだったのになぁ。人の親切は、もっと素直に受け取っておきなよ」
「おまえの親切には、裏がありまくりだろうが」
竜の血を飲むよう勧めたり、竜を殺すために怪しげな剣を大和に与えたり。その結果、彼らがどんな目に遭ったかを考えたら、ネメシスの親切など受け取れるはずがない。
「可愛げがないね。そんなに死にたいなら、さっさと殺してやるよ――」
魔王ネメシスの周囲に、目視できるほど禍々しい黄金色のオーラが渦巻く。黄金色の輝きはネメシスの金色の髪から放たれ、ネメシスの身体を包み込んでいった……。
眩しさにリラたちも目を開けていられず、圧迫感のある強い風に煽られて飛ばされないよう、しっかり踏ん張った。
光が収まり、少年の立っていた場所には巨大な……顔を上げ、その全貌を把握した時、げ、とリラは声を漏らす。
「魔竜……か?セイブルよりすごくヤな感じで……比較にならないぐらいでかいけど……」
ガランとしたこの部屋の理由が、リラにもよく分かった。
この身体では、物は撤去しておかないと邪魔で仕方ないだろう。背の高い広い玉座の間でなければ、この竜は収まらない。
「魔王ってのは、どうしてこう……文字通り頭数を増やしたがるんだ!」
言っている間にも、竜の長い首のひとつが黄金色の炎を吐き出してくる。
ザカートがフェリシィを、リラが大和を抱えて回避し、セラスも急いで術で跳んでその場を離れた。
魔王ネメシスは、巨大な黄金の魔竜へと姿を変えていた。長い首が三つ。大きな翼が生えていて、羽ばたけば巨体も軽々と持ち上がる……。
「首が三つ――どれが本体だ……!?」
本体を見極めようとザカートは魔王ネメシスと向き合うが、最初の炎を避けた後も別の首が炎の玉を吐いてくる。
真ん中の首が息吹のような炎を吐き、右の首は球体の炎。左の首は……。
「すべてが本体じゃ。首を三つに分け、力も三つに分けておる――それでもわらわたちに勝てると、そう判断して」
「ムカつくけど、その判断は間違ってないな」
セラスの分析に、忌々しく感じながらもリラも納得するしかなかった。
これだけ強力で強大な魔術をぽんぽん連発して、魔竜ネメシスはスタミナ切れする様子もない。
球体の炎は威力重視。息吹の炎は範囲重視。最後の炎――左の首が放つ炎は、連発できない代わりに……。
「みなさん、結界の中に……!」
杖を高く掲げ、フェリシィが急いで言った。
リラは大和をフェリシィが張る結界に放り投げ、自分は全力で走って壁を駆け上がった。一目散に天井を目指し、シャンデリアの残骸と思わしきものに飛び移って。
左の首は、光線のほうな炎を吐いた。それも、恐ろしく広範囲な。天井に跳んだリラは範囲から外れたが、竜の足元から前面部分すべてが光線の攻撃範囲。
フェリシィの力でも、その炎を防ぎきるのは難しいらしい。
フェリシィたちに向かって炎を吐く左の首に向かって、リラは飛びついた。頭上から攻撃を食らわせてやれば――左の首の攻撃は強力な代わりに、炎を吐くまでに長めの溜めが必要だ。連続して攻撃することはできない。それが大きな弱点。
――他二つの首は、その弱点を補うためのもの。
リラが頭上から攻撃を狙っていることに気付き、右の首が顔を上げ、球体の炎を吐いてくる。あれなら威力は大したことない。自分なら……きっと、ダメージもすぐに回復するはず……。
「バカ娘!無茶をするでない!」
怒声と共に黒い炎が飛んできて、黄金竜が吐いた炎の玉を弾いて打ち消す。
炎がぶつかり合う爆風に吹っ飛んでしまって、残念ながら竜を攻撃し損ねてしまった。
「サンキュー、セラス!」
「言うておる場合か!このバカ娘!おぬしはクルクスの時から進歩しておらぬではないか!」
「バカバカ言うなよ。バカなのはその通りだけど――だから、オレはこういう戦い方しかできないんだ!」
開き直るリラに、うぐぐ、とセラスが呆れたような顔をする。
リラの無謀さに腹を立て……その代わり、父親を侮辱された怒りはどこかへ飛んで行ってしまったようだ。
冷静さを取り戻したらしいセラスを見て、リラは不敵に笑う。感情任せの突撃は、自分の十八番。仲間たちに、そんな真似をさせるわけにはいかない。
「……まったく。おぬしと来たら……」
そう言いながらも、セラスも不敵に笑う。
彼女の周囲で魔力が渦巻いて、黒い髪がなびく。揺れる髪が、少しずつ長くなっていって。
リラは目を丸くした。
「その姿――」
「言うたであろう。あれは仮の姿。魔力の増したわらわは成長し……ぼんっきゅっぼんっの美女が、本来の姿じゃと」
十年前から変わらぬ、少女のような姿。それがいまは大きく変化し、美しくも妖艶な美女の姿に。
これがきっと、いまのセラスの本当の姿なのだ。




