勇者への道
オラクルの王城を、リラたちは足早に駆け抜けていく。
あらかじめセイブルから城の間取りは教えてもらっていたし、隠すことをしなくなった魔王ネメシスの禍々しい魔力を追えばいいのだから、迷うことなく真っ直ぐと。
城は無人。人の……生き物の気配を感じない。だだっ広いだけの建物の中を、リラたちは急いだ。
「城ってのは、どうしてこうも無駄に広くて分かりにくい構造してるんだ?玉座まであと何メートルとか、分かりやすい標識を置いておくべきだ」
リラが呆れたように言えば、情緒がなさ過ぎるじゃろ、とセラスにつっこまれた。
「魔力を追えるから楽勝だと思ったが、逆に気配が大き過ぎて、追いきれないな」
ザカートはため息まじりに大きく息を吐き、呼吸を整える。
底なし体力の自分はいいが、フェリシィたちはずっと走り続けることはできない。早くネメシスを見つけたいが、広い城ではなかなか目的地にたどり着けないし、何度か立ち止まって、短い休憩を取る必要がある。
ネメシスの気配を追うためにも時折立ち止まり、小休憩を取って……。
「……なあ。ネメシスの他に、なんか気持ちの悪い魔力がないか?」
魔王の気配を探り、リラが言った。
ネメシスの魔力が強大だから、いままで気付かなかった。無人だと思っていた城――人どころか、生き物の気配もないと思っていたけれど。
魔王ネメシスの他に、誰かがいる。
リラがザカートたちを見れば、彼らも神妙な面持ちで頷いた。
「しかし……この魔力、ネメシスと同じではないか?雰囲気は異なっておるが」
セラスが言い、リラも思わず同意した。
奇妙な言い方だが、セラスの言う通り。同じ魔力だが、何だか様子が違う。何が違うのかは表現できないが……とにかく、魔王ネメシスと、魔王ネメシスと同じ魔力を持った誰か――もしくは、何かがいる。
「こっちのほうが近いな。この先の部屋から……」
ザカートが、気配がする先に視線をやりながら呟く。
「避けていくべきでしょうか?」
フェリシィが不安そうに尋ねるが、真っ先に首を振ったのはザカートだった。
「行かなくてはいけない――そんな気がする。行こう。魔王ネメシスに会う前に」
ザカートにしては珍しく、きっぱりとした口調で言い、自ら先頭を歩く。リラはフェリシィやセラスと顔を見合わせ、急いでザカートのあとを追った。
魔王ネメシスと、もう一つの気配は、そう離れた場所にはない。
ネメシスが、そちらへ向かうよう誘導しているようにも感じる。でも、ザカートには何か確信があるようだった。リラたちも、ザカートの確信を信じてもう一つの気配に向かった。
ザカートと共にたどり着いたのは大広間。
リラとして、この世界で一番最初に足を踏み入れた場所。ここに召喚されて……訳も分からないままに、城の外へと放り出されて。
あの時はクラスメートたちもいて、華やかに飾り付けられていて。
……あの時とずいぶん雰囲気が違っているから、一瞬同じ場所だと気づかなかった。
暗く、広く……荒れ果てたような部屋。薄暗いそこに、ぽつんと誰かが立っている。
彼も、あの時からずいぶんと雰囲気が変わっているものだから、リラは目を瞬かせてしまった。
「大和……?おまえ、大和か!?」
リラに呼びかけられ、大和がゆっくりと顔を上げる。
彼とは、そんなに面識があるわけではなかった。リラは転校初日にクラスごと召喚されて、クラスメートたちのこともほとんど知らない。大和のことも……。
でも、彼は明るい笑顔が象徴的で。
一目で印象に残るほどの快活さが、いまの彼からは失われている。
「白咲……生きてたんだな」
大和の暗い瞳が、リラを見てわずかに揺らめく。
彼の目には、まだちゃんと理性と自我が残っている。でもそれも、どす黒い闇によって呑み込まれようとしていた。
「その剣……」
大和が持つ剣を見、ザカートが息を呑む。
不穏な魔力は、この剣から発せられている。禍々しい力を放つ剣は、大和の手と一体化していた。気持ちの悪い形をしていて、柄の部分は、まるで大和の手に食いつくかのように絡みついていて。
「セイブルっていう男からもらったんだ……。竜を殺すのに、使えって渡されて……俺、まんまと……」
大和が、自嘲気味に話す。
大和が指すセイブルは、例の偽者のことだ。何者なのかは、結局分からないままだが。
「……あいつが教えてくれた。あの竜は……もとはこの国に住んでた人たちなんだろう?あいつに襲われて、姿が変わってしまっただけの、普通の人間……」
大和の言葉に、リラは押し黙る。
偽セイブルは、竜の正体を打ち明けていたのか。大和がもっともダメージを受ける、最悪のタイミングで。
「俺たち……人間を殺したんだ……。何の罪もない人たちを……」
「竜は強くて、そう簡単に死なない。仮死状態になっただけのやつもいる。だから――」
「知ってるよ。それもあいつが教えてくれた。だからわざわざ、竜の血を採るように仕向けたんだとさ。いくら生命力に優れた竜でも、そこまでトドメを刺されたら助からないから」
魔竜の生命力の高さも、ネメシスはとっくに把握していた。大和たちが完全に息の根を止めるように仕向けていた――どこまでも悪辣なやり方に、リラも血の気が引いてしまう。
「オラクルの人たちは、自分が住んでる国を取り戻そうとしただけなんだろう?それを、何も知らない俺たちが正義の味方気取りで殺して……そうまでして生き残ろうとしたのに、俺はクラスメートたちもほとんど助けられなくて……」
大和がうつむき、絶望まじりに吐き出した。
「俺は、勇者なんだってさ。魔王ネメシスとやらを倒すために力を与えられた……勇者の力で、罪のない人たちを殺して……」
大和の腕に食いつく剣が、カタカタと小刻みに震え出す。
剣は、大和の感情に反応している。禍々しい力が、いっそう強まった――。
「魔王に言いように動かされ、この様だ。この剣……どうやっても手離せない。これで俺は、おまえたちを殺すしかないんだ。でもそっちの男――そいつも、勇者なんだろう?俺でも分かるよ――俺なんかより、ずっと強い……」
顔を上げてザカートを見た大和の目から、涙が。
頬を伝って、ぽつりと床に落ちた瞬間。
大和の姿が消え、リラは咄嗟に飛び出した。動きは追い切れなかったが、禍々しい気配のおかげでリラの反射神経が追い付いた。
猛スピードで突っ込んできて、ザカートに振り下ろそうとした剣を、マルハマ鉱石の埋まったブーツで蹴飛ばす。
剣は弾かれ、大和が後ろによろめいた。だがすぐに態勢を立て直し、再び剣を構えて飛び込んでくる。今度は、ザカートが自身の剣を抜いてそれを受け止めた……。
「フェリシィ!セラス!おまえたちは手を出すな!」
大和の剣を受け止めたまま、ギリギリとつばぜり合いの状態で、ザカートが言った。
「俺が戦わなくてはならない――そんな気がするんだ。だから……魔王との戦いもある。おまえたちは、力を温存すべきだ!」
ザカートは大和の剣を弾く。大和はすぐに次の攻撃を仕掛けてきた。その攻撃も、ザカートは難なく防いで……でも、防戦一方だ。
二人の戦いぶりを見た感じ、純粋な身体能力は大和よりザカートのほうが上だ。
やっぱりザカートのほうが戦歴も長いし、大和は平和な日本で暮らしていた平凡な男子高校生。勇者の力を使いこなすザカートに対し、大和は勇者の力すら発揮できていなくて。
そんな大和とザカートの戦いで、能力の差を埋めているのは大和の剣だ。
禍々しい力を放つ剣は、大和の身体を使ってザカートを攻撃しているようでもあって。罪悪感や絶望、死への恐怖で混乱している大和を、剣が利用している。
ザカートは大和を傷つけることなく、剣を破壊しようとしている。でも……きっと、ザカートの力では剣を破壊できない。あの剣を破壊するためには……。
「大和!お前は勇者なんだ!そんな剣に乗っ取られるな!」
リラは大和に向かって叫んだ。
あの剣を破壊するためには、もう一人の勇者の力が必要だ。大和が自身の力を目覚めさせ、あの剣を破壊しなくてはならない。そして大和なら、それができる。
何の根拠もないが、リラはそう思った。
「お前だって、知ってるだろ!?どんなに強くったって、魔王は最後には必ず勇者に倒されるって!」
「そんなの、ゲームの中の話じゃないか!ゲームと現実は違うんだ!」
大和が、悲痛な声で叫ぶ。
「俺は、勇者なんかじゃない……!勇者なんかに……なれっこない……!」




