勇者物語の最終章
大きくなったセイブルの背に乗って、リラたちはオラクル王国を目指す。
今回は、もう寄り道はなしだ。覚悟を決めて、真っ直ぐ国都を目指して行って。
「あの塔――見えて来たぜ。あの塔が見えてきたら、町もすぐだ」
遠くからでも見える、竜たちが住む塔。
リラになって初めてこの世界で見た光景。あの時は、ここへ戻ってくるまでにこんなに時間がかかるとは思ってもいなかった。
この世界がどうなっているのか。なぜ自分はこちらへ戻ってきてしまったのか。
かつての仲間たちは、どうなったのか。何も分からないまま。
セイブルと共に、何も分からないままに飛び出して、旅を続けた。
そしていま、仲間を連れ、魔王を倒すために戻ってきた。
始まりの場所――決着の場所へ。
「て……おいおい、なんだよあれ!?」
まだ町は小さいが、上空からでも塔の異変は見えた。
塔の出入り口……塔を取り囲むように、おびただしい数の魔物が群がっている。大した強さではなさそうだが、あの数はリラでもうんざりしそうだ……。
「先手を打たれたか」
ジャナフが舌打ちをする。
「ワシらがネメシスと戦っている間にセイブルを塔へ向かわせ、残った者たちにも加勢してもらう予定だったが、そう上手くはいかぬか」
「俺たちが町に近づいていること、ネメシスは気付いているということか」
塔に視線をやりながら、ザカートが言った。
「向こうに先手を打たれた以上、こちらも計画を変えるぞ――塔へは、ワシとカーラも向かう」
「フルーフが一緒に行くことになってたけど……それプラス、親父とカーラもついていくってことか?」
リラが尋ねると、ジャナフが頷く。
最初から、フルーフはセイブルと共に塔を目指すことになっていた。
竜になってしまったオラクルの人たちを元に戻すには、フルーフが持ってきた薬が必要だし、オラクルの人たちを説得するためには、やはりセイブルが訴えるしかない。
二人が塔でオラクルの人たちを治療し、状況を説明している間に大和を見つけ、ネメシスと戦う――そういう計画だった。
「あれは明らかに陽動だ。ワシらの戦力を、少しでも塔に割くためのな。だがそうと分かっていても、あれは放っておけまい」
「塔には、戦えない女子供もいます。戦士もいまは数が減っていますし……いくら竜が並外れて強いとは言っても、あの数は……」
セイブルは動揺している。
魔竜と言っても無敵ではない。例え雑魚でも、数に物を言わせて攻められては耐えきれないだろう。
オラクルの人たちにとっても、これが生き残るか、滅亡するかの正念場だ。
「陽動に乗るのなら、ワシ以上にうってつけの人間はおらぬであろう。とは言え、ワシもサポートは欲しい。ライラがザカートと共に行ってしまうのなら、カーラはワシのほうに残してもらわねば」
当たり前のように自分はザカートについて行くことになっているので、リラはちょっと目を丸くしてしまう。
そんなリラに、ジャナフのほうが驚いている。
「あれが陽動ならば、魔王ネメシスは城に残っておるはずだ。ザカートの接近に気付いたなら、自身を倒す勇者も遠くへ置くまい。おまえには、異世界の勇者とザカートを繋ぐ役割があるのだ。ザカートについていくのが当然だろう」
「あ……そっか。分かった――親父、カーラ、気をつけてな。フルーフも……オラクルの人たちのこと、頼んだぞ」
ジャナフの説明に納得し、リラはカーラとフルーフを見た。
「姉者たちのほうこそ。呪印でこちらでも様子を探ってはおくが、転移も間に合わぬような無茶はしないようにな」
カーラなら、リラに描かれた呪印でこちらの状況も把握できるし、いざとなれば転移術で瞬間的に移動もできる。
……だから、リラと二手に分かれるのならカーラは自分についてこさせたのだろう。ジャナフも、塔での問題が解決したらすぐに駆け付けるつもりで。
「回復術を持ったカーラさんと、回復薬持ちの僕が塔へ向かうなら、フェリシィさんはザカートさん、ライラさんと一緒に城ですね。魔王と戦うというのに、治癒術が使えるフェリシィさんがいないのでは、あまりにも厳し過ぎますから」
「はい。お二人を、しっかりサポートいたします」
杖をぎゅっと握り、フェリシィが頷いた。
「……なら。セラス、君も一緒に城へ行くんだ。塔には、僕がついて行く」
「はあ?おぬしも?」
セラスは虚を突かれたような顔でミカを見る。ミカはいつもの笑顔を浮かべ、けれど決然とした口調だった。
「ザカート君ほどの力はないけど、僕も勇者の端くれだからね。オラクルの人たちにかけられた呪いを、僕でもちょっとぐらいなら解けるかもしれない。僕までついて行くとなると、人数を考えても君はザカート君たちについていって、一緒に魔王と戦うべきでしょ?」
「それはそうじゃが……おぬし、急に勇者面するようになったのう。まあ、良いが。わらわはネメシスのほうへ向かうつもりであったし」
城へ向かうのは、ザカートとリラ、フェリシィ、セラス……見事に女ばっかりだな、と思いつつも、そういう戦力だから仕方がないとリラは笑った。
「セイブル、建物の屋根に飛び移れるぐらいまで高度を下げてくれ。フェリシィはオレが抱えれば大丈夫だよな?」
「うむ。わらわならば、術で多少は身体能力を強化できるからのう」
「もう少し下げてもらえれば、俺も大丈夫だ」
リラの頼みを聞き、セイブルがゆっくりと高度を下げていく。町が近付き、一番高い建物ぐらいならリラでも飛び移れそうだ。
城は、町の中心……大きな竜が近付いてきているのに、町は異様なほど静かだ。最初にこの町に来た時、竜が近付いてきたら、町の人たち……いや、リラたちのように召喚されたっぽい人たちが大騒ぎしていたのに。
リラはフェリシィを抱え、建物へと飛び移る。ほとんど同時にザカートも飛び移り、ちょっと遅れて飛び降りてきたセラスを抱きとめていた。
それを見届けると竜は高度を上げ、方向を変えて塔へと飛んで行った……。
「町……誰もいないな」
フェリシィを連れて地上に飛び降り、周囲を見回してリラが呟く。
まるで廃墟のよう。建物こそ綺麗に並んでいるが、人の気配がない。もう何年も、この町でまともな人間生活があったような雰囲気もなくて。
「この町には、オレたちみたいに召喚されたっぽい日本人のほかにも、この町の人が住んでるはずなのに……。あ、いや。本当の町の人たちは竜になってるから、あの町の人たちも偽オラクル人ってことか?」
「実際に人間がおったわけではなく、幻術の類かもしれぬ」
セラスも町をじっと観察する。
「人間らしくないと、おぬし、話しておったであろう。ハリボテか何かでも設置して、異世界人が近付いたら、まるで人間でもおるかのような幻が見えるように術をかけておいたのかもしれぬぞ。馬鹿馬鹿しいほどの手間ではあるが、大した魔力は必要ない。おぬしの話しておった、ゲームとやらの再現をやっておったのかものう」
「もっと有用なことに力を使えばいいのに」
リラは心の底からそう思うのだが、その結果魔王になれるだけの力を蓄えることができたのなら、十分な対価なのだろうか。
「これだけ町に誰もいなければ、探す必要もない。魔王は城だな――恐ろしいほどの魔力を感じる」
建物の向こうに見える王城を見つめ、ザカートが言った。
「オレが初めてここに来た時は、全然気づかなかった」
「隠していたのでしょう。きっと。もう、その必要はなくなったと思って……ネメシスも本気です」
睨むように、フェリシィも城を見据えている。こんなにも力強い表情をする彼女を見たのは、クルクスの城へ乗り込んだ時以来だ。
魔王との戦い――二度目の決戦。
勇者と魔王の戦いが、もう一度繰り返されようとしていた。今度はリラとして、自分は勇者物語の結末を見届けるのだ。




