魔王ネメシスと勇者ヤマト
人気のない城を、一人、大和は慎重に歩いていた。
この城の妙な雰囲気には、ここへ来たばかりの頃から気付いていた。
召使いとか、それっぽい人たちはいて、必要な時にはどこからともなく現れて大和たちの世話をしてくれるのだが、ふと彼らがどんな生活をしているのか考えてみると、人間らしいことをしている姿を見たことがないことに気付く。
生活感がないというか……それこそ、ゲームのキャラクターのような。リアルさがない。
他のみんなも、だんだんと気付くようにはなっていた。でも、見ないふりをして。
なるべく、考えないようにしていた。
だが、向き合わなくてはならない時が来た。
見て見ぬ振りも、もう限界だ。不吉な予感しかしないが、自分の目で真実を見極めなくては……何もかも、手遅れになってしまう前に。
自分たちを召喚した、セイブル王子。彼の部屋の前で立ち止まり、大きく深呼吸する。
……よく考えてみれば、王様には会ったことがない。いくら自分たちとは常識が異なる世界とは言っても、王がいなくて王子しかいないのはおかしい。いまは、それを気にしている場合でもないが。
セイブル王子のことも、結局何も分からないままだ。改めて思い返してみれば、よくもまあ、そんな男の言葉を信じて、戦いになど行ったものだ。
あの時は、みんなちょっとおかしかった。初対面の男の言葉を、不思議なぐらい素直に聞き入れて……。
「なんだ、これ……ここで生活してるんだよな……?」
王子の部屋に入って、大和は思わず拍子抜けしてしまう。
王子の部屋とは思えない、質素なつくり。自分たちに与えられた個室と、そんなに差はないのではないだろうか。
ここもまた、生活感はなく……寝起きしているような雰囲気はある。でも、必要最低限のものしかなくて……ベッドのそばのサイドテーブルには、この世界には異質なものが。
「これ……ゲーム機か?かなり古い……」
大和にとっては、見たことのあるものだった。
携帯ゲーム機――ただし、かなり昔のもの。自分が幼稚園ぐらいのときに、親戚のおにいさんがこれで遊んでいて、横で見せてもらったような。それぐらい、昔に発売されたものだ。
「ドラゴンハンター……聞いたことあるな」
「プレイヤーはダンジョンと呼ばれる塔に入り、最上階のボスを目指すんだ。そのゲームの設定は、おおいに役に立ったよ」
聞き覚えのない声に、思わず持っていたゲーム機を落とす。
それを気にする余裕もなく、振り返って大和は剣を構えた。部屋の出入り口――大和の背後に立っていたのは、見知らぬ少年だった。
……初めて見る顔のはずなのに、彼にはなぜか見覚えのある雰囲気があった。
これが、セイブル王子の本当の姿。大和は、唐突にそれを理解した。
どうしてそう感じたのかは分からないけれど……とにかく、直感的にそう感じた。
「意外とここへ来るのが遅かったな。もっと早くここに来てたら、さっさと始末してやるつもりだったのに――おかげで、ずいぶん人間共も減った。いつもだったらとっくに次の連中を召喚してたんだが……」
剣を構えている大和の横を、気楽そうに通り過ぎて、セイブル王子らしき少年は床に落ちたゲーム機を拾う。
動作を確認しているのか、ゲーム機をちょっと傾けて観察した後、ぼすんとベッドに放り投げた。
「この召喚術は、ボクたちの一族に伝わる秘術なんだ――実用性ゼロで、誰もこれを使わなかったけど。そりゃそうだよね。異世界の人間呼び寄せて、だから?って感じだもん。何とか有効活用できないかボクもずーっと試し続けてたけど、異世界じゃ魔法も術も存在しないって言うし、異世界人は弱っちいし、手間暇考えると、そいつらを使って何かするってのも面倒でさあ」
自分もベッドに座り、少年は自身の苦労を語る。大和は少年に剣を向けながらも、何もできずにいた。
――こいつは普通の人間じゃない。危険だ……容赦なく、剣を振り下ろさないと。
そう分かっていても、幼い見た目をした子どもを攻撃できるほど、大和も覚悟が定まっていなくて。
「そんなある時、これを持った人間が現れてね。電池とやらが必要らしいけど、それは魔力で代替できたから、ボクもやってみたんだ。それで――これは使えると思った」
ゲーム機を指して、少年が言った。
「ゲームを開始すると、プレイヤーはまず城の王様に会って、金をもらう。その金で城の外にある店で武器や装備品を整え、ダンジョンに入ってモンスターを倒しつつ、最上階のボスを目指す。ダンジョンの中で手に入れた金で新しい装備品を買い、スキルを習得し、プレイヤーは自身を強化していく。なかなか面白かったよ。武器や防具をうまく買い替えていかないと、モンスターは徐々に強くなっていくからやられてしまう」
少年の説明を聞き、大和もドラゴンハンターというゲームのシステムを思い出した。
かなり昔のゲームで、そのシステムはシンプル。
レベルアップという概念は存在せず、武器には熟練度があって、強い武器を手に入れても、熟練度を上げなければ強敵にはまったく攻撃が当たらない。でも武器が弱すぎると、攻撃が当たってもダメージが与えられない。
ダンジョンも広くて、迷路のようになっていて――宝箱の配置は決まっていたから、プレイしていた親戚は手作業でマップをせっせと書いていた。当時は、ネットで攻略法を見るなんてこともできなかったから……。
「そのゲームの設定をいくつか流用してみたんだ。まずはある程度の装備が買えるだけの金を与え、ショップ風の町に行かせる。それから、ダンジョンを少しずつ攻略させる。意外と、異世界の連中もあっさり納得するんだ。それまでは、帰りたいと喚いて抵抗して、こっちの話なんか聞かなかったのに」
少年が、不思議そうに言った。
「最初はここまで面倒なことする必要あるのかなって、自分でも悩んでたんだけど、だんだんこれが上手いやり方だなーって思うようになってさ。人間を魔物に変えて、何も知らない人間にそいつらを狩らせる。おかげで、オラクル王国も陥落寸前だ」
少年は何気なく話したが、大和は衝撃的な事実に目を見開いた。
人間を魔物に変えて、何も知らない人間にそれを狩らせた――何も知らない人間とは、異世界から召喚された人間たちのこと。そして、自分たちが魔物と信じて狩ってきたのは……。
「このオラクルだけは、ちょっと特別でね。ボクが魔物にしたわけじゃなくて、もともと魔竜の一族の末裔なんだよ。当人らもそんなことは覚えていないぐらい、大昔の先祖の話だけど。こいつらの血が欲しかったんだけど、連中は強いし、頑丈だし、あの塔に逃げ込まれると、ボクでも手が出せないし――それで異世界の連中を召喚して、なんとか利用できないかと試行錯誤してたんだよ。最初は小さな村から始めて、ボクもコツをつかんだ後、オラクル攻略を始めた」
少年は、一方的にぺらぺらと喋り続ける。
どうしていま、自分にそれを聞かせるのか。大和は、何となく察していた。
「でもボクが変身させたザコ魔物よりずっと強いから、なかなか攻略は進まなくって。あ、そうそう。人間を魔物にする術はね、結構ポピュラーなんだ。でもそれに関しては、ボク、才能ないみたいでさ。弱っちいのしかできないし、まともに従えさせられなくて。だから手間がかかっても、召喚のほうにこだわったんだ」
「俺にその話をして、どうするつもりだ」
耐えきれず、大和は口を挟んだ。
答えを聞いたところでどうしようもないと分かっていたが、いい加減、自分の存在を無視した振る舞いに我慢ならなくて。自分は何もできないと思い知らされるのが、悔しくてたまらない。
少年はにっこり笑う。
「せっかくだから聞いていってよ。聞くも涙、語るも涙の苦労話。語れるのは今回だけだからさ――クルクスを倒した勇者が迫ってる。あいつはボクを倒せないはずだけど……警戒は怠れない。ゲームごっこは一旦終了だ。君も、ようやく落ちてくれたし」
「なにを……」
言いかけて、大和は自分の異変に気付いた。
剣を持っていた手が……剣に取り込まれている。まだ片手だけだが。ぎょっとなって剣を引き離そうと無事なほうの手でつかんで引っ張ってみるが、剣は自分の手の一部のようになっていて……。
「君は魔竜の血を飲まないから、実はすごく焦ったよ。君たちの食事にはね、魔界の食べ物を使ってたんだ。普通の人間にとっては毒みたいなもの――強大な魔力を一時的に得る代わりに身体を蝕まれて、最後は廃人同然に。それを遅らせるのが魔竜の血だったんだけど、勇者の君にとってはそれもまた強力な毒になるはずでさ。だからボクにとっても重要なものだけど、君らにも血の秘密をちょっとだけ教えて飲むように勧めた。ところが君と来たら、食事の毒もほとんど効かないし、そのせいで魔竜の血も必要としないし、弱らせることができなくて」
少年がため息をつく。
「それで、その剣をあげたんだよ。ボクが研究してた魔剣――並の人間なら、数日で剣に取り込まれるはずなんだけどね。勇者というのは本当にしぶといよ。大して強そうに見えなかったけど、やっぱり侮っちゃだめだなぁ。君でもその程度の強さがあるなら、クルクスを倒した勇者はもっと危険かもしれない」




