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持ち帰られた情報


「お母様!」


グリモーワルの国都ターブルロンド。その高台にある城に到着すると、フェリシィの娘ライラが嬉しそうに母親に駆け寄ってくる。

幼いライラも、プレジールからグリモワール王国へと帰ってきていたらしい。


フェリシィも、娘をぎゅっと抱きしめた。


「お帰りなさい、陛下。お戻りを、首を長くして待っておりましたわ」


凛とした声に、竜の背から降りたフルーフがさりげなく後ずさりする。

王太后グラース――鋭く息子を見つめる眼差しは、部外者のリラでも逃げ出したくなるほど。別に、何か後ろめたいことがあるわけでもないのに。


「いえ、ザカートさんの剣の修復のために一時的に戻って来ただけで」

「分かっております。リュミエールから、仔細は知らされておりますもの。ザカート殿、さっそく修復に取り掛かりましょう――それを待つ間、あなたは仕事をなさい」


そう言って連れて行こうとする王太后に、フルーフは抵抗する。


「ミカさんからの情報も聞かなくてはなりませんし」

「全員で聞く必要はないでしょう。あなた一人ぐらい、後から他の者に教えてもらうことになっても、何の差しさわりもないはず」

「そうだな。たまには王の仕事もやってこい」


追い討ちをかけるようにカーラまでそう言い、フルーフは恨みがましそうな目をカーラに向けながら、引きずられて行ってしまった。


「いつも人任せにしているあいつには、いい薬だ。そうは思わぬか、親父殿」


意味ありげにカーラがジャナフに話題を振れば、ジャナフは豪快に笑い飛ばしていた。ザカートは、ちょっと気まずそうに視線を逸らしていた。

……二人とも、人任せにし続けている王だ。


フルーフが連れて行かれてしまった後、入れ違うようにミカがやって来る。ミカも、セラスを見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。


「セラス!お帰りー会いたかったよ!」


むぎゅっと抱きついてくる男に、うっとうしい、とセラスは追い払おうとする。

リラやフェリシィには自分から引っ付いてくるくせに、ミカには塩対応だ。


「だって心配だったんだよ。怪我してない?ご飯はちゃんと食べてた?無駄遣いし過ぎてない?」


ミカとセラスは夫婦だと聞いたが……こうやっていると、夫婦というより母親と手のかかる娘という感じである。ミカは男だが。


「ええい。わらわをいくつだと思うておるのじゃ。実年齢ならばおぬしよりずっと年上じゃぞ!」

「年は上でも、ずーっと引きこもりで箱入り育ちだし、なんだったらフェリシィちゃんより不安だよー」

「フェリシィよりはしっかりしておるわ!」


ぎゃーぎゃーと痴話げんかをする二人に、一同は苦笑いする。幼いライラは、けんかはいけません、と心配そうだが、フェリシィはにこにこして娘を諭す。


「お二人が仲良しの証ですから、大丈夫ですよ」

「仲良しなのですか?」


仲良しと言えば、仲良しではあるだろうか。べしっとセラスは自分に引っ付くミカを引き離し、オラクルのことをはよう、と怒った。


「わらわたちとて暇ではないのじゃぞ!何か情報は得られたのか?」

「うん。そこそこ……と言っても、魔王ネメシスを倒すのに役立つかどうかは分からないけど」


ミカが持ち帰った情報を聞くため、ザカートの剣はグリモワールの研究員に預け、政務へ引きずられて行ってしまったフルーフ以外の全員が場所を移すことになった。

応接間も兼ねた会議室で、改めてミカからは話を聞く。


「……割といいニュースとどっちでもない感じのニュースがあるんだけど――まずはいいニュースから話そうかな」


出された紅茶を一口飲んでから、ミカが話し始めた。


「まずは、オラクルの人たちが竜に姿を変えられた件について――その姿、なんだか見覚えがあるなと思って。それで調べてみたら、魔界に住んでる古竜の一種だったよ。そんな魔竜に、国都中の人を変身させて何の意味があるのか……セイブルくん、疑問に感じたことはない?」


話を振られ、セイブルは頷く。


言われてみれば奇妙な話だ。

異世界から召喚した無知な人間を利用して殺し合いをさせる。それ自体はえげつないが、人間の命を奪うには効率的なやり方かもしれない。だがその前に、町中の人を魔竜に変身させるというのは、割に合わないやり方だと思う。

そういう面倒くさいことを仕掛けるのが楽しいタイプ、と言われてしまうとそれまでだが。


「僕が思うに……ネメシスが君たちを変身させたわけじゃなく、ネメシスの攻撃を受けて、君たち自身が変身してしまったんじゃないだろうか。君たちは、古竜の末裔なんだよ」

「竜の末裔……私たち自身が、変身を……」

「そう。竜の末裔って言っても、たぶん千年単位で昔の話だと思うけどね。オラクルの王都には謎の塔があるって言ってただろう?きっとそこは、人間の世界に住み着いた竜のねぐらで、人間と交流するうちに人間に近づき、いまの城で暮らすようになったんだ。そして長い月日の中で竜としての能力もほとんど消え失せ、人間そのものになった――それが、ネメシスの攻撃で命の危機に瀕し、身を守るために本能が目覚めた」


知りませんでした、とセイブルが呆然としながら呟く。

あれ、と疑問がわき、リラは口を挟む。


「じゃあこの姿は、呪いじゃないってことか?人間に戻れないけど……」

「呪いはかかってるんだよ。元の姿に戻れない呪いがね」


そっちか、とリラは納得した。だがカーラはまだ腑に落ちないようで、ミカをじっと見ている。


「それが、いいニュース……」

「ああ、うん。たぶん、いいニュース。古竜についての説明がまだだったね。その竜の一族は生命力が強く、頑丈でね……ネメシスの攻撃に対してとっさの防御本能が出るぐらいだから、なんとなく察しがつくと思うけど。その竜、強力なダメージを受けると、仮死状態になって死を免れようとする習性があるんだ」

「仮死状態」


リラは目を瞬かせた。うん、とミカは満面の笑顔で頷く。


「つまりね。竜の姿になってから命を落とした人たちは、もしかしたら仮死状態になってるだけで、まだ生きてる人がいるかも」


その言葉に、竜のセイブルは興奮し、小さな羽をパタパタし始めた。

……あまりにも長い期間竜になっているものだから、セイブルもすっかり竜としての反応が板についてしまったような。


「ただ……喜ばせておいてなんだけど、全員が仮死状態ってわけでもないと思う。生命力には限界があるから……」

「そうですか……それでも、何人か助かるかもしれないという希望があるのなら」


セイブルが言い、よかったな、とリラも笑顔で相槌を打った。

オラクルの人たち……犠牲になった人が、一人でも減るのはいいことだ。絶対に、魔王を倒さないと……。


「ネメシスを倒せば、彼らも助かるだろうか?」


ザカートが尋ね、ミカが首を振る。


「ううん。ダメージが深くて仮死状態になってるわけだから、ネメシスを倒しても彼らの眠りは解けない。必要なのは、手当てや治療だ」

「……さすがに数が多そうだ。治癒術よりも、薬を持って行ったほうがいいかもしれない。フルーフに頼んでおこう」


カーラの提案に、全員が同意した。

治癒術が得意なフェリシィでも、魔王との戦いもあるのに、オラクルの人たちを治療している余裕はないだろう。ちょうどグリモワールにいることだし、大量の薬を持っていくほうが確実だ。


「なら、後でフルーフにもちゃんと説明しないとな――情報はもうひとつあるんだろう?」


ザカートの言葉に、そう言えば、とリラも思い出す。

たしか、割といいニュースと、どっちでもない感じのニュースがあると、ミカは最初に話していた。


「うん。これは情報として話していいのか微妙なんだけど……ライラちゃんが前に話してたステータスについて、僕なりに結論が出たかも」

「ステータス。おお、そう言えばそんなものの話が残ってたな」


思い出すとちょっと腹が立つので、思い出さないようにしていた……そして、忘れかけていた。

リラがこちらの世界に召喚されて、一番最初にやれと言われてやった謎呪文。


「とは言え、ステータスの数値とやらの基準は相変わらずよく分からないんだけどね。でも、ライラちゃんが一人だけエラーが出て追い出された理由は分かったかもしれない――ずばり。ライラちゃんが魔族だから」


名推理でも披露するかのようにミカが言ったが、リラは眉を八の字にする。


「ライラちゃん。魔王になれるぐらい強い魔族にとって、一番厄介なものって何か分かる?」

「そりゃ、勇者じゃないのか?」

「違う違う。勇者は、魔王になったら一番厄介なんだよ。魔王になる、その前段階」


考え込むリラに代わって、セラスが答えた。


「……魔族じゃな。自分の餌場を狙ってくる魔族は、何よりも鬱陶しいはず」

「その通り。ネメシスからしてみれば、苦労して整えた狩りの場所に、他の魔族が乱入してくるのが一番厄介なのさ。魔族も色んなタイプがいるからね。人間のふりして、紛れ込むのがうまかったり……」


そこまで説明されて、ようやくリラは納得いった。


あのステータス……能力の判別基準はよく分からないが、とにかく、あの場でリラが魔族だという判定が下されたのだとしたら。

すでに十年前には、グリモワール――人間側でも、魔族かどうかを調べる方法はあったのだ。なら、ネメシスだって魔族を見分ける術を持っていても不思議ではない。


「僕もオラクルに行ってみて気付いたよ。あの国、魔族を警戒する罠があっちこっちに仕掛けられてた。国都に至っては、足を踏み入れただけで察知されるだろうね。だから国都にはさすがに入れなくて」


言われてみれば、リラたちもあの国で二度も別の魔族に会っている。

彼らは、ネメシスの様子をうかがいにオラクルに来ていた――ちょっとオラクルに立ち寄っただけでもすぐに出くわしたぐらいだから、きっとあの国は、頻繁に複数の魔族が侵入してきているに違いない。


「だから、そのステータスとやらにも、人間か、人間のふりをして紛れ込んだ魔族かを判別する機能があった。君は見事にそれに引っかかり、急いで偽王子は城から追い出した。たぶん、君が何も知らなさそうだったから、下手に刺激せず追い出すことを選んだんだろうね」

「なるほどな。だったら、オレ一人だけ変な結果になるのも当然……か?」


いくらなんでも、異世界からの召喚に巻き込まれた魔族なんてのは、後にも先にもリラ一人だけではないだろうか。偽王子も、さぞや驚愕したことだろう……。


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