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回顧録・グリモワール事情 


手分けしてグリモワール城内を探してみたものの、相変わらずフルーフは見つからない。

とは言え、この城のことを詳細に知っているわけでもないのだから、ザカートでは知らない場所もあって、見つからないのも当然なのかもしれないが……。


「ザカート」


次はどこを探すか、それとも誰かと合流して相談してみるか……と考え始めていたザカートは、突然現れたカーラに驚いてしまった。

転移術で瞬間的に現れたら、慣れていてもやっぱり驚いてしまうものだ。


「姉者の気配も消えた――全員を集めている。来い」


カーラは簡潔に説明するが、ザカートはまたもや驚き、驚いている間に転移させられてしまう。

転移させられた先には、ライラ以外の全員が集まっていた。


「ザカートも来たか。これでライラ以外は全員おるな」


ジャナフが言った。どういうことなんだ、とザカートは改めて説明を求める。


「言ったとおりだ。姉者の気配が消えた。フルーフの姿が見えぬことと、無関係ではないだろう。姉者の気配が感じられた場所まで行って、そこを探してみたほうがいい」


カーラの言葉に全員が頷き、ライラの気配が消えた場所へ向かう。

ここは、とザカートは目を丸くし、リュミエールも驚いていた。


「ここは、母上の部屋の近く……私もここは探したはずですが……」


きょろきょろと周囲を見回していたら、きゅ、という聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。

その姿を見つけ、また逃げ出しているのか、と思わずザカートは言ってしまった。


「ハミューか。姉者は、毎日のようにこいつを追いかけていたな」


聖獣ハミューは、自らザカートのもとへ駆け寄ってくる。ザカートはしっかり両手でハミューを抱え、フェリシィは不憫そうにハミューを見た。


「なんだか怯えているご様子ですわ」

「そう言えば、前の時もそうだった。俺たちから逃げ回っていたのに、急に引き返してきて……何かに怯えているようなそぶりだった」


ハミューに続き、誰かがこちらへ走ってくる物音も聞こえてくる。廊下にその姿は見えない……ということは、どこかの部屋から……。


バタン、と派手な音を立てて扉が開き、普段の姿からは信じられないほど取り乱した様子の王太后グラースが部屋から飛び出してきた。リュミエールも、母の姿に驚いている。


「母上!?いったい――」

「ザカート殿!」


王太后は、息子の呼びかけも無視して真っ先にザカートのもとへ駆け寄ってきた。


「お願い、あいつを斬って!あなたが勇者だと言うのなら……あなたの力があれば、あいつを殺せるはず……!」




意識がだんだん浮上してくると、ジリジリと身体を焼くような痛みに襲われてきて、ライラは低く呻いた。

次第に痛みに我慢できなくなってきて、ライラは飛び起きる。


ばしゃっと水音がして、そこは浅い水辺だった。


「あ……?なんだ、ここ……オレ、なんでこんなところに……」


考えている間にも痛みが身体を焼き、その原因が、この水であることにライラは気付いた。これはただの水ではなく、酸か何かだ。

ライラは岸に上がって、水から出た――地面も壁もピンク色。押してみれば、ちょっとだけぐにゃっとした感触が。


「……そうだ。オレ、あの蛇に食われて……いや、丸呑みにされたんだ」


それはもう、頭からがばっと。

痛みはなかった。ただ、飲み込まれた際にすさまじい圧力がかかってきて、ライラも意識を失ってしまった。


ということは、ここは……水だと思っていたものは……。

考えると気持ち悪くなってきたので、考察はそこで打ち切ることにした。

とにかく、フルーフを見つけて一緒にここを出なくては。悠長にはしていられない。それだけは確かだ。


「フルーフ!フルーフ、どこに……フルーフ!」


探し始めて、フルーフはすぐに見つかった。自分からさほど距離もない場所で、フルーフも倒れていた。

身体が半分水に浸かっているので、急いで引き上げる。


肌は火傷を負ったように赤くなり、服はちょっと溶けていた。魔族で、回復力が高い自分ですら、この水はきつい。ましてやフルーフでは、ひとたまりもないはず……。


フルーフを背負って、ライラは立ち上がった。


「……ライラさん」

「気が付いたか――無理すんな。大人しくおぶさってろ。ちょっと恥ずかしいのは分かるけど」


そう言って、ライラは周囲を見回した。

静かで、物音ひとつしない。生き物の気配もしない。


「ここ……もしかしなくても、あの蛇の身体の中だよな?」

「そうだと思います。蛇の中には、餌を丸呑みにして、ゆっくり消化していき、しばらく腹をもたせる、といった習性を持つものもいます。魔物を、普通の動物と同じように考えていいのか悩みますが」

「うへぇ……おかげで助かったけど、やっぱかなり嫌な状況」


じわじわ消化されるというのも、なかなかきつい。いっそひと思いにやってくれたほうがマシな場合もある。


「身体の中なら、出口は二か所あるよな」

「出口と言うか……出口と入り口がありますね」

「出れればいいんだよ――出口と、入り口……入り口向かうぞ」


どっちへ向かうか悩みかけて、すぐに決断した。背中で、フルーフが苦笑する声が聞こえる。


「出口のほうが順路なので、進みやすいとは思いますが。そうですね……出口に近づくにつれて、消化がきつくなっていくということを考えると、入り口に引き返したほうが良いかもしれません」

「だろ。入り口から出るほうが絶対いい」


出口から出る――それがどういうことかを考えると、絶対に嫌だ。ライラだって、そんなものにはなりたくない。

それに……たぶんこのへんは、胃。先へ進むと、もっと消化がきつくなる。


ライラですら、いまの時点で身体にそこそこのダメージを受けている。なら……フルーフには、絶対耐えられない。

なるべく酸の水を避けていきたいが、残念ながら岸だけを歩いて進むということはできず、浅い水の中に入るしかなかった。


「フルーフ。こいつはいったい何なんだ?」


ジリジリと足を焼く痛みがうっとうしくて、気分をまぎらわすためにライラはフルーフに話しかけた。

フルーフは荒く呼吸をしながら、ライラの質問に答える――フルーフの体力は、すでに限界に近い。


「正式な名前は知りませんが、僕たちはレプティルと呼んでいます。大昔からこの場所に住む魔物で……もともと、このへんは彼のねぐらだったんです。グリモワールは、彼が住んでいた場所に町と城を築かせてもらっているんです」

「その言い方だと……悪い魔物ってわけじゃないのか」


ぱっくり丸呑みにされてしまったが、魔物自体は邪悪なものではないのかもしれない。

誓約とか、そんなことを喋っていたような……。


「ええ。むしろ、彼はこの国にとって、守り神にも等しい存在ですよ。このあたりは人が住めるような地形ではなかったんですが、彼が水の流れを抑えてくれているので、グリモワールは繁栄できたようなもので……。その対価として、グリモワール王は彼に贄を差し出す約束となっているんです。そういう言い方をすると物騒ですが、要するに、同居させてもらってる代わりに食事はこちらが用意する、というわけです」

「なるほど。たしかに、あいつが一方的に悪いやつかと言われれば、そうでもないな」


先に住んでいたのが魔物のほうで、魔物の力で住みやすくなった場所に人間が住まわせてもらっているのなら。


「……そしてグリモワール王は、グリモワール王族の男児を贄として差し出す約束をしました。いまのグリモワール王族に、男は僕と兄上だけ……」

「それでおまえが……」


言いながら、あの兄貴がフルーフを贄に差し出すなんてこと、と顔をしかめてしまう。とてもそんな男に見えなかった。


「知りませんよ。兄は。この魔物のことも……歴代のグリモワール王がしてきたことも。義母が、ずっと隠してきましたから」

「そうなのか……そうだろうな」


リュミエールからは、そんな後ろ暗いものを感じられなかった。きっと、王太后が知られないようにしてきたに違いない。リュミエールにも、フルーフにも。


「自分の母親のことを色々と調べていて、僕も偶然知ったんです。義母も、僕がこのことを知っていて驚いたことでしょう」

「なら知らんぷりしておけばいいのに。自分から餌になりに行くこともないだろ」

「自分で決めたかったんですよ。餌にされるのなら……自分が選んだ時に……スペアとして生かされているのだとしても、それぐらいは――」

「はあ?何言ってんだ、おまえ」


スペアとか、また小難しいこと言いやがって。

ライラが言えば、フルーフが背中で自嘲する声が聞こえた。


「だって、そうじゃないですか。僕がいままで生かされていたのは、いつか魔物の餌になるため――グリモワール王族は早世な家系だと話したでしょう?これがその理由ですよ」

「歴代のグリモワール王がどうだったかは知らねーが、少なくとも、おまえたちのかーちゃんは違うだろ。あの人が、魔物の餌にするためにおまえのこと育てたりするかよ。おまえのことも、おまえの母親のことも、あんなに大事に想ってるのに」


でも、とフルーフが反論しようとするが、ライラは構わず言葉を続けた。


「でもじゃねーよ。おまえのほうが、オレよりずっとグラース様のことを知ってるはずだろ?オレより頭いいくせに、そういうところはバカなんだな。おまえ」


フルーフが黙り込む。

ライラの首に回した手が、小さくぎゅっと握り締められたのを、ライラは感じた。


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