回顧録・フルーフの両親
今日も今日とて聖獣ハミューを追いかけ回す。
「こらーっ!ハミュ子、ハミュ太、ハミュ次郎!戻ってこーい!くそっ……連携プレーとか生意気な!」
三匹のネズミが、ちょろちょろと逃げ回る。ライラを手伝って、ザカートとブルーパンサーのアスールも一緒に聖獣を追っていた。
「まず一匹……ザカート!そいつ、絶対逃がすんじゃねえぞ!」
「あ、ああ……」
なんとか一匹捕獲し、ザカートは捕まえたハミューをしっかり両手で確保する。
残る二匹を、ライラとアスールで追う――食べるなよ、とアスールに向かって、少し焦ったようにザカートが声を掛けていた。
アスールは聖獣を食べたりせず、賢く追い詰めている。アスールが上手く誘導してくれたのを待ち構え、ライラも一匹……。
「ハミュ子ーっ!残るはおまえだけだぞ!観念して、自発的に帰ってこい!」
「どれが誰なのか、わかるのか?」
「全然。適当に言ってるだけだ!」
なんだ、とザカートが呆れたように呟く。ちゃんと見分けてるのかと思って、感心しかけたのに……。
「帰ってこいハミュ子ーっ!」
ライラが呼びかけても、きゅ、と鳴きながらささーっと逃げて……と思ったら、ささーっと猛スピードで引き返してきた。
後ろにライラがいたことも分かっていなかったらしく、引き返したネズミをきっちり捕獲する。ライラの手の中で、聖獣はじたばたもがいていた。
「急に帰って来たな」
ハミュ子がじたばたするので、先に捕獲していたもう一匹まで落としそうになりながら、ライラは首を傾げる。
「こいつ、怯えていないか?」
ザカートが言った。言われてみて見れば、ハミュ子は怯えているような。警戒心の薄い彼らにしては珍しいことだ。
「……それにしても。どこだ、ここ」
周囲を見回し、ザカートが困ったように呟く。
ハミューを追いかけて普段足を踏み入れない場所へ来てしまった。ライラはたぶん二度目だ。ちゃんと案内できるだろうか。
「えーっと……たぶん、戻るのはこっち……」
前回、王太后に案内してもらった記憶を頼りに戻ろうとしてみるのだが、歩いてみて気付いた。
……ここは、前回と違う場所だ。
「……ごめん。大丈夫だと思ったんだけど、やっぱ分かんなかった」
「カーラが早く気付いてくれるといいんだが」
ライラの身体には、カーラが施した呪印がある。それを利用すれば、カーラにはライラの気配を追うことができる……とは言え、カーラも常時ライラの気配を探っているわけでもないし、いまは安全なグリモワールの城の中。たぶん、ライラがどこにいるか、彼もあまり気にしていないだろう。
ある程度時間が経てば、ライラが戻ってこないことに気付いて探してくれるかもしれるかもしれないが……。
「アスール?」
どこかへ駆けて行くアスールに、ザカートが呼びかける。二人でアスールのあとを追えば、おや、と聞き慣れた声が聞こえてきた。
アスールが、フルーフの足元でゴロゴロと喉を鳴らして懐いているところだった。
「君はアスール……あれ。ライラさんにザカートさんまで。どうしたんですか、こんなところで」
と、問いかけて来たフルーフは、ライラとザカートが抱えている聖獣を見て察したように笑う。
「毎日お疲れ様です。その子たちも、もうそういう遊びだと思ってそうですね」
「迷惑な話だぜ」
ライラがうんざりしながら言い、ザカートも困ったように笑った。
「こいつらを追いかけて、こんな場所まで来てしまった。戻り方がわからなくて、困ってたところだったんだ」
「そのようですね。僕が案内しますよ」
今回はフルーフに案内してもらい、普段の場所へ戻る。静かな廊下は、相変わらず人の気配がない。しーんとした長い廊下を歩き、ライラはきょろきょろと周囲を見回した。
「このへんは、おまえの部屋がある場所でもないよな?」
ザカートも、不思議そうに廊下を観察している。
「はい。プライベートな場所ではありますが、あの先は女性用のエリアですね。王族女性……いまはもう、母しかいません」
「あ、やっぱあそこ、王太后の部屋がある場所だよな。この間もこいつら追いかけて、うっかりこのへんに来ちゃってさ」
そう言えば、とライラは王太后の部屋で見たものを思い出す。聞いてもいいのかちょっと悩んだけれど、結局好奇心に勝てず、ライラはフルーフの母親のことを聞いてみることにした。
「あのさ。王太后の部屋で、おまえの母親の絵を見たんだけど」
「僕の?生みの母のほうですか?」
うん、と頷き、答えにくいことならいいんだけど、という言葉も付け加える。
「別に構いませんよ。母のことは、隠しているわけでもないですから」
「そっか――綺麗な人だったな。おまえに似てる……ごめん。実は、ちょっと思い出しただけで、大した話をしたかったわけでもなくて」
特別に話したいことがあったわけでもないのに、軽はずみにこの話題を振ってしまったことを、ライラもちょっぴり恥じ入った。ライラさんらしい、とフルーフは笑ってくれたけれど。
「僕の生みの母と、王太后は姉妹同士なんです。なので僕と兄は、腹違いの兄弟であると同時に、いとこ同士でもあるんですよ」
フルーフの母親のことを知らないザカートのために、フルーフが説明した。そうなのか、とザカートが相槌を打つ。
「グリモワール王族は、早世な家系でして。王太后には他に兄弟がいたんですけど、僕の母と、すぐ下の弟以外は全員、小さい内に亡くなってるんです。その弟も十代で亡くなり、僕の母は出産で命を落としました」
なんでもないことのように話しているが、ライラもザカートも、すぐに相槌を打つことはできなかった。
フルーフの生母は、フルーフを生んで……。
「グリモワールは、女児に王位継承権がありません。それで祖父が娘婿にと宛がった男が、僕や兄の父親というわけです」
「そういう言い方するってことは、あんまり良い父ちゃんじゃなかったってことか」
王太后も、自分の夫を嫌っているような感じだった。ライラがおずおずと口を挟めば、ええ、とフルーフが頷く。
「僕が赤ん坊の時に亡くなったので、実際の姿は知りません。でも、彼の良い評判を聞いたことがないんですよね。義母は僕たちの前で父親を貶すようなことはしませんが、祖父に押し付けられた夫を嫌っているのは見え見えです。夫以上に、祖父が大嫌いだったのもあるでしょうが」
フルーフの祖父。
つまり、先代のグリモワール王であり、王太后の実父だ。兵器の研究と開発をしていたという話を聞かされた時から、彼にはあまり良い印象がなかった。
フルーフの口ぶりから、彼もまた自身の祖父を嫌っている感じがしていたし。
「まあ、あれだけ優秀な娘がいながら、女では王位を継げないという理由で夫を押し付けてくるような父親ですから。慕う気になれないのも、無理はないです」
「なんだか、いまのおまえたちを見ていると信じられないようなドロドロっぷりなんだな」
ザカートが苦笑いで言った。
たしかに、いまの姿からは想像もつかないことだ。フルーフは兄、義母とも仲が良さそうで。祖父や父親に対し、そんな確執が存在したような家族には見えない。
「そうですね。結局、僕は兄にも義母にも可愛がられ、家族には恵まれてきました。その僕が父や祖父に恨み言を炸裂させるのは、筋違いというものかもしれませんね」
フルーフは笑っていたが、もしかしたら、とライラは思った。
もしかしたら、直接面識のないはずの祖父と父に、フルーフ個人としても何か思うところがあるのかも、と。
グリモワールに再び滞在することになって。
この国のことは知っているつもりだったが、いまになって色々と知ったことも――まだ、グリモワールにはライラたちの知らないことがありそうだ。




