回顧録・裏の顔
ローザたちを連れてグリモワール王国に戻り、ライラたちはフルーフからあるものを紹介された。
「――これは、先代のグリモワール王の時代に研究されていた兵器です」
「へいき」
兵器ということは、戦場で使う武器ということ。でも、目の前のものをどう戦場で利用するのかまったく思いつかず、ライラは首を傾げる。
後々、リラになってから気付いたのだが、あの兵器はリラたちの世界で言うところの戦闘機と特徴がよく似ていた。フルーフからの説明も含め、まさにそれは空を駆けるための兵器。
術での移動や、動物で空を飛ぶことができるこの世界では、空を飛ぶ乗り物なんて存在しない。
先代のグリモワール王は、それを研究していたということ――だがそれを、兵器、とフルーフは言い切る。
「ええ、兵器です。僕たちの祖父の代まで、グリモワールの王立研究院では、兵器の研究と開発が主となっていたんですよ」
そう話すフルーフの声は、嫌悪感に満ちていた。フルーフがそこまで露骨に嫌悪感をあらわにするのは初めてで、ライラは目を丸くする。
「それが、グリワモール王国の正体です。魔導を研究し、その力で大量殺戮兵器を作り出す国。我が国がプレジール王国に蔑まれていたのは、それが理由だったんです」
「存じませんでした……」
ショックを受けたように、フェリシィが呟く。そうでしょうね、とフルーフが相槌を打った。
「知識と学問の国と呼ばれるグリモワールの裏の顔は、公になっていませんから。それに、そんな時代は僕の祖父の代まで。兄が王位を継ぎ、義母が摂政役となって以来、そういった研究は全て打ち切られ、破棄されています。唯一残ったものが、これです」
フルーフが、謎の兵器を見ながら説明する。
結局、これは何なのだろう。
「その身に強大な力をまとわせた状態で、超スピードで飛行することも可能な乗り物です。動物で飛ぶよりも、その頑丈さも攻撃性も桁違い。空から攻める際、大いなる脅威になります」
フルーフの説明を聞き、そうなのかな、とライラは納得したような、よく分からないような、曖昧な相槌を打った。他のみんなは、フルーフの説明に納得しているようだ。
「自分たちだけで空を飛ぶ、ということには興味がありまして。兄と僕で、義母にこれだけは残してほしいとお願いしたんです。二人でこつこつと研究を続けて……あくまで空を飛ぶだけのつもりで作っていたんですが、これが仕上がれば、魔王の居城に突入することも可能なはず」
「これで、魔王の城へ」
ザカートが息を呑む。
ついに、魔王との決戦が現実のものになろうとしている。長年追い続けてきた仇敵……その姿を、直接目にする時が近付いてきている。
ザカートは、謎の兵器を見た。
「どれくらいで、これは飛べるようになる?」
「飛ぶだけなら、いますぐにでも。城には結界が張られているものと仮定して、スピードの調整と、結界を破るためにボディの強化を……手を抜くわけにはいきませんから、やはり十日ぐらいはかかるかと」
難しいことを説明されてもライラにはさっぱりなので、とりあえず、いますぐ魔王の城に乗り込むわけではないことだけ理解しておいた。
ライラたちは再び、グリモワールの城に滞在することになった。
「待て――このっ……!てめー、生存本能ゼロのくせに、なんで懲りずに脱走したがるんだよ!」
グリモワールの城を走り回り、ライラはちょこまかと逃げるネズミを追う。
相変わらず、聖獣ハミューは自由気ままだ。
脱走した聖獣の捕獲は、居候としてのんびりと過ごすライラの役目であり、日課だった。
……日課になってしまった。
「捕まえた!ったく……手間かけさせやがって……」
なんとか聖獣を捕獲し、ライラは大きくため息をついて、周囲を見回す。
逃げ続ける聖獣を追い続け、普段、足を踏み入れないような場所まで来てしまった。
城の中なのは間違いないはずだが、いったいここはどこなのか。
「このへん……フルーフの部屋でもないよな。えらい人が住んでそうな場所だけど……」
長く、あまり変化のない廊下を歩き、ライラは一人呟く。
逃げ疲れた聖獣は、ライラの手の中ですっかり寛ぎモードだ。
……こいつ、逃げるのに全力出して、帰りのパワーを残してなかったな。どこまでもおバカなやつ。
「……ダメだ。分かんねえ」
地理には強いはずだが、初めて来る場所だし、聖獣を追いかけるのに必死で、自分がどこをどう走っているのか確認もしていなかった。素直に、誰かに戻る道を聞くべきだろう。
問題は……すごくプライベートなエリアなせいか、ろくに人に会えないこと。
「やっぱ……ここの人に聞いてみるしかないか」
ほとんど人の気配のない廊下。そんな場所で、唯一人の気配がする扉の前で、リラは意を決して手を伸ばした。
コンコン、と控えめにノックする。
ここが誰の部屋か、ライラには心当たりがあった。
「失礼しまーす……」
返事がないので、ライラは恐るおそる扉を開け、ちらりと中を覗く。
人の気配はするのに、誰もいない……。あれ、とライラが首を傾げていたら、溜め息をつく声が聞こえてきた。
「入っていいと、返事はしていないはずですが。そもそも、なぜあなたがこんなところに」
奥の部屋から、グリモワールの王太后が姿を現す。
いつもきっちり髪を束ね、グリモワール軍服を着ている王太后も、いまは髪を降ろし、ラフな恰好をしていた。
じろりと王太后に睨まれ、ライラもちょっと尻込みしてしまう。王太后は、ライラの手の中にいる聖獣ハミューを見て、だいたい察してくれたようだ。
「へへ……あの。察してくれたんなら、道案内してくれねーかな?どうやったら戻れるのか、さっぱりで……」
王太后はもう一度ため息をついたが、少し待ちなさい、とライラに声をかけて奥に引っ込んだ。
王太后が戻ってくるのを待つ間、ライラは彼女の部屋で、ぽつんと立ち尽くしていた。
王太后の部屋には、いくつか絵が飾られている。
そのほとんどが、リュミエールとフルーフ。幼い兄弟の姿が描かれた絵を眺めていたライラは、視線を隣の絵に映した。
綺麗な女性の肖像画――誰かに似ているような気がするのだが……。
「私の妹です。そして、フルーフの母親でもあります」
王太后の声が聞こえてきて、ライラは振り返った。
髪を束ね、上着をきっちり着こんだ王太后が戻ってきたところであった。
「そっか。それで、誰かに似てるような気がしてたんだ」
肖像画の中の女性は、息子フルーフや甥リュミエール、姉のグラースに似ているのだ。血縁者だから当然……。
「ん……?あれ?そう言えば、フルーフとリュミエールって、母親違いの兄弟じゃなかったっけ?」
リュミエールの母親とフルーフの母親が姉妹だったのなら、二人はいとこ同士ということになる。でもフルーフから、リュミエールと自分は異母兄弟だと説明されている。
「ええ。あの子とリュミエールは母親同士が姉妹のいとこでもあり、同じ父親を持つ兄弟です」
「じゃあ……リュミエールの親父さんって、嫁さんの妹にも手を出したってことか?うへぇ……人の旦那に対してあれだけど、印象良くないな……」
「はっきり言って構いませんよ。ろくでもないクソ男だと」
一応気を遣って言葉を濁したのに、王太后はあっさりと自分の夫を罵倒する。
さすがのライラも、苦笑いするしかできない。
「フルーフのおふくろさん、綺麗な人だな。えっと……もう、亡くなってるんだよな……?」
「生まれつき、身体の弱い子でしたから」
妹の肖像画を眺め、王太后が言った。
肖像画を眺める横顔は悲しみに満ちていたが、それも一瞬のこと。すぐにいつものきりっとした態度に戻り、ライラを見た。
「行きますよ」
さっさと案内を始める王太后に、ライラも慌ててついて行く。部屋を出る直前、もう一度だけ振り返り、フルーフの母親の絵に視線をやった。
絵の中の彼女は幸せそうで、そして、とても儚い笑みを浮かべていた。




