羨望と後悔
オラクル王国――城内。
日に日に状態が悪くなっていくクラスメートたちを、大和は懸命に看護していた。
と言っても、彼らの身体を蝕む病は、日本にいた頃には存在しなかったもの。大和も医学の知識があるわけでもなし、何ができるわけでもないけれど……。
「おい。良いものを取ってきたぞ!」
まだ動くことができるクラスメートが、興奮した様子で部屋に入ってくる。その手には、縛り付けられ、逆さづりにされた小さな竜が。
「やだ……まだ生きてる……」
「血が必要だからな……でも、あれじゃあ少なすぎないか……」
恐るべき魔竜とは言っても、やはり幼竜が相手では気が引けるクラスメートも少なくはない。
違うって、と幼竜を持ってきたクラスメートが言った。
「こいつを囮にするんだよ。こいつ、子どもだろ?なら親が絶対に取り返しに来るはず――あの塔で戦うんじゃなくて、俺たちが戦いやすい場所に誘き寄せるんだ」
その提案にクラスメートたちは賛同する。こちらも、ずいぶんと戦力が減った。
もっと言えば……こちらの敗北が見え始めていた。辛うじて魔竜と戦い続けることができるのは、大和の強さのおかげ。
大和と……オラクルの王子からもらった剣……。
「大和、頼むぞ!もう俺たちは、こんなふうにしかおまえを助けることもできねーけど……」
「あ、ああ……」
大和一人を戦わせることになって、クラスメートたちも多少の負い目を感じているらしい。
だから、少しでも大和が戦いやすくなればと思って幼竜を捕え、囮にすることを思いついたのだろう。
でも……。
皆が寝静まった頃、大和は一人、地下牢に向かっていた。
重い鎖で縛りつけられた幼竜――ぐったりとしていて、大和が自分の牢に入ってきても、力なく鳴くばかりで逃げることすらしなかった。怯えているのは明らかなのに、もう、何もかも諦めたような様子で……。
「しーっ……」
大和が静かにするよう伝えれば、竜は鳴くのをやめ、じっと大和を見上げていた。
できるだけ静かに鎖を外し、小さな竜を抱えて外に出る。飛べるか、と大和が尋ねると、幼竜は大和の腕の中で小さな翼を広げてみせた。
「なら、逃げろ……。みんなの気持ちはありがたいが……俺は、できれば竜を殺したくない……そういうわけにはいかないって、分かってはいるが……」
日本から、この不思議な世界に召喚され、言われるがままに戦い続けたクラスメートたちの身体には、ある異変が起きていた。
進行に差はあるが、まず最初は四肢に力が入らなくなっていき、悪化すると、呼吸すらままならないほど弱体化してしまう。
魔竜の血が、その進行を遅らせる……らしい。オラクルの王子がそう説明していた。
実際、血を飲み始めたクラスメートたちはまだ生き残っている。それまでは、あっという間に弱っていって、心臓も止まってしまったのに。
だから、大和は魔竜と戦い続けなければならない。竜を狩るしかない――どんなに気乗りしなくても。
「そうだ、飛んで行け……二度と捕まるなよ……」
暗い夜空へと飛び去っていく幼竜を見送り、大和は呟く。
飛び去っていく竜の後ろ姿を見つめながら、大和はぼんやりと、竜の背に乗って飛び去っていった少女のことを思い出す。
「白咲……無事なのかな……」
彼女はいったい、どうしているだろう。
最初はみな、彼女を嘲笑ったり、憐れんだりしていた。一人だけ落ちこぼれて、城を追い出されることになって。自分がああならなくてよかった、と。
でも……時間が経つにつれ、城を出て行くことができた彼女を、羨ましく感じてしまう。
果たして自分が、彼女のように一人放り出されたら、生き延びることができたのかどうかはさておき。
「……帰れるよな。俺たち」
明るい日が差し込むアリデバランの城で。
自分の着替えを終えたリラは、ザカートの旅用マントを着ていた。俺のなんだが、とザカートは苦笑いしつつも、リラを愛おしそうに見つめる。
「ライラ」
「ん?」
ザカートに呼ばれ、マントを着た自分の姿を鏡に映して見ていたリラは振り返った。ザカートは、手に何か持っている……。
「覚えてるか?これ」
「覚えてるよ。おまえの相棒一号だろ?」
十年前、ローザを助けるため、ザカートの願いを叶えるために、そのすべてを捧げた忠実なるザカートの相棒。砕け散ってしまったものを、ライラがせっせと拾い集めた破片のひとつ。
あのとき、ザカートはひとつだけ破片を懐にしまい、残りは供養した。その後、グリモワールに行った時に破片を磨いてもらって、アクセサリーのようにしてもらったのだ。
そしてザカートは、そのアクセサリーをライラにプレゼントしてくれた。
「そっか。オレが死んだ後、おまえが持ってたのか」
「ああ。みんなで形見分けをして、俺はこれをもらうことにした――俺の手元に、戻ってきてしまった……」
アクセサリーを見つめるザカートの目に、悲しみの色が映り込む。リラも、ザカートの手にあるアクセサリーに視線を落とした。
「……もう一度、これを受け取ってくれないか」
ああ、と頷き、リラは自分の首に手を伸ばす。
「でも、今回はもうばあちゃんからもらったのがあるから、首にはつけれないな」
さすがに二つも付けると、じゃらじゃらして動きにくい。
そうだな、とザカートも同意した。
「なら、今度は腕とか……」
「んー……あ、じゃあ、髪にしよう。髪飾り。髪ゴムに絡ませれば」
自分の髪を束ねている黒く飾り気のない髪ゴムを指して言えば、ザカートがリラの髪に手を伸ばした。
ゴソゴソと、自分の髪をザカートが触っている感触が伝わってくる。こっちに来てから、やたらと人に髪を触られるようになった。
「……こんなもの、だろうか。どうだ?」
出来栄えが気になるのか、ザカートはリラの髪を見て首を傾げている。リラも鏡を見て、自分の姿を確認する。
「うん、いいと思うぞ。オレよりおまえのほうが器用だな」
ポニーテールの隙間から、ザカートからもらったアクセサリーが見える。陽の光を反射して、磨かれた剣の破片は輝いていた。
今度は手放すことなく、ずっと自分のものでいてくれればいいが……。
「そろそろ食堂に行くか。飯食ったら、グリモワールに向けて出発だな」
「ああ。グリモワールで、ミカからオラクルの情報をもらわないと。あの国のことや魔王のこと……あと、おまえの友人のことも、色々聞けるといいな」
「友達……友達かぁ。友達って言えるほど、向こうもオレのこと思ってくれるかどうか……」
魔王ネメシスと、その魔王を倒す使命を与えられた勇者ヤマト。
気さくで好感の持てる青年だった。リラのクラスメートではあるが……なにせリラは、転校初日だったのだ。友情を築けるほどの時間はなかった。
「勇者の相棒……。おまえとは間違いなく、最高の相棒同士だと思う。それだけに、ヤマトとはさすがにそこまでになれないだろうとも思うんだよ」
過ごした月日の長さも、共に乗り越えてきたものも。
大和とは、ザカート以上の関係にはなれない。どう考えても無理だ。
「きっと、おまえとヤマトを繋ぐことがオレの役目なんだろうな。ちゃんとそれができればいいんだが」
彼は、いまも無事だろうか。魔王ネメシスは、間違いなく、大和の近くにいる。
大和が自分の使命に気付いたら、魔王は始末にかかるだろう。それまでは……うかつに刺激して、勇者の力を覚醒してしまうような真似は避けるはず。
……大和は生き残っているだろうが、他のクラスメートは。
「オレがもっとしっかりしてれば、みんなを説得して、一緒に逃げれたのかな」
ちょっとだけ、リラもそのことを気にしていた。
追い出された側ではあるが、結果だけ見ると、リラは一人でオラクルから逃げ出してきたことになる。この世界のことを唯一知っていた人間なのに、何も分からないクラスメートたちを見捨てて……。
「すべてを助けるのは無理だ。俺も……そのことは、身を持って思い知っている。勇者の力を持ってしても、助けられないことだってある……」
この世界に召喚された時のことを思い出してうつむくリラを、ザカートはそっと抱きしめた。
ザカートの言う通り、助けられない時もある。
……それでも。
できるだけのことはしたい。助けることができるのなら、一人でも多く助かって欲しいと、そう思うのだ。
仲間全員と再会するのに50話かかって、でもこれで物語折り返しなので!と
言い訳しましたが、結局その後も50話軽く越えることになってしまいました……




