一章 第一回救世会議
「ああ、よかった。ちょうど目覚めたんだね」
そういって部屋に入ってきたのは、おぼんを持ったカイだ。お盆に乗った皿からは湯気が立ち上っており、そこからミルクのにおいが鼻をくすぐってくる。
「後だしで悪いけど、この家にあったもの使わせてもらったよ」
カイはおぼんをベッドのわきの机の上にのせ、椅子に座る。
「おはようラルク、もう昼だよ。だいぶ寝ていたね」
「あ、ああ。おはようカイ。なんか悪いな、カイも疲れてただろうに」
「まあね、お嬢様に使えるものとして、ふさわしい生活習慣が身についているから」
そういうカイはなんだか自慢げだ。まあ、ここはさすがと言っておくべきか。
「ふふ、そういうカイだって、起きたのは一時間前ほどでしょう?」
なんでい。
「ぐっ、アベルさん……。そこは言わないのがお約束でしょう……?」
「ここはむしろ言うのがお約束では?」
悔しそうな表情をして見せるカイと、朗らかにほほ笑むアベル。なんだか、すごく仲がいい感じだ。でもなんでこんなに仲が?二人は初対面のはずだよな、俺が寝てる間に何かあったんだろうか。まあ、いいか。仲がいいに越したことはない。
「それでカイ、このスープは君が?」
「ああ、さっきも言ったけどこの家にあったものを使って作ったんだ。執事たるものこれくらいはね」
しつじってのがどんな仕事をするのかよく分からないけど、カイはなんにでも言いそうだな、しつじたるもの。
ベッドから起き上がり、カイの作ったスープを食べ終える。食べながら気が付いたのだがボロボロだった俺の右手は、ささくれ一つない奇麗なものへと変化していた。そのことも含めて俺が寝てる間に何があったのかを聞くと、どうやらアベルが出てきたすぐ後に、俺とカイは疲れ果てて、倒れるように寝てしまったらしい。そんな二人を、アベルが村の中でも大きい家になんとか運び入れ、ベッドにつかせたのだとか。そこでボロボロの俺たちに、得意の回復魔法をかけてくれたらしい。手を再度確認するととてもきれいなことが分かる。それも、戦う前よりも奇麗になっているかもしれない。それだけで、アベルの回復魔法の腕前がただものじゃないことが分かる。そして、そこまで聞いて、ここが村長の家だと気が付いた。昔、俺の両親が遠出しているときに泊めてもらったことがある。あの優しかった村長も、昨日俺が埋めたんだ……。
「手、ありがとう、アベル」
「いえいえ、私にできるのはそれくらいだもの。これくらいはさせて頂戴?」
笑顔で微笑むアベル。なんて優しい人なんだろう。どうやらアベルは戦闘はからっきしで全くしたことが無いらしい。戦いでは役に立てないと申し訳なさそうに言った。
「さて、ラルクも一息ついたことだし、これからの話をしようか」
スープの皿を片付けたカイが場を改めるように、咳払いとともにそう告げた。
「これからの話ってなんだよ?」
「これからはこれからさ、ラルク、君これからどうするつもりなんだい?」
「そりゃあもちろん……」
そこで口が止まる。これからどうする。あの化け物との戦いにがむしゃらでそんなことなんも考えていなかった自分に今気が付く。これから、どうすればいいんだろう。
「だよね、正直僕もそうだ。この状況で何をすればいいのか、何が正しいのかさっぱりわからない」
だから、と一言おいてカイは続ける。
「話し合おう。君の目標、僕の目標、アベルさんの目標、そして僕らの目標。」
「そうね、目標が決まればおのずと行動も決まるものですもの、私は賛成よ」
「そう、だな。あーでも悪い。俺話し合いとかあんまやったことないからどうすればいいか分かんないや」
「だろうね」
「即答かよ!」
「はは、ごめんって。そうだね、じゃあ僭越ながら僕が司会をさせてもらっていいかな」
「ええ、よろしく頼むわね?」
「すまん、助かる」
「よし、じゃあそれでは、第一回救世会議を始めます!」
ばん!と立ち上がり右手を筒か何かを握るような形にしながら話し出すカイ。やけに元気だな。
「きゅうせいかいぎ?なんだそれ」
「世を救うって書いて救世会議さ、いま世界が危機になっているのは間違いないだろ?あの石像が言っていることが確かなら君こそがこの世界を救うことができる存在なんだ、そんな君と君の仲間の僕らの会議だから救世会議さ」
やけに熱く語るカイ。そこそんな大事か?
「ま、まあ納得はしたけどよ。そんな大それたものでもないような……」
「あら、私は好きよ?いい名前じゃない分かりやすいし」
「ありがとうアベルさん、まあそういうわけで始めようと思う。あ、残念ながら使えそうな紙とかはこの村にはなかったから、口頭のみで話すよ」
「最初にまず、分かっていることを挙げていこう第一に、あの化け物のことだ。あの化け物は突然ある日発生した。それは間違いない」
「ああ、あんなもの物語の中にも見たことないし聞いたこともない」
「ええ、私もそうよ。私の知覚する限りあんな生命はこの世界に存在していなかったわ」
この世界……?自分が暮らしていた範囲って意味だよ、な。さすがに言葉のスケールのままだったら広すぎる。
「う、うん。そうだ。それは確定してる、でこれは僕も聞いていたんだけど、ラルク。君は覚えているかい?あの石像が、化け物のことをなんて言っていたか」
「たしか……悪意?」
「そう、悪意。詳しくは……」
「全ての始まり、命の源たる、原始の大釜が悪意であふれた。だったわね」
すらすらと一字一句たがわないであろう内容を述べるアベル。そうか、カイがあの場に漂っていたっていうならアベルもそうなのか。
「よく覚えてっな」
「記憶力は自信があるもの」
「うん、ありがとう。……正直この大釜が何のことを指しているのか僕には全く分からない。大釜ってことは、何かを入れる器のようなものなんだろうけど」
釜、釜かあ。うちにもあったな。大釜って程じゃなかったけれど。
「そうね……。私には心当たりがあるわ」
「「!」」
そう言ったアベルの表情は珍しく微笑んでおらず、眉根を寄せて何か考えるような形だった。
「村で古い伝承を研究してる人がいたのだけど、その人の所有している石板の中にそういった記載があったわ。たしか……『始まりの大釜。遥か高くに座し、世界を生み出し続けん」こんな内容だった」
「始まりの大釜……、確かに意味的に似ているね、別物とは思えない。それが遥か高くに座す?」
その言葉を聞いて上を見る。そこには木組みの天井。高い所に作られた明かり取りの窓から外の青空がのぞいている。遥か高くっていうと……。
「天界、へブメスのことじゃないか?」
「へブメス、地の底の魔界アブメスと並んで存在するとされている伝説の地だね。確かに伝承では人界の遥か高くに存在し、そこから天使が舞い降りてくる、という記述が良くみられてる」
「……いえ、ええ、そうね……」
「どうしたんだいアベルさん、何か妙に歯切れが悪いけど」
「いえ、ごめんなさい。なんでもないのよ?」
「そうかい?まあ、ということは原因はへブメスにある、と言えるのかもしれないと僕は思う」
「そう、だな。現状それくらいしか思いつかねえ。ただへブメスって言ったって、伝説の地。伝承でしか語られない場所にどうやって行くのかさっぱり見当もつかないぞ」
「それは、これから探していくってことで。探してみる価値はあると思うんだ。それと、アベルさんはへブメスについて何かしらないかい?」
そうだ、アベルはさっきから何かしら有用な情報を出し続けてくれている。俺たちが知らないことをたくさん知っていそうだし、そう期待してしまう。
「……そうね、ごめんなさい。へブメスについては一般的な伝承程度でしか知らないわ」
そうなのか、なんでだろう、妙な違和感を一瞬覚えた。知らなかったことに対する落胆?
「うん、ありがとう。ならまず、原因解明の指標としてへブメスについて情報を集めるっていきたいと思うんだけどどうかな?」
「ああ、いいと思うぜ。何を探せばいいかもわからなかったからな」
「ええ、賛成よ」