序章 始まりの朝
「これで、最後だね」
「ああ、ありがとうカイ。手伝ってくれて」
暗くなった空の下、視界はランプの明かりが届く少ない範囲の中、俺たちは作業を終えた。
ここは、俺が今まで暮らしてきた村の中心部。
村人共用の井戸があり、今日の朝には、水を汲みに来た村人たちの会話が花開いていた場所。
もともと人数の少ない、小さな村。けれど、都会というものを話でしか聞いたことがない俺にとって、ここはもっとも賑やかな場所だった。
そんな村の真ん中に立っているのはたったの二人。
他の皆は、俺たちの前で眠っている。
こんもりと、盛り上がった土。
手作りの簡素な、墓。
それがいくつも並べられていた。
そして、最後に開けられた、小さな穴。
そこへ、最後に見つけた、村の仲間を納める。
その体は森の中ほどに、落ちていた。
上と下が分かたれた少女の体。
幸い、獣に食い荒らされることなく、きれいなままで見つけることができた。けれど、抱き締めたとき、そのぬくもりは消えていた。
たしかに、彼女は死んだんだ。
土を被せる。
彼女の顔に、体に土がかかっていく。
ごめんな、きれいな顔を汚しちゃって。
そういや、小さい頃、泥だんごをぶつけて泣かせちゃったよな、ごめんな。
彼女の体を少しずつ埋めながら、埋もれていく彼女の顔を見るのが辛かった。完全に埋めてしまうまでは、彼女との繋がりが消えていないような、今にも動き出してくれそうな、そんな幻想を抱く。埋めていくのが辛い。自然と、涙がこぼれる。
カイはそんな俺を見て、代わろうとしてくれたけど、自分が最後までできないことの方が辛い気がして断った。
そして、彼女は眠りについた。
土を被せながら、俺の目から流れていた涙は、そのあとも長いこと続いた。
「あの子、微笑んでたよ」
涙が止まり、少し落ち着いた頃、カイが言った。
「そうか」
「彼女が実際にどう思ってたかは分からないけど、最後の瞬間、笑えたんなら君のしたことは、間違いじゃなかったんだと、思う」
「ああ、ありがとう」
でも、と俺は続ける。
「守れなかったら、なんの意味もない。俺はあの子に笑って死んでほしかったんじゃなくて、生きてて欲しかったんだ」
両手のひらで顔を押さえる。
もう涙は出てこない。きっと出し尽くした。
「わかるよ」
そう言ってカイは俺の横に座った。
「カイも、なのか……?」
ランプの明かりに照らされたカイは、空を見上げた。その顔は、どこか遠くを見ているようだった。
「命を懸けても守りたい人がいた。けど、実際に命を懸けても足りなかったんだ」
そう言ったカイの表情は暗く、目を閉じていた。
けれど、次に瞼を開けたとき、その瞳にはランプの光が映り込み、希望が灯っているように見えた。
その瞳のままカイは俺の方に顔を向ける。
「ラルク、僕は一度死んだんだ」
一瞬、静寂。カイの言葉に俺の思考が停止する。
「死んだ、ってどういう……」
「文字通りだよ、僕は一回殺された。それも、あの化け物たちに」
あの化け物が、俺たちが倒したあの宝石を指していることは明白だった。つまり、カイはあいつらに殺された……?
「そのことを話す前に、ラルク。今日は何月何日か聞いてもいいかい?」
「き、急に話を変えるな。今日はたしか……。前に商人のおじさんが来たのが三日ほど前だから、青の月の15日目だな」
「なるほど、ならその40日前だね」
「40日前ってなにがだ?」
「僕が死んだ日さ。僕はその日ガノス王国の王都であの化け物に殺された」
その顔は嘘を言っているようには見えない。確かに過去にあった、苦々しい記憶を思い出すようにカイは続ける。
「ガノス王国って名前に聞き覚えは?」
ガノス王国、たしか商人さんが言っていた海の向こう側の国がそんな名前だった気がする。
「海の向こう、ということは、ここはマルクト王国かな?」
「ああ、と言っても俺はこの村から出たことないから名前ぐらいしか知らないけどな」
「なるほどね。まあそういうわけで僕はガノス王国で暮らしていた。ある高貴な御方に使える使用人としてね」
そう言って、身に纏った黒い、服を指差してくる。上等な素材だと思っていたけど、貴族じゃなくてその使用人だったのか。
「ある高貴なお方、か」
「ああ、そうさ。お嬢様はすばらしい、あるがままに生き、それでいて、そのあるがままこそが支配者足るにふさわしい高貴さを放っているんだ……!そして…………!」
急に勢いよく語りだすカイ。これは、触ってはいけないものに触ってしまったかもしれない。堰を切ったかのように語りだそうとするカイを慌てて止める。
「ああ、ごめん。お嬢様のことになるとつい……」
その時のカイの表情は誇らしげでもあり、悲しげでもあった。
「もしかして、さっき言ってた守りたかった人ってのが……」
「ああ、そうだよ。お嬢様さ。僕は彼女に救われた。体も尊厳も。だから僕は、この身をお嬢様のために捧げることを誓ったんだ」
けど、とカイは続ける。
「40日前のあの日。ガノス王国の王都にあの化け物たちがやって来た。それも、何十体もの大群が」
「何十体!?あの化け物はあの一体だけじゃないのか……!」
「そうさ、多分このマルクト王国にも、他にもたくさん入ってきているはずだよ。それで、そんな化け物たちに、ガノス王国の騎士団や、魔法士団、果ては犯罪者たちまでもが協力して立ち向かった。けれど、結果は壊滅。あの化け物に一ミリも傷をつけることなく、王都への侵入を許してしまったんだ」
そこからは早かった、とカイは言う。
「国として最大の戦力を失った僕らには成すすべ何てなかった。ほとんどが諦めてしまった。それでも諦めなかった人たちがいた。その一人が僕の仕えるお嬢様だ」
貴族として、最後まで人々を守る義務がある。
カイの言うお嬢様はそう言って、あの化け物たちの前に立ちはだかったのだと言う。話を聞くだけで分かる。あいつらを前に逃げようとしか思えなかった自分なんか比べ物にならないくらい凄い人だ。
「そして、僕もお嬢様と共に行動した。死んでも、この人だけは守り抜く。そう思っていたさ。けれど駄目だった」
そう言うとカイは目をつぶり、手で押さえる。まるでなにかをこらえるように。
「最後の瞬間、あの光線がを前に僕はお嬢様の盾となるべく動いた。けれど、それはなんの意味もなかったんだ。光線は、僕とお嬢様をまとめて貫いたんだ」
「死んでいく最後瞬間を覚えている。最後に見えたお嬢様の顔は、とても悔しそうに歯を食いしばって、化け物を睨み付けていた。けれどその目をやがて閉じていって……」
そこで、僕の視界も途切れた。カイはそう、死ぬときの話を締めくくった。
「こうやって僕は死んだんだ」
「でも、でも……!カイは今ここにいるじゃないか!」
この言葉に俺は、少しの期待を込めていた。
「そうさ、僕は戻ってきたんだよ。生き返ったんだ」
「……!」
やっぱり、それは、俺がほしかった言葉で……!
「ということは、あの子を、村の皆を、助けられるかも、しれない……!?」
「そうさ、それにお嬢様もね。それが僕の抱いた希望。君にどうしても死んで欲しくない理由さ」
「俺が……?俺が生き返らせたって言うのか?カイを」
「あの石像に貰ったろ?三つの力を。そのうちの一つ、取り戻すための力さ」
「確かに、言われた取り戻すための力。それがカイを生き返らせた……?でもどうやって」
カイが生き返ったとき、何が起きた?たしかあの時は手に握っていた石が壊れたときで……。
「あの石が、カイを生き返らせた?」
「心当たりがあるみたいだね。実は僕も何で生き返ることができたのかよく分からない。ただ、石像と君が話しているところを僕は見ていた」
「見てた?あの場所にいたのか?」
「うーん、そうだね。あのときの僕はなんだかふわふわしていて、体がなかったし、よく考えることもできなかった。きっと目に見えない何かになって回りを漂っていたんだ。たぶん魂って表現が合ってるんだろうね」
たましい?死んだ人がなるって言うあの……。
ということはもしかしたらあの場所は、死んだ人が集まる場所、天の国、おとぎ話に出て来るヘブメスだったのかもしれない。
「とにかく、君には人を生き返らせる力がある。だから、絶望することはない。君の大切な人も、僕の大切な人も、取り戻せる、きっと!」
気がつけば、空は少しずつ白んで来ていた。
朝が近いのだ。
その白や薄い青を見て、体に力が沸いてくるのを感じる。
希望は、あるんだ。
カイが立ち上がって手を伸ばす。
「行こう、大切な人を取り戻しに」
「ああ、絶対に!!」
俺は、カイの手を強く握りしめた。
ここから始まるんだ。取り戻すための戦いが……!
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同時刻、ガノス王国、王都跡にて。
「こりゃあ~生存者見つけるのは不可能っすねぇ」
もはや人が暮らしていたとすら信じられない、瓦礫の山のなかを歩く二つの人影があった。
「くっ……!こんなにも沢山の人が犠牲になっているって言うのに!俺は、なんで死んでなんかいたんだッ!」
「いや、死んじゃってたらどうしようもないっすよ、流石に」
一人は少女。廃墟には似合わない綺麗な制服を纏い、茶髪の下の眼鏡を直しながら周囲を見回している。
もう一人は青年。身の丈をゆうに越える大剣をベルトで背中に吊り下げた、上半身裸の男。
まだ若いながらに引き締まった体には、肩から右腕にかけて、複雑な紋様が描かれている。
そんな青年は、必死に辺りの瓦礫を払い除け、生存者を探していた。
「だめだ。皆、もう息がない……!」
「人を助けたいって気持ちはわかるし、だからこそこうやって付き合ってるっすけど、バスターさん。この国の人じゃないっすよね……?」
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同時刻、魔界にて。
「ふっ……!」
軽い呼吸音。それと共に振られた鉄の塊のような巨大な剣が、宝石のような化け物を捉える。
接触、破壊。
一つの傷もなかった化け物が、一撃で粉砕される。その攻撃は用意に外装を削り、中にある赤い珠をも砕ききった。
「チッ、ムカつく強さだ」
魔界の薄暗さの中、化け物の群れを相手にしている二つの影があった。
一人は少年。紫の肌を持つ、鋭い瞳の男は、もう一人の仲間を睨む。
「この強さがなかったら君に殺されてしまうんだろう?」
もう一人は青年。白い髪に優しい瞳をした、貫頭衣の男。男はそう言うと大きく飛び上がり、次の化け物を簡単に粉砕する。
「……ああ、今の俺じゃお前に勝てねェ」
少年は悔しさをにじませなから男を睨む。それは仇敵を憎しむ目のようでもあり、学問を真剣に学んでいる学生のような目でもあった。
「だが、いつか。俺はかならすお前を越える」
そう言って、少年は男に続くように化け物に向かって駆け出した。
これにて、序章は終了です。ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回、新しい仲間が登場予定です。