序章 始まりの夕暮れ
走る。
あの硬質な化け物に向かって、一人で。
走り出す前、カイが言ったことを思い出す。
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「あいつの攻撃は二種類しかないんだ。赤い点から放たれるレーザー、光線と足による踏み潰し、恐らく、あいつはその二つを機械的に使っていにすぎない」
そうだ、化け物に斧で攻撃したおじさんは踏む潰されて死んだ。そして、化け物から逃げていた俺とあの子は光線に襲われた。そして、さっきの戦いでは化け物は光線しか使ってこなかった。光線を使うために、わざわざ、動きを止めてまで。
「うん、だろうね。きっと近くの敵は踏み潰す、遠くの敵は光線で撃ち抜く、プログラミングされた機械みたいにそれしかできないんだ。いや、それだけで十分だったんだ」
カイはたまによくわからない言葉を口にする、ぷろぐらみんぐ?れーざー?それが何を意味しているかは分からないけれど、何を言おうとしているかは分かる。
「そして、光線と踏み潰し、君にとって回避が容易なのはどっちだい?」
それは簡単だ。おじさんを踏み潰した、あの攻撃はあのときの俺でも何が起こっているのか見てとれた。対して、光線は赤い点を注視しなければ今の俺でも見切ることはできない。
「そう、だからこそ接近した方が安全なのさ。今の君はあの質量に蹂躙されるだけじゃない」
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走る、走る。
もう化け物は目と鼻の先。
急に接近してきた俺に、化け物は対応を切り替えたのだろう。高まっていた赤い点の光が急速に弱まっていく。そして、その代わりに化け物はわしわしと足を動かし出す。
宝石のような本体から延びる、硬質な足。冷たい質量は、その整った形と裏腹に、簡単に人一人を押し潰すことのできる暴力だ。そんなものが蜘蛛のように化け物の左右に三本ずつ、計六本生えてきている。
そして俺は、その内の正面の一本の前にたどり着く。
その途端、狙い済ましたかのような振り下ろし。
頭上からの鋭く重い一撃は、簡単に地面をえぐり土を浮かす。しかし、その一撃は見えている……!接近の加速を止めずそのまま腰を低くし前に転ぶようにすることで、死を回避。
「っ……!」
だが、すぐ次の死が迫る。バランスを崩した俺の胴体を狙う、真ん中の足による突き刺しの一撃。
右腕を強引に振り回すことで体をむりやり捻り、なんとかそれを回避する。
後方の足はまだ遠い。前足を振り上げる動作をしている隙に体を起こす。
見える。
避けれる……!
戦いなんてしたことがない。避けるためのからだの動きとか歩法なんて全然わからない。けれど、見えているうちはなんとか生き延びれる!
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「あいつに接近するのは、分かった。でもそれでどうするんだ?俺が近づいたところであの化け物を壊す手段なんて知らないぞ」
「別に、あの化け物を近づいただけですぐ壊せるとは思っていないさ。僕たちには決定的に攻撃力が足りていないからね」
「だったら……!」
「だから、時間をかけて壊せるようにするんだ」
「時間をかけて……?時間をかけてたら、あの化け物を壊す前に俺たちの体力が尽きるぞ!」
そして、死ぬだけだ。
「ああ、だから僕たちが長時間かけて攻撃できるようにするんだ」
つまり、とカイは少し置いて続ける。
「あいつの攻撃手段を一つ壊すんだ。僕たちの手の届く位置にある、あの足を」
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避けた瞬間、目の前に落ちる冷たい質量。
化け物の正面の足の一つ。
足を落としたならば、もう一度攻撃するために、 もう一度振り上げる必要がある。
つまり、今が狙い時……!
巨大な足がもう一度引き上げられるより早く、右の拳で!!
バギャッッ!!
「いっづッ!!」
思いっきり振った拳の甲、接触の瞬間、ぶちぶちと嫌な音が響いた気がした。それと共に、鋭い痛みが手の甲を襲う。
皮が破れ、血が溢れようとしている手の甲に刺さっているのは、金属質の小さな破片。
これは。
正面、足の方を見るとそこには、確かに大きなヒビが入っている。
通じた。俺の攻撃が通じた!!
「でも痛えっ!!」
思わず右の手の甲を押さえる。
痛みに対して受けの反応をした俺。しかし、対してもうひとつ、痛みを受けたはずの化け物は平然とヒビの入った足を振り上げた。
「いまだ!カイ!」
大きく振り上げられた足。聞こえる破裂音。
俺の真上に振り上げられた足が大きくずれる。
じゅうとかいう鉄の棒から放たれた一撃は、俺の拳が作ったひびを見事にとらえていた。
「やったか!」
その喜びもつかの間、振り上げられた足は、当然のごとく振り落とされた。破壊しきれなかったのだ。喜びにできた隙を狙う一撃、だが、じゅうによって狙いのずらされた攻撃は俺に当たることなく地面に突き刺さる。
その足には、確かに大きな穴が開いていた。カイの攻撃が俺の作ったひびを押し広げたのだ。
けれど、足りない。化け物は、今までと変わらず、再度足を振り上げる……!
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「僕は君のことをよく知らない。一緒に戦っても、連携なんてできっこない。それどころかお互いにじゃまになってしまう」
だから離れて戦おう。カイはそういった。
「戦いなんてしたことの無いだろう君に前を任せてしまってごめん。でも、こうした方が君の生存に繋がるはずだよ」
それは、そうだろう。先程見せたあの鉄の棒は遠くからでも攻撃できていた。それに、遠くの敵に対して光線を放とうとしている間、あいつは足を動かしていなかった。もしこれが、その反対に脚を動かしている間に光線を打てないのだとしたら。二人で近距離と遠距離に分散することで、片方が攻撃を受けている間、もう片方は自由に動くことができる。
そして、近距離にいる俺は遠距離にいるカイを助ける手段を持っていないが、反対にカイは遠距離から近距離にいる俺を手助けすることができる。
「ああ、いざというときは頼むぜ」
「うん、それともう一つ」
「なんだ?」
「もし、君の拳、僕の銃であの足を破壊することができなかったら、君の利き手、たぶん右手かな?を挙げて欲しい」
「右手を挙げる?なんでだ?」
カイはそこで、懐からもう一つのじゅう、と呼ばれていた形のものを取り出した。しかし、先程のものとは微妙に違う。鉄ではなく木でできた棒に青い紋様が刻まれている。
「僕は、魔法が使えるのさ」
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振り上げられた化け物の足。上からの突き落としでは効果が薄いと感じたのか、今度は、落とす角度を斜めにした凪ぎ払いが繰り出される。
横ではダメだ、刈られる。
ならば、上!!
どんっと地面を強く蹴る。
足の裏から伝え、伝わる衝撃と共に俺の体は中へと浮かび上がった。
高い、こんな高くはねられるなんて…!!
高くなった視界。はじめてのそれに少し震える俺の目に入ってきたのは、ちょうど俺の真下を通る化け物の足。
空を切り振り抜いたその足は、ほんの一瞬、足の位置を戻そうと、動きを切り替えるための一瞬。動きを止めていた。
目に見えるのは、足に開けられた大きな穴とひび。
ここで、決める……!
右腕を上げる。
その先にある拳を握り、俺仲間への合図とした。
次の瞬間、拳に雷に打たれたような感覚が走る。
これが、強化魔法!
右手の回りを、大きく分厚い膜が覆う。
それは、黒い光を稲妻のように垂れ流しながら。
「ぶっ壊れろッ!!」
落ちる速度に任せて、俺は振り上げた右腕を思いっきり、化け物の足へと打ち付ける。
先程のような手の甲の痛みは感じない。
固いものと固いものがぶつかり合うような抵抗感もない!
俺の拳が、砂の山に剣を差し込むように、化け物の足を打ち貫く……!
飛び散る破片、みしりみしりと大きな音をたてて、折れた化け物の足は地に落ちた。
続いて、ずしんと言う大きなおとが響く。
それは、化け物が一本の足をなくしたがためにバランスを崩し地に落ちる音だった。
そこからは簡単だった。
化け物は足を持って動き、方向転換をしていた。
その化け物が足の一本を失ったことで方向転換も移動もできなくなったのだ。
「まさか、ここまで脆い設計だったとはね。本来は壊されるなんて微塵も考えていなかったからだろうけども」
カイもそういって、化け物に接近し、攻撃に加わった。
そして、その時にはすでに俺の拳を覆っていた強化魔法の黒い膜は消えていた。
そのあとは、光線の届かない位置から他の足や本体を殴る、蹴るなどをして削っていった。足をおられ地に本体をおとした化け物は、残った足をわしわしと動かして攻撃を仕掛けてきたが、倒れたことで稼働範囲の狭くなった足の攻撃を避けることは容易く、また同様に破壊も容易かった。足を壊したあとは、残った宝石のような本体を削っていく。拳や足で少しずつ少しずつ。カイの銃と言う武器は、使える数に限りがあるらしく、使うのを控えていた。また、俺たちはカイの強化魔法も使わなかった。カイは魔法を得意としているわけではなく、ほんの短い時間しか効果が続かず、また何度も使える訳でもないそうだ。そういえば、幼なじみのあいつも回復魔法を使ったとは疲れた表情をしていたな。
そして、手の甲や足の先がボロボロにしながらも、俺たちはついに化け物の半分を削りきった。
「おい、これ」
「ああ、これは怪しいね」
宝石のような体を半分ほど削りきってようやく見えてきたもの。それは、ちょうど化け物の中心にあった。
「赤い、珠」
何度も化け物が撃ってきた赤い光線。それが最大限に高まったときと同様にかがやく珠。何でできているかは皆目検討もつかない。
それが、宝石の欠片のなか、埋め込まれていた。
少し、怖いな。
この色はあの死を連想させる。
今にもそこから光線が飛び出てくるんじゃないかと、俺たちはその珠から警戒のために目を離せなかった。
だが、しばらくまっても変化はない。
珠は光を放つだけ、これは、光線を放つものではないのか……?
そして、横にいたカイも、同じことを思ったのか、行動を再開した。
「よし、これも壊そう」
壊すって言ったって拳でか?少し抵抗があるな、あの珠そのものがあの光線と同じくらいの熱を持ってるかもしれないし。
「そうだね、あれに直接触れるのはやめとこう」
だから、と言いながらカイは懐から鉄でできた銃を取り出す。
「少し離れて、万が一があるとこまる」
そう言って、カイは銃に添えた指を動かした。
パァンと言う破裂音。
そこからでた、鉄の固まりは、赤い珠の中心を確かにとらえた。
一瞬、沈黙。
そのすぐあとにパキ、という音が静かな森のなかに響く。
そのおとは、そこで終わらず、音の連鎖が始まる。
パキ、パキ、パキパキパキパキパキパキパキパキィ!!
音にともない、赤い珠に黒い線が刻まれていく、それはまさしくヒビであった。
そして、パリィンと音がなった。
完全にくだけ散る赤い珠。
そして、破片と化した赤い珠からは光が失われていって……。
次の瞬間。
ざあっと音がしたかと思うと。
赤い珠を包んでいた、化け物の体が、砂のように小さな粒となり、地面に落ちる。
それと同時に、俺たちの体に刺さっていた化け物の破片も同様に粒と化した。
積み上げられた粒のなか、赤い珠の残骸が完全に光を失ったとき、感じた。
悪意の化け物を殺したのだと。
「お疲れさま」
カイはそう言って俺に手を差し出した。それを俺は口を開けて、ただ見る。
「何を呆けているんだい?確かに僕も、いまだにあいつを倒せたことが信じきれていないけどさ」
「と、あ、ああ。ありがとう」
そうか、握手か、今までの一連の出来事が鮮烈すぎて、あまから飛んでいた。
「改めて、自己紹介するよ勇者。僕の名前はカイ、お嬢様に使える、一介の執事だ。君の名前を聞かせてくれるかい?」
「俺は、ラルク。けど俺は勇者なんかじゃない。普通の村人だよ」
「そっか、分かったよ。よろしく、ラルク」
そう言ってカイは俺の手を強く握った。
カイ
★★
『開示情報2』
黒属性の魔力を有しており、闇魔術と強化魔術を併用する。
主な武器は魔導機銃。魔術を弾丸へと換え撃つことができる。この特質を利用して本来己にしかかけることのできない強化魔術を弾丸を打ち込む形で他人にかけることができる。その他にも銃による素早い発射で相手に様々な闇魔術による妨害をすることが出来る。
魔術を弾丸へと変えるのには数秒~数十秒の時間がかかり、弾丸は銃の弾層の中に6つまで保有しておける。
もともと有する魔力量はそこまで多くないが銃による魔力消費は調整しやすいため愛用している。