序章 始まりの一人
色を取り戻した視界に見えてきたのは黒と白。
さらさらの黒髪、長い睫毛に、大きな瞳、そして透き通るような白い頬。
視界いっぱいに広がったそれは、人の顔。それらパーツは美しいというよりも可愛らしいという雰囲気で……
「女……?」
「僕は、男だ」
その声は、低い。村の少し上のやつが偉ぶろうとするときみたいに、意図的に低くしているような声音ではあったが、確かに男の声だ。
男、少年?は高級そうな布地で作られた、黒い服を纏っている。見たことがない服だ、貴族のものだろうか。
そして、少年は不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら告げる。
「僕の名前はカイ。君が勇者だな?なんだ……まだ幼い子供じゃないか」
その言葉に少しむっとする。そっちだって子供じゃないか。
「まあ問題はないよ、君がお嬢様を救う力を持っているっていうなら」
そういうとカイという少年は後方、悪意の化け物のいる方向へ振り向き、睨み付けた。
「化け物め、こんな辺境の地にまで現れたんだね」
まさか、悪意に立ち向かうってのか。村の大人たちですら簡単に蹴散らされた、あの化け物に。
「立ってくれ、勇者。あいつの目の前でぼーっとされると、守ることすらできないんだ。君が死んでしまうと困る」
悪意の化け物、その赤い点に再度光が集まっていく。もうあの石はない。光線がもう一度放たれでもしたら……!
死を予感させる赤い光が力を増していく中、カイは平然と立っていた。
「あのとき、僕はこいつらの前で何もできなかった。でも今は違う」
そして、一瞬に、赤い光が極限にまで高まる……!
「ここ!!」
一筋の赤い閃光が延びたと思った瞬間、俺の視界はぶれる。遅れて気付く、肩への衝撃。
カイが俺のことを蹴ったのだ。
そのほんの、一秒もない感覚のあと、俺がいた場所に赤い光線が突き刺さる。地面をえぐり、背後の木々を倒していったそれは、しかして、俺の体を貫くことは無かった。
「あ、ありがとう」
「……これが、神の力か。単純に反応速度が上がってる。前の僕じゃあ、あの光線は……」
俺の感謝の言葉は、空に投げ掛けたがごとく返ってこない。カイは何かを考えているかのようにぶつぶつ呟いている。
「お、おい。どうしたんだよ」
こうしている内にもあの化け物は次の一撃を放つ準備をし始めている、呆けるなといったのはそっちじゃないか!
「勇者」
突然カイは呟きを中断して俺の方を見る。
「ゆ、勇者ってなんだよ。俺はそんなんじゃ……」
「そこらへんは、今はどうでもいいよ。それより、聞いてくれ」
「な、なんだよ……」
「あいつを倒す。けど僕の力だけじゃきっと無理なんだ。協力してくれないか」
「あいつ、あいつってあの化け物のことか……!?
村の大人たちが総掛かりで無理だったんだ。確かにあんたは強そうだよ。でも、俺はなんの力もない、ただの村人だ!俺なんかにできることがあるわけ無いだろ!」
「……これが、勇者、その名前が泣いてるね。君が臆病なのは分かった。でもどうしようもないことなんだ」
カイは俺から視線を化け物へと写した。
また、赤い点の光は高まってきている。
「みなよ、あの赤い光を。やつらはどのまでも追ってくる。いつかは立ち向かわなきゃ死ぬだけだ」
それに、と付け加えてカイはこちらに少し視線を移す。
「立ち向かうための力は君はすでに得ているはずだ。」
そして視線を化け物に写してもう一度口を開いた。
「あの赤い点をよく見ておくといいよ。次はもう、助けないから」
助けない……?助けてくれない……?それは俺の死を意味している言葉だ。焦ってカイの方を見る。だが、その顔は化け物の方に向けられていて、微塵もこちらに注意を向けていないのが感じられる。……嘘は言っていない。
死にたくない。取り戻す力。なんだかよく分からないけれど、希望が見えたんだ。
死にたくない。死ぬわけにはいかない。
目を見開く。ただ、あの赤い点に集中する。
一瞬も見逃さない、瞬きをした瞬間が死だと思え、俺……!!
高まる、赤色。
血のように赤いそれは、あの娘の流れていった温もりを思い出させた。
娘の光線を見るのももう何度目だろうか。
村のみんなを殺したとき、あの娘を殺したとき、石で受け止めたとき、カイに助けられたとき。
あのときの光は目に焼き付いている。大半は焼き付けたくない光景と一緒にだけれど。
だから、間違えない。放たれる直前、最高潮に達した赤い光を_________
それでも、本来の俺だったなら、一瞬一瞬に放たれる光線なんかに反応できたはずがなかった。そもそも、発射されたことすら解らずに貫かれていたはずだった。わかっても、避けることができないはずだった。なのに。
「ちゃんと、避けれるじゃないか」
ズガァン…………!!
光線が貫いた場所。そこに先程まであった俺の体はなく。俺は確かに、大人たちを蹂躙した一撃を避けていた。
「これは……」
「もう分かったと思うけど、君は立ち向かう力を得たんだ」
ふと、カイを見る。彼も俺と同じように光線を避けたのだろう、先程までとは少しずれた位置に立っていた。そして、カイは続ける。
「見えなかった攻撃が見えるようになった、避けられなかった攻撃が避けられるようになった。なら次は、届かなかった攻撃を届けられるようになった、はすだ」
「攻撃が届く……」
「あいつらはなんでも弾く。僕が見た限りでは、どんな魔法も、どんな武器も、どんな力もあいつらには通用していなかった。ほら、見ての通り傷ひとつ無い」
そうだ、それは俺も見た。村でのあの光景を。
「でも、これからは違う。君も僕も立ち向かう力を与えられたんだ」
そういってカイは懐から、一本の棒を取り出した。
黒い棒の後ろに様々な小さな細工がついている。手のひらよりは少し大きいぐらいの棒だ魔法の補助道具だろうか。
「これは、反撃の一撃だよ」
そう言ってカイは棒の端の方に取り付けられた木の細工を右手で握りしめる。恐らく金属でできた棒の先を化け物に向け、ピンと伸ばしていた人差し指を折り曲げた。
タァン!!
爆発音。俺は一瞬、化け物の光線が放たれたと思った。だが違う。こんどの音は、カイの握る棒から放たれた。
ガリッッッ!!
固いものと固いものがぶつかるような、削り合うような音がした。
思わず化け物の方を見る。
見上げるほど大きな化け物の、片隅。
それまで、完ぺきな宝石のように、直線のみで構成されていたその外縁部が、一ヶ所欠けていた。
「やっぱりだ……!」
そう言ったカイの声には喜びの色が含まれていた。だがそれは、明るいというよりはむしろ暗い……。
「あいつらを、殺せる。僕の攻撃は、通る!!」
「なんだよ、今の……?」
「詳しく言ってる暇はないよ、それより、来る」
地面が、強く揺れる。
今まで、その場で止まって光線を放つだけだった化け物が動き出したのだ。
「あいつら、ダメージを負うのもきっとはじめてだ」
カイは腰を低くし再度棒をつき出す。
「僕の銃じゃ、あいつをうち壊すほどの火力はでない。だから君の助けが必要なんだ」
俺の助け……?
俺に武器なんて無い、戦えるはずもない。
なのに、先程の一瞬。あの化け物の光線を避けたときの記憶が脳裏から離れない。
あれは俺の不可能が可能になった瞬間だった。
なんの武器も持っていないはずの、ただの子どもでしかないはずだった俺でも、もしかしたら……!
ぐっと、拳を握る。
ずしんずしんとせまる化け物を前に、構えているカイ。その横に並び立つ。
「教えてくれカイ、どうすればあいつを倒せる?」
カイは、俺の顔を見て少し笑った。