FLAME. なる
「砂」「終末」「最高の目的」
よく笑う人だと思った。
それが第一印象だった。
何年も前だろうか。今では定かでもない。
人生を懸けた恋愛がボロボロに壊れて、目も当てられないくらい心が枯れていた。
二度と人をあいすることはないと思っていた。
二度と人からあいされないと思っていた。
だから、あのとき、心の底にそっと芽吹いた火種が花となって咲くとは自分でも信じられなかったほどだった。
どうせ世界は終わる。
力を持った国が豊かな国を守るために敵対する国を攻めたことから始まった(それがどこの国だったかは今となってはどうでもいい。そんなものは瑣末な問題でしかないのだから)戦争は、人類の叡智を集結した装置によって、あっという間にこの星に灰色の幕を下ろさせている。
そのくたびれた地球に追い打ちをかけるのが単なる土星と木星の接近によるものだったなんて、誰が予想できただろう。
二十世紀の末に起きたポールシフト。太陽系の惑星が一列に連なるという現象に、いろいろな予言者が地球は終わりを迎えるとほざいていた。その予言はあっけなく外れ二十一世紀に突入したあとも、偉そうに語っていた予言者たちは息を潜めて次の説を練り上げ、信じるか信じないかはあなた次第、と無責任な言葉を並べ立て、人々はそれに呆れ、いつしかそんなことは忘れ去られていった代物だった。
だから木星と土星の接近なんてたいしたものではないと思っていた。ポールシフトに比べればそこまで珍しいものではない奇跡だ。とはいえ肉眼で見られる現象としてはありがたい奇跡だった。
その瞬間までは、世紀の天体ショウだね、なんて誰もが笑いあったものだった。
戦争による傷が根深い人々にとってのささやかな娯楽だった。
それが、この星を徹底的に終わらせる要因になるなんて思いもしなかった。
太陽系の最大の惑星である木星と、その次に大きな土星とが急接近する。
そんなニュースが飛び込んできたのは、サンタクロースがコロナに感染していない、なんてていう海外らしいジョークが世界を駆け巡ったすぐ後のことだった。
急接近といったって別に衝突するわけじゃあない。単純に肉眼ですぐそばに二つの惑星が見られるよ、というレベルのお話でしかなかったのだから。
それがまさか、衝突を引き起こして二つの惑星ともに破壊されるとは。
特にひどかったのが個体でできた土星だった。木星のガスと混じって原子分解を引き起こして、あのリングも巻き込んで木っ端微塵に崩れ、その破片が太陽に向かって猛スピードで流入する。運悪くその途上に地球があった。土星の破片は遠慮なく地球へと降り注ぐことになる、という速報が世界を駆け巡ったのは何日前のことだっただろう。
あれだけ距離があるのにこんなに早く地球に到達するとは。
灰色の空から光の玉が次々に大地へと降り注いでいる。すでにいくつかの都市はその破片によって粉々に壊されてしまった。まさに土星[サタン]の仕業だったというわけだ。
何の防護もない私服で、君と歩く。
君の手は温かい。握り締めながら、どこを歩いたのか。
海が見たかったから。
世界の終わりを見たい、と口走ったのがどちらだったのか、今ではあまり思い出せない。どちらも同じ考えを持っていたのだから、どちらが言い出したのかなんてたいした問題ではないから。
廃墟だらけになった街を歩く。かろうじてまだ機能している街ではあったけれど交通機関はすでになく、徒歩で行くしかなかった。長いピクニックだ。
どこへ行くかって? そんなの決まっている。
世界の終わりなら真夏の海辺。
そんなこと誰だって知っている。
残念なことに今は真冬だった。
でも仕方ない。世界の終わりなら真冬の海辺だ。
そのままそこで終わりを眺めていればいい。最高の目的じゃないか。そうすることが今までの人生のすべての結果だと言っても過言じゃない、と思う。
風が鈍い。
重くて、湿っている。
砂が軽やかに踊っている。
砂が風に踊るのを見るのは夏よりも冬に限る。
そういう意味では真冬でも正解だったのかもしれない。
「寒いね」
君は鼻を赤くして笑った。
「寒いね」
一緒になって笑った。
黒髪だった髪はいつのまにか栗色に変色して、まるで染めたかのようなグラデーションを放っている。それはそれで美しいなと思った。海辺には歩く人もいない。
そりゃそうだろう。世界が終わるというのに好き好んで真冬の海辺に来るやつなんてそういない。
二人で手をつなぎながら歌を歌う。
誰も知らないメロディ。
聞いたことのないヒット曲。
こんなときスローで落ち着いたバラードではなくて愉快なビートポップスなのは、きっと君の生来の明るさによるものなのだろう。その能天気さにどれだけ救われたかわからない。
ほとんど死んでいた、心を殺していたあの頃、世の中のことなんてなんでもないといったように陽気に笑う君に出逢った。
恋をするなんて思ってもみなかった。
ずっと人生を諦めていた。ただ余生を生きていた。
それがあんなにも命を震わせる人に出逢えた。
そのことに感謝したい。心から。
大きな音とともに光の玉が次々に海の向こう側へと落ちて行く。
今までに聞いたことのないような悲しい響きだった。
空の悲鳴なのかもしれない。
でもそれで構わない。
あれだけの大きさが海へと落ちれば、大きな津波が起きて、やがてこの海辺をも飲み込むだろう。いずれにしたって二人の運命はここでゴールを迎える。
ひっきりなしに落ちて行く光の玉。
曇った空が灰色から銀色に鈍く輝いて行く。
いよいよ終末の時が近いのだろう。
君の手をぎゅっと握りしめる。
君は微笑みながら握りかえす。
「ずっといてね。わたしの中」
ああ。
天使だ。
天使だったんだ。
天使なんだった。
驚く。
銀色の空。
その下で。
芽吹いた火種は花となって咲く、
咲き乱れる。
花は咲いていつか死ぬ。
花は死んでいつか咲く。
大丈夫、怖くない。
世界の終わりを、両手を広げて受けとめる。




