週末読書会 Mu
使用したお題:「砂」「終末」「最高の目的」
文学サロンの会議室に10名ほどの人が集まっていた。
今日は週末恒例の読書会の日だ。毎回読書に関係あるテーマを決めて参加者が自由に自分の思ったことを話す会である。さて今日のテーマはなんだろう? そう思っていると今回のテーマ担当であるマスターがおもむろにみんなの前に立った。
「みんな、今回の読書会のテーマはこれだよ」
そう言って白板にテーマを書き出した。
【もし明日世界が終わるとしたら、どんな本を読む?】
これはまた大きなテーマが来た!
うむむ。これは難しいぞ。えーと、どんな本がいいだろうか? あしたで世界が終わるんだろう? じゃあ、なんか思いっきり有意義な本じゃなきゃいけないんじゃないだろうか? えーと……
「さあ、意見のある人はいるかな?」
教授がさっそく手を挙げた。
「お、流石教授ですね。ではどうぞ」
「明日世界が終わるとしたら、私なら人類の英知の結晶たる学術書を読み込むだろうな」
「それは何故ですか?」
「もちろん、人類の英知への惜別じゃよ。何千年という時間をかけて築き上げてきたものが消え去るのだ。それに敬意を払って最後の時を楽しむとしよう」
「なるほどー、流石は知の奉仕者、博覧強記の教授ですね。分かりました。次は、だれか……えっと、ミカンさんはどうですか?」
「あたし? あたしは、そうだなあ。やっぱりBLかな」
「えっと、それはどういう目的で?」
「えっとね。もう明日で世界が無くなる訳じゃん。だから、誰かの目線とか気にしても仕方ないでしょう? それなら、自分の好きなことを隠さずに大いに楽しむべきだと思うんだよね。だから、BL。目的は自分の好きの追求だわ」
「ははあ。それはまたミカンさんらしいと言えばらしいですね。ところでミカンさんそれ今まで隠してきた自覚あります?」
「いいえ、ないわよ」
「でしょうね……。はい、わかりました次はじゃあ、ボク君で」
「あ、はい、僕ですね。えーと、僕はやっぱり最後の時に当たって自分の心が挫けないような、心が温かくなる前向きなお話が読みたいです」
「ああ、いいね。具体的にはなにかある?」
「そうですね。みさき柚さんの『あした輝く』とか、夢兎さんの『ギフト』とか良いかなと思います」
そこでユメさんが手をあげる。
「はい、ユメさん」
「わたしも心の平穏という意味で聖書かなと思うんだけど」
「あー、そう言えばユメさんはキリスト教信者だったっけ」
「ええ。聖書はある意味お守りみたいなものだから。当日はたくさんの人が手に取ると思うんです」
「そうだね。そういう意味ではボク君もユメさんも目的は心の平穏という事だね」
「はい」
「あとはだれか、あ、会長どうぞ」
手を挙げた会長をマスターが指名する。
「僕は、これだな『サウナ生活百科』」
会長が一冊の本を掲げた。
「明日世界が終わる時こそサウナだよ。サウナに入って全てを汗と一緒に吐き出して身体も頭の中もすっきりさせる。そうすれば、心身ともに健康になれるし不安なんか吹き飛ぶから」
「えー、ほんとですかあ?」
「ていうか、本読んでもサウナに入ったことになりませんよー」
「だから、この本を読んでサウナに入るコツとか、どこのサウナにどんな施設があるとか、入ったら気持ちいいだろうなあとか想像して楽しむんだよ」
「いやでもそれって、明日世界が滅ぶわけだから、もうそのサウナに行けないですよね? それって時間の無駄では?」
そこで会長は胸を張った。
「もちろん、時間の無駄遣いこそ読書の醍醐味、最高の目的じゃないか」
みんなから、おーと響めきが上がる。確かに読書の究極の目的は時間を忘れて時を過ごす時間の無駄遣いかもしれない。みんながそんなことを想い始めた時おもむろに手が上がった。
「あのーすみません」
「はい、オーナー、君の意見は?」
「えーとですね、明日世界が終わるんですよね? じゃあ、本を読んでる場合じゃないんじゃないですか?」
その言葉にみんなが顔を見合わせる。
「本を読むより大切な事ってありますよね」誰かがギクッとした表情を浮かべた。
「たとえば、好きな人に告白するとか…」僕の心もダメージを受ける。
「好きな人と一緒に楽しい時間を過ごすとか…」胸がどんよりと重くなる。
「大切な誰かと別れを惜しむとか……」も、もう、やめてください。「……した方がいいんじゃないですか?」
オーナーの一言一言にあちこちで呻き声や胸を押さえて蹲る人、頭を抱えて首を振る人が続出している。そう言えば、ついこのあいだ、オーナーさん、カノジョができたって言ってたなあ、と僕も虚ろな意識で考える。それにしたって前提から覆されてこれまでの読書会の内容が砂を食むような味気無さに思えてくる。でもその時、教授が青息吐息の中で声を張り上げた。
「我々読書家たるもの、たとえ明日世界が終ろうとも本を読むことをやめるものではないのだ!」
その言葉にみんなの瞳に光が戻る。ああ、さすが教授! と僕は尊敬の眼差しを送る。そこに読書家の矜持を見た気がした。ついでにボッチの悲哀も感じたのだけど。
2020年12月19日 助助文学サロン日誌 文責 ボク




