世界の終わりに 鶯
使用お題:「砂」「終末」「最高の目的」
さく、と踏みしめる地面は、さらさらとした白い砂に覆われている。砂の中にずぶりと沈みかけるスニーカーを気合で引き上げて、誠二はまたひとつ黒い足跡を刻んだ。
一週間前、世界は突然に終末を迎えた。
どこからともなく現れた、原因不明の大竜巻。これまでに発生したどんな竜巻よりも台風よりも大きなそれは、アフリカの砂漠に突然現れ、世界中の国々を次々と襲った。建物はほとんどが全壊、植物は文字通り根こそぎこそげ取られ、生き物は宙を舞って消えていった。世界中を破壊した竜巻は、それに満足したかのように、現れた時と同じく唐突に消えた。かつては家や学校や商店だった大地は、僅かな人工物の残骸が残るのみで、それも台風が運んできた砂に覆われ見る影もない。さらには、風が舞い上げた砂埃が空一面を覆い、日差しは全く地上に届かなくなったため、街灯も点かなくなった世界は常に夜の様相を呈していた。
そんな中でも、僅かに生き残った生き物がいた。竜巻による被害を幸運にも一瞬だけやり過ごし、そして所謂「台風の目」の部分に入ることができた生き物たちだ。あるものは車に立てこもり、あるものは建物の残骸をバリケード代わりに生き残った。そして手元に残されたごく僅かな食糧と水を頼りに、細々と生命活動を繋いでいる。
誠二もその一人だった。
一瞬で崩壊した自宅。運よく、柱とベッドに挟まれるようにして飛ばされずに済んだ誠二が、現状を把握したのは竜巻が消滅した後だった。
悪夢のような日々だった。誠二は、気力だけで足を運びながら今までの日々を振り返る。
一日目は、一緒に自宅にいたはずの両親と兄を探して、自宅周囲を歩き回った。自分のほかに生きた人間の姿は見えず、辺りにはただ、どこからか運ばれてきたと思われる白い砂が、もともとの地面の色が全く分からないほどに分厚く降り積もっていることが分かっただけだった。
二日目は、自分が生きるための食料探しに消えた。自宅の残骸の中からはまともな食べ物は見つからず、結局昨日歩いたのと同じコースを、今度は這いつくばるようにして辿った。おそらくスーパーがあったであろう場所から見つけた僅かな食糧とペットボトル飲料を、慎重に根城にしている自宅跡まで持って帰ってきた。
三日目は、自宅跡の発掘に費やした。砂の上に飛び出ている柱の残骸に沿って、砂を掘る。何か出てくるかもしれないという淡い期待は、掘った傍からさらさらと崩れ落ちていく砂の山に埋もれた。
四日目、このままでは生きられないと悟り、自宅跡を捨てる決意をした。もう一度自宅周囲を探索し、二日目に見落としていた食料や物資をいくつか見つけた。着ていた上着を脱ぎ、見つけたものをひとまとめにする。スニーカーも見つけた。いくら柔らかい砂の上とはいえ、素足で歩くのは限界だったので、ありがたく拝借した。
五日目、自宅跡に別れを告げ、とりあえず太陽が見える方角に向かって歩き出した。最早どこが道だったのかもわからない砂の上をひたすら歩く。砂と、ところどころに見える人工物の残骸。まったく変わり映えしない景色に、本当に自分が歩いて進んでいるのかすら、わからなくなった。
六日目、どこまでも続く荒廃した世界に、ついに身体が限界を訴えた。足が重い。身体が前に進まない。もう無理だ、戻ろうと思って振り返った後ろには、自分の足跡すら見えない白い砂がただただ見えるだけだった。もう、自宅があった場所すらわからない。なんだかもうどうでもよくなって、その日は一歩も進まずに寝た。
そして、七日目の今日。誠二は、再びどこへともわからない場所に足を向けていた。
昨日、もう何もかも捨ててしまおうと思った時。ごろりと横になりかけた誠二が、突然動きを止めた。
視界の端に、一瞬だけちかりと光るものが映ったのだ。
勿論、電線なんてものは竜巻が根こそぎ引きちぎっていったし、そもそも発電所が無事に残っているとは到底思えない。太陽の光も、未だ地上に届く気配はない。何より、一瞬見えたその白い光は、見慣れた冷たさを湛えた光だった。
誰か、いるのだ。
あれはおそらく、懐中電灯か何かか、もしくはスマホの光だ。きっと、自分以外にも生き残った人間がいたのだ。その人間が、何か光るものを操作している。
光は一瞬で消えてしまったが、そう気づいた誠二は手に持っていた荷物をその光の方に投げていた。それから、誠二はその方角にまっすぐ進んでいる。道がないから、本当に真っ直ぐ進んでいるのかはわからない。けれど、道がないので、その進路を邪魔するものもない。
相手が移動していないことを願って、誠二は気力だけで足を進める。
誰かに会いたかった。
誰でもいい、この状況を共有できる誰かに会いたかったのだ。
『何でこんなことになったんだ』『何だよあの竜巻、やべーよ』『なあ、これからどうしたらいいのかな』そんな何気ない言葉に、明確な答えでなくてもいい、ただ頷いてくれる、『そうだね』と言ってくれる人が欲しかった。
足を進める誠二の視界の端に、再度光が映った。今度は一瞬で消えることなく、その光は誠二の目に映り続けた。真正面に見える光に、自分の進んでいた方角が間違っていなかったことを知る。それだけで、少し足が軽くなったかのような錯覚を覚えた。
また一歩、足を進める。軽い砂の中に沈もうとする足を引き上げて、また一歩。足を引き抜いた場所に砂が流れ込み、足跡はすぐに消えてしまう。だから、あの光がまた消えてしまう前に、方向に自信がなくなる前に、早くあの光のもとへ。
必死に足を動かす誠二をあざ笑うように、またしてもその光は突然消えてしまった。自分の身体の正面に、背負っていた荷物を下ろす。なんとか進めてきた足は棒のようで、もう今日は一歩も歩ける気がしなかった。荷物の中から、僅かに残った乾パンと水を取り出して、ゆっくりと口に含んだ。
また明日、あの光は見えるだろうか。あの光のもとに、本当に人間はいるのだろうか。
そんな不安を押さえつけて、誠二は夢想する。
きっと、あの光の持ち主は、自分と同じように生き残った人間だ。誰かを待っている。同じように生き残った人間が、あの光を見つけてくれるのを待っている。
俺はそいつのもとに一番にたどり着いた生き残りになる。そして言ってやるんだ。
『よう、生き残り。あの竜巻、ヤバかったなあ。お前も俺も、よく生き残れたよ。なあ?』って。
そうしたら多分、そいつも『そうだな』とかなんとか返してくれる。きっとお互い苦笑いだ。だって仕方ない。こんな砂に覆われた世界、手元の食料もわずかで、頼れる人間なんて他にいない。生き残った人間でいられるのもあと少しだ。遠からず、自分は死ぬ。
だからその前に、最後の言葉ってやつを残してやるんだ。同じ生き残りの奴に。お互いが、生き残った証人だ、なんて中二っぽいだろうか。
でも、最後くらいはいいだろう。だって、生き残ったのだ。だって、人間なのだ。生きた証何て言うと大袈裟かもしれないけれど、最後くらい、言葉を交わしたい。
そのために、あと少し、生きる。
ああ、なんて、なんて最高の目的だろう。
そう、それこそが、この世界で自分が生きる目的になる。この何もなくなった世界にたった一つ残された、生きる目的だ。




