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第3回:お題「砂」「終末」「最高の目的」  作者: 読メ版創作深夜の文字書き60分一本勝負
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骨を食む    はとむぎ

使用お題:「砂」「終末」「最高の目的」

 いとこが亡くなったという報せを聞いてから、私は過去の思い出を遡っていた。

 私達は五歳離れたいとこで、友達のように仲が良かったかと言えばそうではない。たまにしか会わないし、存在を意識するようになった頃には中学の先輩よりも年上だった相手は自分にとってひどく遠い所に居るような気がしていた。

 成人してからは多少近くに感じられるようになったけれど、それでもどこか距離を感じたのは、私が憧憬に似た恋慕のような気持ちを抱いていたせいだと思う。

 真っ直ぐ伸びた背に、力強い視線、輪郭のはっきりした顔立ちで、華奢な手足がすらりと生えている。誰かと話す時には常にきゅっと持ち上がって弧を描く口の端が、ひとりで居る時には寂しそうに下を向くのを見るのが好きだった。


 一度だけ、二人で買い物に出かけたことがある。お互いの両親が祖父母の家に集まって何か話しているあいだ、近所のショッピングモールへ行こうと誘い出されたのだ。

 雑貨を見たり。服をお互いに選び合ったり、少し疲れてお茶をしたり。ともすればデートのような時間だったけれど、そんな甘やかな空気はひとつも漂わなかった。私の心臓はばくばくと痛いくらいの強さで鳴り続けて、体全体に力を入れていないと立っていられないような感覚。そんな気持ちで過ごす時間は、早く終わって欲しかった。

「ゆうは、いつも音楽を聴いてるよね」

 少し休もうと言われて入ったカフェで唐突に切り出された会話に、思わず口に含んだ冷たいカフェオレを零しそうになった。

 ゆう。両親がそう呼んでいるのを聞いたのか、いつからかそう呼ばれるようになった。けれどそれは親や友人に呼ばれるのとは違う響きと熱を持って、いつもガンガンと私の心を殴ってきた。

「そうだね」

「今、持ってないの?」

 親族との集まりは自分には関係の無いつまらない話が多いから、いつもウォークマンを使って音楽を聴いていた。ある日、曲をシャッフルしながらいとこの横顔を眺めていると、ふいに流れてきた緩やかなテンポのインストゥルメンタルが妙に嵌ることに気がついてからは、集まりの時はその曲を延々と繰り返し流すことにしている。今日もウォークマンはポケットに入っているし、出かける直前まで聴いていたのでその曲がリピート設定になった状態で止まっているはずだ。

 少し躊躇いながらウォークマンを取り出すと、設定を解除しようとしたのを遮って奪われた。

「聴かせて」

 いつも他の人や景色に向けられている瞳が、自分を映している。私は魔法にかけられたように、肯くことしかできなかった。

 繋がれたイヤフォンの片方を差し出されて、片耳に嵌め込む。線をたどって心臓の音が伝わるんじゃないかと心配になったけれど、薄い瞼を伏せて曲に聴き入る姿を見ていると、自然と気持ちがなだらかになった。

 透き通るような高音のストリングスの奥に、沈むような重低音が響く。色は深い藍色で、質感は滑らかな球体。曲そのものに大きな抑揚は無いのに、寄せては引いていくような音の並に刺激されて、涙が出そうになる。

「いい曲だ。ターミナル……終点? というより、終末、って感じがする。静かで、激しくないのに、明確な終わりを見据えたような寂しい力強さのある」

 その言葉に、私は思わず目を瞠った。肯くことも、否定することもできなくて、ただその言葉を頭の中で何度も反芻して、いつも眺めている相手の横顔に重ねた。



 いとこは自分で建物の屋上から飛び降りたという。

 明確な終わりを見据えた、寂しい力強さ。それは、あの真っ直ぐな視線の先に映る何かを表していたのかもしれない。

 納骨式の時に、いとこの骨をこっそり服の裾に忍ばせた。誰ひとりとして私のことなど気にも留めていなかったから、あまりに簡単なその作業に拍子抜けしてしまった。けれど、式が終わるまでほ、ポケットの固い膨らみを時折指先で確かめながら、言いようのない緊張感で掌に汗を滲ませていた。


 自分の家に帰ってからそれを取り出して眺めると、ずっと流れなかった涙が一筋零れた。

 持ってきた骨はふたつ。ひとつは丸くてちいさい。もうひとつは細くて長い。それぞれが体のどの部分なのか分からなかったけれど、あの人の体の一部なのだということは確かだった。

 細くて長いのを指できゅっと挟んでみると、ぽろりと欠けた。それを更に指でつまむと、砂になって掌に落ちた。いとも容易く形を変えていくそれが不思議で、私はその作業を繰り返した。掌に、小さな白い砂の山ができあがったのを見て、私はまた涙を零した。

 あの人の骨の砂に、私の涙が混ざる。

 山の先に舌を這わせると、砂が張り付く。それを口の中で転がすように味わってから、飲む。少し塩っぱいのは、きっと私の涙のせい。

 決して人には言えないことをしているのは分かっている。だけどもう止められなくて、私は少しづつ、少しづつ、その砂を体に取り込んでいった。私の中にあの人が残るような、そんな気がした。

 ねぇ、ほんの少しだけあなたに私は、終末であなたのそばに行けるだろうか。そうしたら、あなたが何を見ていたのか教えて欲しい。だけど、きっと今のままじゃあなたに追いつくことはできないだろうから、もう少しだけ時間をかけてそちらへ行こうと思います。あなたの隣で、あなたと同じものを見るという最高の目的を果たすために、もう少しだけ。

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