奇病問答 ゲオルギオ・ハーン
お題:砂
どうせ死ぬなら安らかに死ねる場所の方ががいいだろう。
パルノメア公国。この世界におけるこの公国の領土はとても小さい。大陸の東部と西部の中間に広がる大砂漠の隅にある港町パルノメア・ポリスを公都として付近の三つの町と七つの村落を支配しているに過ぎない。
公国は貿易の要所として発展しており、さまざまな文明圏の大国の君主たち、統治階級の者たちも一目を置いている。公国の規模に不釣り合いなほど整備された広大な港には一日百隻前後の船が出入りすることもある。そのため、パルノメア・ポリスはよく賑わっていた。小国ながら繁栄し、人々はほどほどの幸福を享受していた。
しかし、今はその面影もない。港に停泊する船は公国の船数隻を別にすれば今入港したタイクーン大王国の大型軍船一隻だけである。
タイクーン大王国はパルノメア公国と比較にならない大国である。簡単に説明すればパルノメアの人口はせいぜい五万人だが、大王国は大王都だけで百万を超える人口があり、全領土の人口は少なく見積もっても五百万人はくだらない。パルノメア公国とは同盟関係にあり、今回は公国との商業条約の確認という名目で使節を派遣していた。
使節団の首席大使バジル・アルターはリザードマンというワニと人が混ざった亜人種ながら大王から信頼されている。身長百九十センチで筋骨隆々とした体格、ワニの顔と鈍く光る硬い緑色の鱗は公国のヒューマンたちを畏怖させるのに十分だった。
彼を筆頭とした使節団は身体検査と身分の確認を受け、トラブルこそあったが、外交を中断するまでには至らず、とりあえずは公都の中心部にある、公爵の宮殿に向かうこととなった。
白亜の壁が特徴的な大きな公爵の宮殿は丘の上にあり、港を見張るかのような印象があった。バジルたちが謁見の間に入った時には公爵のヘンスリング二世以下公国の重要人物たちが揃っていた。
ヘンスリング二世は見た目こそ華麗な衣装を着ている中年のヒューマンだが、物腰は貴族というよりも商人で、バジルに対して腰の低い言い方をしてきた。ご機嫌とりというものが嫌いなバジルは咳払いをする。
「公爵閣下。申し訳ないが、まずは状況を確認したい。紅き海の宝玉とまで呼ばれた貴国がどうしてここまで閑散としてしまったのか。我が主である大王陛下は大変きにしておられる」
バジルの言葉にヘンスリングの笑顔は凍りつき、まじめな表情になった。
「奇病だよ、アルター殿」
「バジルでかまいません、閣下。私は大王の直属ではありますが、生まれ卑しき者。本来ならば閣下から敬称をつけて呼ばれるような価値はありません」
バジルが言うと、ヘンスリングは少し緊張が和らいだのか、顔に入った力が抜けていた。
「奇病。砂の病、というやつでな。我が国に集まるさまざまな医薬を使ってみたが、今のところ特効薬は見つかっておらぬ」
「砂の病……申し訳ありませんが、説明頂けますかな」
「バンドー、説明をしてやれ」
ヘンスリングは彼の右に控える中肉中背のヒューマンに指示する。ヘンスリングとほぼ同年代のその中年ヒューマンは礼をする。バジルは彼が公国の執政官(宰相)であることを知っていた。
「砂の病。今のところ分かっているのは身体が徐々に砂のようになり、重症化すれば文字通り砂となり、体が崩壊する奇病でございます」
なんと恐ろしい奇病か、とさすがのバジルも目を大きく開けて驚いた。
「バンドー殿、その言い方では大使殿たちにいらぬ心配をかけてしまいますよ」
すると、バンドーとは反対側に立つ太った男が苦笑して言った。額に宝石が埋め込まれているところから彼はヒューマンではなく、ジュエルマンという亜人だとバジルは察した。
「すでに五百人も亡くなっている。恐れて当然ではないか。感染者も全人口の三割という見立てが出ている」
「それが過激な言い方なのですよ。バジル様、私はゴメ・ホーデ。パルノメア商業組合の会長にございます。大王国のみなさまに間違ったことを言うつもりはありません。砂の病は一過性のものです。すぐに沈静化します。そして、貿易は再開します。ですからご心配なく、大王様にもお伝えください」
ホーデの言葉にヘンスリングは頷いた。すると、バンドーは顔を真っ赤にする。
「馬鹿なことを言うな、貴公! この状態で貿易を再開すればどうなるか分かるのか。砂の病が全世界的なものになるぞ!」
「死亡率を見ても恐れる必要はないでしょう。だいたい、重症化しているのは老人ばかりだ。なにが問題ですか。私も先日かかりましたが、今は治ってきていますよ」
「ジュエルマンでは進行しない病かもしれぬ」
「なんと、差別的な発言でございますな、宰相殿!」
それが合図とばかりに王の左右に立ち並ぶ人々の間で激論が始まった。バジルら大王国の使節団はその議論をただただ聞いているしかなかった。
滞在して三日間。バジルは公爵の他、商業組合や行政府の官僚たち、町の有力者を尋ね、話を聞いて回った。そして、情報を整理すると、港近くの小屋に入る。薄暗い小屋の中、地下へ続く階段を下りていく。広い牢屋がいくつも並んでいる。集団用の牢屋のはずだが、バジルが立ち止まった牢屋には女性が一人、さまざまな道具や資料を机やベッドの上に広げ、ろうそくをいくつも灯していた。
「バジルかい、どうだい首尾は?」
女性はそう言うと、サァ、という砂が流れる音ともにバジルに近づいてきた。彼女はサンドマン。系統学上は亜人種ではなく、スライムとされる種族である。
「国が割れている。大王様の見立て通りだ」
「どう割れているんだい?」
「人命派と商業派。人命派はバンドー執政官を中心とした官僚と農家たち。商業派は組合会長のホーデを中心、いや、恐らく公爵が裏で糸を引いているな、とにかく、彼らを中心に商業組合や職人組合たちだ」
「どっちが有利なんだい?」
「さてね。公爵が表立って意見を表明しないが、金を持っているのは商業派だ。商業派が有利だろう」
「とすると、このままでは貿易は再開される?」
「三か月もすれば再開するだろうという見立てが市井の噂だ」
「砂の病は伝染病なのだろう? よく噂なんて聞けたな」
アニーはクスリと笑って言った。砂が形成する彼女の顔はまるで人形のような質感だが、自在に変わる表情から砂というより人と話している感覚を維持できた。整った顔立ちからサンドマンでなければ彼女は美女として別の仕事をしていたかもしれない。口調がもっと洗練される必要はあるが。
「伝染病とはいうが、マスクをつけていればある程度防げるそうだ。それに死亡率があまり高くはない」
「一万五千分の五百。まあ、確かに三パーセント程度か。私の研究だともっと低いようだがね」
アニーは大王国の学院の研究者である。二年ほど前から砂の病を研究しており、砂の病についての知識はバジルどころか、恐らく流行している公国の誰よりも詳しいかもしれない。彼女も宮殿へ連れて行こうとしたが、サンドマンが病の元凶だという流言のせいで入国保留のまま牢屋にいる。
「では、恐れなくていいのか」
「恐れなくていい病は病ではないだろう。仮に三パーセントとして我らの大王国に入ったならば何万人という死者が出る。無差別にな。公国の被害とは単純比較できない」
アニーの指摘は鋭く、バジルは腕を組んで一考した。
「では、貿易再開について再検討させるか」
「穏健派だねぇ、バジル。君は見た目と違って理知的だ。武将連中ならば軍事制圧を考えるだろうに」
「近くで待機している軍船を出せば数日で制圧できるだろう。しかし、それで解決となるとは思えない」
「研究には時間がかかる。私がこれまで研究した対象は辺境の村々だった。解決方法も強制移住と病人には安楽死で片付けてしまったから穏当な撲滅法は考案されていない。清潔な環境を整える、くらいしか言えないね」
「清潔にすればいいのか?」
「病の原因の一つは不潔な環境さ。勉強したまえ」
アニーはそう言うと、うつむいた。それが少し続いたのでバジルは首をかしげる。
「どうした?」
「いや、なにね、私ならこんな環境でどうするか、と考えたのだよ。おそらくさっさと国外逃亡するね。死亡リスクは出来るだけ減らしたい」
サンドマンはもともと流浪の民だから危ない土地から逃げることに抵抗はないだろう。
「バジルはどうする?」
「大恩ある大王様とともにありだ」
バジルが即答するとアニーは顔を上げて苦笑した。
「家臣に対しては愚問だったね。さて、向かいの牢屋のお嬢ちゃんはどう思うね」
アニーは声を大きくして、向かいの牢屋へ声をかける。バジルが視線を向けると、ろうそくが弱々しく灯っている傍に少女が座っているのが見えた。
「いつからいたんだ?」
「昨日からかな。少し話し相手になってもらった」
「なんでここに?」
「さてね。港でトラブルでも起こしたのではないかい?」
アニーが自嘲気味に言った。
「……ここ以外で生活するイメージなんてないよ」
少女は静かに、しかし、よく響く声で言った。アニーは興味津々な様子で彼女を見る。バジルは顎に手を当てる。
「なぜだい? ここは危険だよ。いつ砂の病にかかるか分からない」
「あんた、言っていたじゃないか。死亡する確率は三パーセントだって。大した危険ではないよ、そんなの。普通に生活していてもそれくらいのリスクはある」
「おやおや、リスクに対して算術的な考え方ができるわけだね。年齢の割に賢いね。私が君くらいの時は蛙やネズミを解剖していたというのに」
「うぇ~」
少女は吐くようなジェスチャーをした後で咳払いをする。
「でも、たぶん、死亡率がもっと上がっても私は出ていかないよ。ここ以外で生活する方法なんてわからないもの。ここで死ぬしかない。他の連中もそうさ。国外になにかつてでもない限りね」
少女がそう言うと、バジルは一考する。
「……これがこの国の一般的な考え方かもしれんな」
バジルは言った後でアニーを見る。
「君主ではなく、民の考えを結論を出して大王は怒らないかね?」
アニーが少し呆れて言うと、バジルは首を振った。
「いや、出発前に御前会議を開いた際のプランの一つにはあった。かまわんさ」
バジルはそう言うと、腰に差した大きな剣を抜くと、鉄格子の錠前を叩き壊した。
「出ろ、アニー。公国を占領することに決めた」
パルノメア公国は大王国軍の奇襲を受けて、あっという間に占領された。このままではパルノメア公国に病が流行することは時間の問題で、貿易船を通じて世界各地に病が伝染することは目に見えていた。
これはパルノメア公国だけの問題ではないのだ。
おわり




