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「…口が立つようだ」
王子は、苦い表情をした。俺は、戸惑ったような表情を向ける。
事実、少し戸惑っていた。何をこの王子はこだわっている?まだ亡命した妃に用が有るというなら分かるが、王位継承を持たない第1王子など王国には何の意味もない。
「誤魔化され有耶無耶にされないうちに…そうだな。お前は、この副隊長に妻はいないと言っていましたが」
親指をヒョイと隣の副隊長にやって、次に、妻へ。
「妻帯者が居るようだ。村人にも言質をとっています。お前は私たちに嘘をついた。嘘は良くない。特に私たちは侵略者で君たちは侵略される側です」
要は、質問していることに正直にということだ。と、後ろで悲鳴。見れば、兵士の1人に村人が1人斬り殺されていた。さすがに、血の気が引く。間違いなく、彼らは侵略者だ。
「一緒に同行してもらいましょうか」
微笑むその顔に頷くしか出来ない。テツ、と小さく名前が呼ばれた。家族2人が、泣きそうな顔で俺をみていた。
「やはりそうだ」
王子は、村で一番大きな家、つまりは村長の家だが、その家に俺を引っ張ってくるなり、俺の‘瞳’を覗き込んで来た。そして、だんまりとしている俺を、品定めするように頭から足をしげしげと見る。ただの村人である。それ以下それ以上、どちらにも見えないだろう。
「うまく、溶け込んでる」
その言葉は、どこか、悔しそうだ。いや確かに彼は、どうやっても見つけられぬはずだと呟いた。
「だが、抜かった。灰色は多く見られる瞳の色だが、金が混じるのは王族縁の者だけだ。しかも城に掛かる魔術防壁の影響だからね、その王族縁者に加えて城の中で生まれたという条件が付く」
驚いた。しかし、巻き添えに話を聞かされた村長と副隊長以下数名の護衛兵は、更に仰天していた。王子は、微笑む。そして言った。
「これで村人を生かしておくことができなくなった。我が国の、藍が無いことをこの国に知れてはまずい」
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藍の突然変異は、隣国の姫君だった。政略婚だ。母は、亡命したが隣国王の元には行かず、この国には妃亡命は伝わっていない。しかし、風の噂では、不治の伝染病で亡くなったものとされて居るのだとか。
嫌だ嫌だ。あの藍の目が私と王を見てる、嫌だああ嫌だ。違う、違うの。王とわたくしは!
「可愛い顔をした捻くれた女だったのです」
そう、話を締めくくった王子の下で俺は言葉も無い。話には、聞いて居た。
母は、王に見初められ嫁いだが、実は王より、後宮の女らに酷くモテたのだ。最後なんぞ、自分の夫に嫉妬される始末。
国境を越えた瞬間の母の清々した!と言わんばかりの顔は、克明にに脳裏に焼き付いている。
目の前の王子、実際は一回りほど年が離れた異母弟になるのだが、大分母親に歪んだ育てられ方をしたらしい。
なんでも、母に恋していたかのお妃。母が亡命してからは、いそいそと王を誑かし、籠絡。愛越えた操り人形へと変えた。第1妃が居るはずの隣国を侵略する手筈を整える傍ら、王子には、『第1妃の子』を籠絡し自分無しでは生きていけない身体にして捕らえて置くようにと言い含めたのだ。要は人質である。
マザコン気味の王子は、素直に従い、迷惑千万今というわけだ。
誤算はある。母は、王を捨て、魔法を禁忌とした国を捨てた時に、俺も切り捨てたのだ。
「母上は、諦めた方が良い。俺も俺の家族も彼女への人質にはならない」
「それでは、きっとお前が大変ですよ。特に、お前の娘が」
俺は、うなだれた。藍の目が、俺を責める。脳裏で、あの藍が、あの日の愛らしい妃に捕らわれて、俺をなじる。そんな未来!苦悩する。
「条件を呑めば、お前たちを、私は救えます」
ベッドの上で、あの愛らしい妃の微笑みを浮かべて、俺を蹂躙した男は、その指に俺の髪を絡めた。