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俺の瞳は、父に似て、灰色だった。だが、俺の子は、藍の瞳をしていた。誤魔化しがきかなかった。藍は、この平和な農村にいきなり侵略してきた隣国にとって、未だに意味を持つ色だったらしい。
藍色は、母ひとりしか持ち得ない、突然変異であると聞いたことがある。10年も前に亡命した第1妃など、忘れ去られているだろうと思っていた俺は、驚いた。
「この娘の親はだれか!」
俺は、ただの農村の娘である妻を制して立ち上がった。横目にも妻は、今にも駆け出しそうだ。
「俺ですが」
「お前の妻は!」
一瞬つまる。娘の名を妻が呟いたのが見えた。
「おりません」
「はは!男と女がおらねば、子はできん!男、貴様の妻は、目がどこまでも青い足の不自由な女ではないか?」
しん、と静まった周り。村人を囲っていた兵士でさえ混乱するような、疑問符の満ちたざわめきがさわさわと鳴る。
おゆきちゃんの足、どっか悪かったかあ?え?魚の目?隣の方々は、随分大袈裟だべなあ。勘違いだべ。勘違いじゃ。あの娘の一族も、テツさんも足の速さにかけては、村で1、2を争うとる。勘違いだろ?
聞こえた訳では無いだろうが、先から娘の首根を押さえつけてるリーダー格の顔が段々と困惑に染まっていく。確信が、崩れたのだ。俺は、そこに付け込むように言った。
「その子を離してやっては貰えませんか?子は親を選べません、そんな形に生んでしまった私たちこそ咎められるべきだ」
何も分かってないふりで。妻が、それを聞くや飛び出していった。お母さん!何が何だか分かってない風の娘は、ただ怯えたように藍の目を瞬いて、その手を母に伸ばす。はっと男が見た先は、黒い瞳の何の特筆すべきものも無い村娘。
「突然、変異?」
呆然と呟かれる。そのまま勘違いしてくれれば良い。
だが、男の手が緩んだそのとき、見計らったように声があがる。
「待ちなさい」
静かに後ろから。涼やかな声だった。
その男は、幼い頃にみた、新しい妃に似た愛らしさと、父の豪快な荒削りの顔立ちを均等にした、つまりそれを知ってる者には、大変‘分かりやすい’姿をしている。
俺は、背筋に冷たいものを感じながら、男から微妙に視線を逸らした。
妻はどさくさの中で自分の娘を、奪い返したらしい。少しばかり呆然としている娘の丸い目が、立ち尽くすしかない情けない俺に向いていた。
「お…ぐおっほん!隊長殿?」
王子と言おうとして言い直す、粗忽な男。気づいてはいけない。ひくりと思わず口端が引きつったが、なんとか俺は真顔を保った。副隊長、と誰かが呆れた突っ込み手前の溜め息をついた。粗忽は副隊長のようである。別に俺の娘に乱暴しやがってという他意はない。
しかし、副隊長以下兵士たちとは別に、王子の関心は、別にあるらしい。その灰色が俺を射抜くようにみた。
「お前、名をなんという?」
「ハチジュウハチです」
一般的な、村人の名字だ。小さな村では、人口数がそのまま数えて自分の名字になる。だから、それを答えた俺は、内心気が気でない。明らかに百いない村の中で、壮年の俺の名字はいやに若いのだ。
「私が聞いたのは、名前なのだが。まあ良い。村の人口は95でしたか村長?そういえば、先ほど気になることを聞きました。お前は、ある日ふらりとこの村に来たのだとか。言語も良く聞けば、綺麗なものです。まるで私たち王都出身者と比べて変わりない」
「ええ、実は、あまり良くない経緯でそこに居たことが有ったので」
王都は、奴隷をよしとしていない。しかし、禁止しても他国では当たり前の制度だ。完全に無くすのは難しい。実際、貧しい農村から村人を拉致し、王都裏市場では奴隷が売り買いされている。きっと、俺の言葉は、その方面に誤解される。妻は、はっと目を見開いて、娘を片手で抱きながら、反対の手で口元を覆った。兵士たちも渋い顔をしている。侵略者にも、自分の王都の後ろめたさはくるものがあるようだ。