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私は不思議なの。どうしてあの人がこの場に立っていられるのか。どうして、私が、こうして立てないでいるのか。
母は、不気味なほど深く青い藍の目を細めた。
「ねぇ、テツ」
どうして、魔法は禁忌なんだろうね。魔法を使えば、わたしは、あの人と同じように立つ事が出来るのに。
あの人、父は、威厳漂う大柄な体躯に映える豪奢なローブを閃かせ、木陰に車椅子で佇む親子に気にも止めず(気付かなかったのかもしれないが)、新しい妃の愛らしい笑顔に寄っていった。
「めんどくさいわ」
その言葉は、父の地位に関連したものかもしれないし、母の立場によるものかもしれなかった。
テツは、ぼんやりと思った。母は、きっとこの恋に見切りをつけようとしているのだと。
だから、ある夜、逃げしましょうと男装をした母が枕元に立ったとき、テツは、何の感慨も無く頷いたのだ。
母は、魔法で自らの足を造り替えた。魔法を学んだことのないテツは、その理屈が理解出来ない。出来ないが、ああ良かったと覚束ない足取りの母を支えて思う。
振り返れば、王宮が見えた。
「国境を越えるわ」
母は、闇の中窪んだ穴のような目で遠くをみた。実際は、暗く濃い瞳の色のせいだと分かってはいたが、それは酷く不気味な顔だった。
蚊がぶんぶんと暗闇に舞う。母の指先に灯った、小さな魔術の灯りのせいで、羽虫の招待には事欠かない。
「母上」
「なあに?」
「国境を越えたら、何するの?」
母は笑った。困ったような笑みだった。もしかしたら、先のことなど考えていなかったのかもしれない。
そんな、10年も前の記憶を近頃は良く思い出す。それは、予兆だったのだろう。