My Dearest One ~女性の客人~
ロンドン郊外に住む旧友から電子メールが届き、親戚がアイルランドに向かうので、泊めてやってくれないかという内容だった。
アメリカに住んでいる三十代の女性らしい。客人が来ることは滅多にないし、数日間なら問題はない。オリバーは諾という返事を送った。
そのマキという女性とメールを幾度かやり取りしたが、折り目正しく、全く知らない自分に親切にしてくれて深く感謝する、と書いてあった。その一文に彼女の人となりが現れている気がし、好印象を持った。
例の客人がコークからバスで到着する日、あらかじめ聞いていた時間に迎えに出たオリバーは、バスから降りてきた黒髪の女性が彼女だとすぐにわかった。
オリエンタルの女性自体この付近では珍しいし、ロンドンで見るアジア諸国からの観光者とは、どこか違う気がしたのだ。
小さなスーツケースとトートバッグを引きながら、オリバーの車に近づいてきた彼女は、
「オリバーさん?」
と、アメリカ英語で聞いてきた。
「そうです。マキさんですね?ようこそ」
彼女が笑った。
一気に花が咲いたような笑顔だった。途端に、胸の奥がキュッと、まるで誰かに掴まれたように感じた。
オリバーは車から降りて、握手を交わし、トランクに彼女の荷物を積み込んだ。
「お腹は空いていますか?」
「あ、はい。少しだけなら。バスの中でサンドイッチを食べたんですけど」
「外食がよいとしたら、この辺で、となりますね。うちに帰ると、わたしが料理できます」
「オリバーさんは普段、おうちで食べられるんですか?」
「はい。ほとんど自炊しています」
「じゃあ、まだそこまで空腹じゃないので、あとで手料理をごちそうしていただけますか?」
「もちろんです」
オリバーは車をスタートさせた。先ほどの胸に感じた何かについては見過ごすことにした。
自宅に着いて、彼女に茶を用意した。オリバーは紅茶以外に中国茶、日本茶も嗜むので、どれがいいか聞いたら、彼女は驚いていた。
「以前、こんな風に聞いたんです。『イギリス人にとって茶とは、紅茶以外になく、種類も関係ない。茶は茶だ』みたいなこと。
わたしは自宅の引き出しに十種類以上のお茶を揃えているんです。紅茶に関しては、アールグレイ、オレンジペコ、ダージリン、といろいろないと気が済まないの。伯母から『地味な趣味』と言われたことがあるんですけど、オリバーさんも同じですか?」
「紅茶に関してはテトリーで結構です。少し贅沢したい時にトワイニング、でしょうか。ただ、オリエンタルの茶が好きなのです」
マキは声を立てて笑った。そんな彼女は中国茶を所望した。日本人とメールで書いていたので、なぜ日本茶を選ばないのか、と、オリバーは不思議に思ったが、聞くまではしなかった。
いつもはティーバッグでばかり嗜んでいるのだが、客人が来るというので、茶葉、しかも少し良いものを数種類買い揃えていた。
はて、なぜ自分はそうしたのだろうか、という疑問がオリバーの頭を掠めた。
そして、ポットやティーカップを予め温めるなど、いつもよりも丁寧に準備した自身にも少し驚いていた。
リビングに移動して、ウーロン茶を飲みながら、オリバーとマキはいろいろと話した。
「大学で社会学を教えていた、とおっしゃてましたよね?今、研究は続けているけど、セミリタイアしてアイルランドに移住したと」
「そうです。ロンドンの大学で教えていました。まだそこに在籍はしていて、教えることはもう殆どありませんが、本の執筆をしたり、論文を書いたりしています」
「大学に行かれることもあるんですか、オリバーさん?」
「オリバーで結構ですよ。はい、数ヶ月に一度くらいですが、用事があれば赴きます」
「では、オリバー、どうしてセミリタイア後の暮らしをここでしているんですか?田舎がいいなら、イギリスにもありますよね?」
オリバーは唇に指を充てて、ふむ、として見せた。
「土地や家、税金が安いという理由の他に、なぜかこの近辺の風景に魅せられたといいますか、明確な理由は自分でもよくわかっていないんですよ」
マキはまた笑った。
花がほころぶ、と表現したくなる笑顔だ。匂いを放つ花。種類はなんであろう、と、オリバーは思う。
「素敵なお宅ですよね、ここ。それに、わたしもダブリンからバスで来ながら、この辺りはキレイだなー、と思いました」