My Dearest One ~お嬢様との談話~
扉を叩く音がした。
すぐにオスカルと解ったミリアムが、
「オスカルね。お入り」
「お呼びでしょうか、お嬢様」
ミリアムは長椅子に腰掛けて、中に入ってきたオスカルに笑って見せた。
「特に用事はないのよ。でも、お前と話したかったの。食事は済んだの?もっとゆっくりで良かったのに」
「はい、済ませました。お嬢様のお言いつけであれば、疾く、なんなりと」
「頼もしいことね」
オスカルはくすっと笑ったミリアムの側までやって来た。
「お茶をご用意致しましょうか?」
「そうね。いただくわ」
ここは離れの居間で、隣に小さな厨房が設えてある。ミリアムは一人になりたい時、離れで過ごすことが多い。
オスカルは紅茶を準備して、ミリアムのいる居間に道具一式を持って行った。
「またお祖母様とお話をされておいででしたか?」
オスカルがそう聞いたので、ミリアムは目の前の大きな祖母の肖像画を見上げた。オスカルも視線を移す。
「ええ、そう。お祖母様と話すと、とても落ち着くの。城にもお祖母様の絵はあるけれど、ここでお祖母様が暮らしていらっしゃったから、なんだか側にいらっしゃる気がするわ」
「そうですね、わたくしもそう思います」
微笑んだままのミリアムは、流れるような手つきで紅茶を茶器から碗へと注ぐオスカルを見た。茶の芳香が漂う。
「良い香りね。この屋敷でいただくお茶に慣れてしまったら、わたし達がいつも使うお茶に戻れなくなってしまうやも。父さま達への都土産の一つは、間違いなく英国の茶葉にしなくてはね」
受け皿に乗せた碗を受け取り、ミリアムがそう言うと、
「お嬢様はマウラ様のように衣服などにご興味がおありではありませんから、少しばかりの贅沢をなさったとしても、旦那様はお許しになられるのでは」
と、オスカルは返した。ミリアムは満足そうに頷いて見せてから、一口茶を飲み、問うた。
「それで、お前はどう?こちらでの暮らしにはもう慣れた?」
「はい、おかげさまで。もちろん、我らが城のように自由自在とはいきませんが、お手伝いできるところはさせていただいております。使用人の方達もよくして下さいます」
「あまり働き詰めないで、お前も羽伸ばしして来たら?せっかく都に来ているのだし、休みがいるなら、構わないわよ」
オスカルは首を横に振った。
「とんでもございません。旦那様からお嬢様方より離れてはならぬ、と申し遣っておりますので」
「父さまは過保護なのよ。あ、じゃあ、こういうのはどう?マウラはクリストルと二人で出かけさせて、お前はわたしの供をするの。わたしの都見物に付き添えば、お前も一緒に見られるじゃない」
こうして次の日、マウラ・クリストル組とは別行動をとることにしたミリアムは、王都をオスカルと見て廻ることにした。
「マウラの顔、見たでしょう?」
可笑しそうにくすくすと笑ったミリアムが、少し下がった後ろを歩くオスカルに言った。
「マウラ様は、クリストル様が大層お好きなのですね」
と、オスカルも笑う。
朝餐の席で、ミリアムが、今日はオスカルを供に都見物がしたいと言った時の、マウラの嬉しそうな顔を思い出していた。
屋敷から街の中心地まで徒士で行ける距離なので、二人はゆったりと歩いている。
「いつ頃からあの子はクリストルに首ったけになったのかしら、覚えている、オスカル?」
「そうですね・・・。クリストル様が城にいらっしゃる時は、お二方ともご幼少の頃から、非常に楽しみにしておられましたが、マウラ様があのようになられたのは、ここ数年のことではないでしょうか」
「そうね、わたしもそう把握しているわね。クリストルがロンドンに行ってしまってから、あの子の態度が変わったと思うわ」
「お寂しくなられたのでは?」
「でも、いつも都と南方で離れているのは同じでしょう?」
「そういうお年頃になられたということなのでしょう」
ミリアムが間をとった後、こう、聞いた。
「お前はどう思う?伯父様と父さま、あの二人を結婚させるかしら?」
「さて、どうでしょうか。わたくしにはこちらのお宅事情はわかりかねますが、手前勝手な推測をさせていただけるのでしたら、クリストル様のご気性からいって、奥方様はご自分でお選びになるという気が致します」
「わたしもそう思うわ。縁談はまだ来ていないと言っていたの。でも、あちらの社交界で、あの方は絶対にご婦人方に引っ張り凧だと思うのよ。特定の恋人がいるとはおっしゃっていなかったけど」
ミリアムは沈思するかのように押し黙った。そして呟くように、
「あの子の恋が実ればよいわね・・・」
オスカルはさり気なく間合いを詰めてから、主の横顔を見た。
「好いた殿方と結ばれる。それが一番、女子にとっての幸せだと思うから」
そう静かに言ったミリアムはすっかり大人びて見え、赤子の頃から世話をしてきたオスカルにとっては、感慨深くなると同時に、一抹の不安も覚えたのだった。