My Dearest One ~王都伯爵家にて~
ここは王都のとある伯爵家。
洗濯場にて幾人かの女中たちが、衣類を洗っている。
「明日はいよいよ旦那様方の姪御様がご到着するんだね」
若い女中が服を石鹸水に浸けながら古参の女中に話しかけた。
「そうだよ。いや、楽しみだねぇ」
年増の女中がにやにやしながら、衣類を濯いでいる。
「え?何が?」
「あ、そうか。あんたはまだここにお勤めして日が浅いから、知らないんだね。明日はお嬢様方にね、あちらの伯爵家の執事が付き添ってくるんだ」
「その人がどうかしたの?」
「それがさ、すこぶるいい男なんだよ」
「へぇー、そうなんだ」
「年は二十五くらいになったのかねぇ。前は坊ちゃまが英国の都へ行きなさる時にお嬢様達がいらっしゃってさ、その時に付き添ってきたのが初めてだったんだよ。
父親も祖父さんも執事をしてるらしいんだがね、仕事振りもてきぱきして、すごくできるし、かといって威張るわけでもない。それに、あの物腰の柔らかさが、これまたなんともいえないのさ」
年増女中は乙女のように顔を赤らめてそう言ったので、年若のほうは、
「そんなにいい男なの?あたしはクリストル様がやっぱり好みかなー。だって本物の王子様だし」
「坊ちゃまは坊ちゃまでもちろん麗しいけどね、あんたも一度、オスカルさんに会えばわかるさ。一月も一緒にお務めできるなんざ、あたしゃ、楽しみで仕方ないよ」
次の日、一行が屋敷に到着した。伯爵一家が客人と居間で茶を喫するとのことなので、女中のマリアは厨房へと行こうとした。
すると、執事長から、例の付添役の男を私室とする部屋に連れて行くように、と指示された。
(お嬢様達の愛らしいこと!どこぞの田舎貴族の娘だろうなんて思ってたけど、さすがはこちらの伯爵家の親戚だわね。それにまあ、この執事・・・)
そう、マリアは思った。
アングロサクソン系なのか、直毛の金髪に薄い鈍色の目。長身の細い体躯を包んでいるのは、立派な仕立ての旅装。
「どうぞ。御案内します」
と、マリアは話しかけた。男は長旅で疲れている様子はほとんど見られず、柔和な笑みを見せ、
「わたしはオスカルと申します。お嬢様方とご一緒にお世話になります」
と、丁寧に挨拶した。マリアも名乗った。
「マリアさんは、こちらにはどれくらいいらっしゃるのですか?」
「昨年からですので、まだそう長くないんです」
「そうなのですか」
「オスカルさんは?あちらの伯爵家で執事をなさっていると聞きましたけど」
「はい。曾祖父の代からなので、わたしも伯爵家所有の城にて生まれ育ちました。父は執事長、わたしはその補佐役を務めております」
昨日聞いた通り、確かにこの物腰の柔らかさ、自分よりも年若の女中に対しても折り目正しいふるまいは見事といえる。
この屋敷の執事長は、根はいい男なのだが、実に細かいところまで注意してくるのが玉に瑕で、面倒臭い輩なのだ。とはいえ、以前勤めていたとある侯爵家とは比べられないほど働きやすいので、文句は言えないのだが。
「マリアさん、これよりこちらでご一緒にお勤め致しますので、わたしのことはオスカル、で結構です」
「そう、わかったわ、オスカル。あたしのこともマリアでいいよ」
「ありがとうございます、マリア。では、そうさせていただきます」
オスカルはそう言い、また微笑んで見せた。
(ひゃー、おばさんの言ってた通りだ。この人は確かにおばさん連中を乙女にする男だわね)
たった数日間で、オスカルは伯爵家の使用人達を変えた。
彼は執事長の指示に刃向ったり、出しゃばるということがないのにもかかわらず、足りない部分があれば、それを把握しつつ、他の使用人にそれとなく助言したり、手伝ったりして、業務が滞ることなく補佐している。
女中達は色めき立ち、いつもよりも仕事熱心で、男共も助けてくれるオスカルを頼りにするようになっていた。通常は執事がしない仕事、例えば、薪割り、厩の掃除まで率先してこなす。違う屋敷内で、別の主の元にいて、一番は姫君達の付添という役なのに、
(この人の手腕には、正直、舌を巻くよ)
と、驚いたマリアであった。
「ねえねえ、オスカル」
使用人たちが厨房の隣にある休憩所で賄いを食べていた。女中の一人がオスカルに聞いた。
「あんた、恋人はいないのかい?」
「おりませんよ」
オスカルが即答すると、黄色い悲鳴が沸いた。
「どうしてだよ?あんた、そんなにいい男なのに」
「出生時より城でお勤めしているのです。その機会がないとでもいいましょうか」
「お城の女中に言い寄られるとかないのかい?あるだろう?」
苦笑したオスカルは、言葉を濁した。実際は女中どころか、ご客人の淑女達がオスカル目当てに来ることが多々あるのだ。
「お嬢様方がお嫁に行かれるか、婿様をお迎えになるまでは、わたしの番は来ませんね」
「ええー!そりゃあ、あんた、もったいないよ」
「お前さん達のうち一人、城に連れて帰ってもらいな」
また、女中たちが大声で騒いだ。男衆も会話に加わり、冗談めかしげに笑っていたが、
「ミリアムお嬢様の元へと参りますので、わたしはこれにて失礼します」
と、オスカルは早々と食事を済ませ、休憩所から立ち去った。
(やれやれ、こちらは都会のせいなのか、使用人間のおしゃべりが尽きませんねぇ)
と、息を吐きながら、自分の仕える城のゆったりとした雰囲気を懐かしく思うオスカルであった。