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虹色の扉 番外編  作者: ひめみや
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わたしの先生

衝撃的な出会いでした。


先生は私が高校一年生の時にやって来られました。


公立高校の生徒であったわたしは、成績はまあ、悪くはなかったのですが、英語だけが芳しくなく、母が近所の奥さんとたまたま会話していた時に、娘さんのために家庭教師を雇っていて、その先生がなにやらすごい、と聞いてきました。


「圭以子ちゃん、家庭教師の先生、頼んでみる?」


母のその一言で、わたしの人生に大きな変化がやって来ることになったのです。



十六歳になった次の日、先生はうちに来られました。大学三年生で、地元の大学の英米学科所属。週に一度、二時間の授業ということに決まり、この何の変哲もなく思えたその出会いによって、私の運命の歯車は大きく動きました。


「こんにちは。初めまして。けいちゃん、と呼んでもいい?」


先生は見た目がまず華やかで、一高校生の私の周囲にはいないタイプの人でした。なんといいましょうか、オーラを放っている?それが正しいかも知れません。


「じゃあ、手始めに、あたしが高校生の時に使ったこの参考書を使っていくね」


先生の教え方というのは、参考書を基に一から文法をさらっていくという普通のやり方であったのですが、先ずわたしが驚いたのは、留学経験があるわけでもないのに、英語の発音がテープなどで聞くネイティブ・スピーカーのようだったことです。


それと、英語の授業の予習と復習をきちんとやるという基本を押さえること。そうすれば難なくこの教科をこなしていける。それから、先生は大学の授業で使われたD映画の英語も使ってくれました。アニメを使うととっつきやすいし、楽しい。わたしは先生の口から出る英語に夢中になっていきました。


「わー、今日もケーキが二つ!お母さんのこの薄切りレモン、すごいよね~」


うちの母がひと休み用に出してくれる紅茶と、おやつは初めケーキ類一つだったのですが、先生は甘いものが大好きで、二つは軽くいけること。アルバイトしていたデパートで買ったケーキを持って来てくれて、一緒に食べるようになり、それを知った母がそれから出してくるケーキは四つになりました。毎週ケーキを食べながら、おしゃべりに興じ、先生は話題が豊富で、いつの間にかおしゃべりの時間がほとんどを占めるようになりました。


週に一度先生が来るのが楽しみで仕方ありませんでした。先生は大学のサークルに入っておらず、授業を自主休講してお友達と映画や温泉に行ったり、夏休みにはバイト仲間とバーベキューしたり、外国人のお友達がたくさんいて、夜遊びしたり。


福岡市で学生のオリンピックと呼ばれているスポーツ競技会が開催された時には、通訳ボランティアとして参加され、いろんな国の人と会って、生で世界レベルのスポーツを観戦して、ボランティア仲間と仲良くなって、ドライブや旅行などに行かれ、大学生活を満喫されていました。普通の女子高生には刺激たっぷりのお話ばかりで、聞き飽きることがありませんでした。


「あ、またしゃべり過ぎたね。ごめ~ん。じゃあ、勉強は集中してやろう」


先生のおかげで英語の成績はうなぎ上りになり、中間・期末試験や実力テストで、これまでとったことのなかった点数をとれるようになっていました。


高二の時、英語の検定試験を受けるよう先生は指導してくれ、試験の日には会場まで付き添ってくれました。試験は合格し、英語が苦手だったわたしに自信が芽生え始めました。




◇◆◇




「けいちゃん、本当にごめんね、卒業まで面倒みてあげなくて」


「先生、帰って来る時にはおデブちゃんになってたりして」


そんな母の軽口にケララー、と、笑っておられました。


先生は大学卒業後、アメリカに留学されました。毎週来てくれていた先生に会えなくなるのは淋しかったのですが、先生は世界に羽ばたくお人だとわかっていました。小さな枠でちまちましている人ではない。先生がアメリカに行かれて、あんな先生にめぐり会えたことを幸運に思えました。先生のおかげでわたしは英語を好きになれたのです。





先生は結局日本には帰ってこられませんでした。留学先で出会った人と結婚し、数年後離婚されましたが、そのまま在留。わたしはその間、短大を卒業し、知り合いのつてで中学校の保健教師になりました。激務でしたが、わたしはやるべきことをやっていると思います。同僚だった人と縁あり結婚。夫となった人と、先生の住む街にも行きました。楽しかったな~。憧れの人が住む憧れの街。見るもの聞くもの、全てがキラキラしていました。


わたしにとって先生がどんなお人なのか、僭越ながらここに記します。学校新聞に寄稿するよう頼まれ、これがわたしの書いたものです。



『自分の足で歩く道


私には目標としている女性がいる。彼女は現在、異国の地で生活しているけれども、私が行き詰まっている時には必ず答えではなくヒントをくれる。今夏、彼女と会い彼女を取り巻く環境を見て、私はこれまで何をしてきて、今何をして、これから何をしたいのだろうと漠然と思ったのが事の発端。


そうは思っても何をすべきか分からなかった。そこで、まずは外面内面共に自分を見つめ直して私という人を知り、自分磨きをしようと思った。


笑顔を忘れない、失敗しても前向きに考える、気持ちのこもった挨拶をする、どんな事でも頑張れることを見つける、忘れないようにメモを取る、鏡を見て自分の姿を知る・・・等々。言葉にすると簡単なことではあるが、意外と難しいことだと実感している。


先日の彼女からの手紙に『まず自分を幸せにして下さい。自分にないものを人に与えることはできないよ』とあった。


形あるもの、目に見えることだけが結果ではない。どんなに歳を取っても、生まれてくる新しい可能性とそれに伴う自信はきっと新しい道へと導いてくれると私は思う。


『自分』という原石をいかに磨くか。これは、これから未来を切り開いていく中学生のみんなにもおろそかにしてほしくはないなぁ』




一体何人の生徒に私の言葉が届いたでしょうか。今どきの子供は変に大人びたり、やる気がなかったりして、未来を悲観視せざるを得ない時が多々ありますが、たった一人でもわたしの経験や成したことが布石となるなら、教育者として本望です。


実際の現場は、教師のサラリーマン化で、次世代に何かを残していくという教育者の真の意義が損なわれているのが実情ですが、わたしはできうるだけ抗え、全うすべきことを全うします。それがわたしのお腹にがしっと来るものだと思うから。








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