第八話
「とりあえず、ミミズクと梟についてはなんとなく納得しました」
そういうと、ミミズは心なしか満足そうな顔をした……気がする。橘さんの方を見ると、彼女はにこにこ笑っていた。きっと理解することを諦めたのだろう。
「ただ、まだ話が見えないのですが……?」
これだけ長いこと話したのに、結論が見えないって逆に凄くないか……?とも思い始めた。彼にはなんらかの才能があるのかもしれない。たとえば、作家とか……?いや、ごめん。今のは何にも思いつかなかったから適当。
話の筋的に、ミミズクが不幸の象徴だというのが重要なんだろうけど、自らの分身を決めるのに不幸の象徴を引っ張ってくる理由が、わからない。まさか、それが格好いいとかいう厨二病的な理由じゃないよね……?
無きにしも非ずなのがこのミミズの恐ろしいところである。
これだけ長々と話をしておいて、そんな理由だったら、マジで、キレるわ。
しかし、彼が吐いた声は、予想外にも、重たいものだった。
「……探偵ってのは、基本的に事件が起こる場所にしか現れない。逆に言えば、探偵がいる所では殆どの確率で事件が起きている」
いや、重い、と言うと語弊があるかもしれない。正確に言うと、彼の声からは特にこれと言った感情は感じられなかった。それが逆に、どんな感情が篭っているのか、想像した僕の心に、重くのしかかる。
「つまり、探偵ってのは不幸の象徴だと、私は思うんだよね」
そう言ってにこりと笑った彼。その心情は、やっぱり、計り知れない。
こんなふざけた奴だけど、何かしら背負ってきたものはあるようだ。まあ、当たり前か。生きてる以上は。
だからと言って、彼のことは好きになれないけれど、むしろ出会って数秒の奴にそういう重い話するんじゃない、と逆に嫌悪感は増したけど、でも、さっき厨二病だの何だのと茶化した自分に後悔はした。
「なるほど、お話、ありがとうございます」
彼が言葉を続ける前に、話を終わらせる。
それ以上聞かされても、なんて反応すれば良いか分からなかったからだ。
彼に同情している?
違う。
彼を可哀想だと思っている?
違う。
彼を慰めたいと思っている?
違う。
強いて言うなら、何も感じなかった。
ただ、それ以上は聞きたくなかった。
それだけだ。
ミミズは、素っ頓狂な表情をして、それから、無表情に戻った。
「そうかい。それは良かった」
感謝してるのは事実だ。長話を始めたのはミミズとはいえ、発端は僕なのだから、半分ぐらいは僕も悪い。それにそんなに、つまらなくもなかったし。いや、ほんと、橘さんには申し訳ない、と思ってるんだけどね……。
彼女の方を見るとまだニコニコ笑っている。どうも、話が終わったことに気がついてないようだ。
ミミズの方を見るが、彼女に声をかける様子はない。仕方ない。
「すいません。橘さん」
……。彼女はニコニコ笑っている。
「あのー、お話終わりましたよ」
……。彼女はニコニコ笑っている。
困ってミミズの方を見ると、そんなの放置しておけば良いだろうに……、とでもいいたげな様子で肩を竦めた。
……仕方ない。僕は恐る恐る彼女の方に手を伸ばし……、肩を、ポン、と叩いた。
彼女はびくり、と体を震わせる。
「あ、あれ……?ええと……?」
状況がいまいち飲み込めてなさそうな彼女に微笑みかける。安心させるように、けして馬鹿にしてる……とは思われないように、細心の注意を払って。
「ミミズクの話、終わりましたよ」
「……え?あ、えっと!その、ごめんなさい!」
橘さんは顔を真っ赤にして、俯かせた。可愛い。とてつもなく、可愛い。でもやっぱり、申し訳ない気持ちも湧いてくるわけで……。
「いえ、こちらこそ長々とすいません」
ぺこり、と頭を下げれば、彼女が手と顔を激しく左右に振っているのが視界の端に見えた。
可愛すぎかよ。
天使かよ。
心が、ほんわり、暖かくなっていくのが、自分でも感じられる。
「ところで、話を戻させてもらうが、君は依頼人の息子さん、ということでいいかね?」
まさに。
冷や水を浴びせられたような気分だった。
冷たい声色もそうだけど、そのタイミングも。せっかく温まった心が、冷えていくのが分かる。
「ええ、そうですね。父は死にましたので」
だから。
こちらも冷え冷えとした口調になったのは仕方のないことだろう。
「し……、……そうか、それは、無遠慮なことを聞いてしまったな……。すまない」
ミミズは僕の冷たい口調を、父が死んだことを掘り返された、故のものだと勘違いしたらしい。心のそこから申し訳ない、と思っているような声色で言いよどんだ。
その様が、どうにも滑稽に見え、先ほどの仕返しが出来たようで、心がすっきりとする。ざまあみろ、と心の中だけでつぶやいた。
勿論。
そんなものは、欠片も表には出さないけど。
「いえ、気にしないでください。まあ、つまり、例のパーティーの主催者が僕になる、と言うただそれだけのことですから」
「もしかして、お母様も……?」
聞かずには、いられなかったのか、ミミズは声を絞り出す。
「ええ、死にました」
「……」
……そんな反応するなら、聞かなきゃ良かったろうに。
別にこの年なら、両親が死んでいても、そんなに珍しくもないだろ。
探偵、と言う職業なら尚更、僕よりも不幸な境遇の子に遭遇してるだろうに……。
優しいのか、馬鹿なのか。
「そう、か……。つまり、パーティーは中止、だと……?」
絞り出すような声はとんでもなく情けなかったけど、同情の言葉を掛けてこなかったことだけは、褒めてやろう。
しかし、メイドや橘さんはその言葉に不服そうにしていた。特にメイドなんて今にも飛び掛りそうな勢いだったから、慌てて手で制する。
「パーティーを開くかどうかは、今から決めます。とりあえずは、内容を把握したいので」
ふむ。と顎?に手?をあて考え出すミミズ。
「そうなると、私を呼び出した理由が良く分からないのだが……、仮にパーティーを行うとして、その参加者である私は内容を知らない方が良いのでは……?口ぶりからして今から、パーティーについて調べるんだろう……?」
「あ」
橘さんは確かに……!と言わんばかりに、口に手を添えた。
「……また、彼女の早とちりかね……では我々二人は別室で雑談でもしながら、待っていることにするよ」
やれやれ、と呆れた声のミミズと、橘さん、二人で会話なんて成り立つのだろうか……?今日の感じを見てると、成り立たないようにしか思えないけど……。
ってそうじゃないよな。なんとか、橘さんは引き止めたい。僕のモチベーションの為にも。
「それくらいは大丈夫ですよ。と言うか、これ二人だけでいろいろ決めるのも大変ですし、最悪、参加と言う形ではなく、我々の補助的な感じでいて貰ってもかまいませんし……ね?」
僕がメイド長のほうを見ると、彼女はしぶしぶと言った形で頷いた。
「ああ、勿論、お二人がよければ……という前提にはなりますが」
僕が二人を見ると、橘さんは、大きく頷く。
「私は、お手伝い、したいです!」
そういった後に、パソコンを凝視する。
「先生が良い、と言えば……ですけど……」
どうも彼女を動かすには、先生様の許可が必要らしい。難儀なことだ。このミミズは必要ないんだけどなあ……。
「それなら、私も手伝いたいね。問題は出される側より出す側の方が楽しいし、ね」
僕がそんなことを思っていると、知ってか、知らずか、ミミズは、さぞ、ご機嫌そうな声を上げた。