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第七話

「……まあ、僕はいまいち違いが分からないので、ミミズクも、梟も同じって認識になっちゃいますけど、昔の人はそんなことはなかったんですか?」

「うーん。どうだろうね。今ほど学問も進んでないだろうし、その辺の定義は今よりも曖昧な気がするが……まあ、推測の域を出ないよ」

「なるほど。じゃあ、異様なほど梟やミミズクについて拘りがありそうだった、ということはないですよね?」

「そんな話は聞いたことがないね」


 やっぱり。

 ……でも、そうなるとやはりおかしい。

 神話を作った人の考え方や、それを受け入れた民衆たちの考え方が素直に理解できない。そう思ってしまうほどの違和感に、気が付いてしまった。


「……そうなると、おかしくないですか?」

「何がだい?」


 ミミズは不思議そうに小首を傾げてはいるが、その顔は無表情で、全て見透かされているような気がした。あまりミミズにいい感情を持っていない僕ですらそんな風に見えるのだ。他の人だとより、彼に底知れなさを感じるに違いない。それこそが彼がミミズである本当の狙いなのかも……。


「えっと、上手くは言えないんですけど……、神の象徴である梟と、不幸な鳥であるミミズク。そこに大きな違いがないのなら、その神が不幸の象徴だと言ってることと同じになりませんか?」


 ミミズはふむ、と声を漏らし、僅かに顔を俯かせた。しかし、直ぐに顔を上げる。

 と言ったもののミミズの体のため、首を振っているようにしか見えないのだけども……。多分、本人はそうしたかったのだろう、という推測だ。


「なるほど。まあその疑問は至極真っ当なものと言える。……が、その神が横暴で……それこそ不幸の象徴と言うべき存在だった……可能性もあるだろう?」


「そうなんですか?」


「いや、確かにほかのギリシャ神話の神々と同じように、傲慢で自らを貶める存在には容赦ない報復を行うが、同じ戦いの神であるアーレスが戦いの血なまぐささや残忍さを象徴するのに対して、アテネは理知的で気高い戦士として語られている。

 まあ、アーレスと比較するとわかり易いが、彼は人間との戦いに負けたり、英雄に半殺しにされたりと散々な目にあっているな……。正直神話ではいい話はないし、性格も粗暴で残忍、しかも不誠実……恩恵をもたらす神というよりは荒ぶる神として、畏怖されていたらしい。

 一方アテネのほうは英雄を好み、よく手助けをしていたらしい。傲慢で容赦ない性格だったとはいえ、それはギリシャ神話の神々すべてにいえることだ。その程度で不幸の象徴と言われるのならば、ギリシャ神話の中の神々すべてが不幸の象徴ということになってしまう。

 こう聞くとアテネが不幸の象徴だとは思えないだろう?むしろ、アーレスのほうが不幸の象徴といわれそうだと思わないかね?」


 う、うん?言いたいことはわかった。つまり、アテネは不幸の象徴とは言えないし、それ以上に迷惑な神様が存在する、ということなんだろう。それはいい。

 問題は、彼の中でそう答えが出ているのに、なぜ僕にわざわざ聞いてきたのか、ということだ。

 なんというか、理由はいろいろ推測できる。できるが、その数々の推測は、僕にある、ひとつの感情を抱かせるのだ。


 ……面倒くさ。


 ……というか、何かを考える前に、まず生まれた感情が面倒くさい、だったからそれに思考が影響受けてる可能性は否定できない。

 可能性を否定できない、というかたぶん影響受けてるんだろうけど……。


 ただ、面倒くさいからといって、本人に直接言う訳にもいかない。あまりぐだぐだ言うのも大人気ないし、そんな姿を彼女を見せるのはなあ……。

 彼女なら僕に幻滅する……ってことはないだろうけど、それでも、優しい彼女のことだから、僕たちが争っているのを見て、気を使わせてしまうかもしれない。それは僕の望むところではない。


 だからまあ、今の僕には心の中で不満を漏らすしかないわけだ。

 ……はあ。


「その、あーれす?が不幸の象徴かどうかは、知りませんけど、まあ、アテネがいい神だってことは分かりました」


 この言葉を聞いて、何かに満足したのかミミズは目を細めている。……いったい何に満足したんだろう?いや、この仕草も面倒くさいんだけど、それよりも意味深な行動に興味が沸く。

 興味は沸くけれど、彼に直接聞く気にはなれない。いや、だってさ、絶対思う壺じゃん。何か満足したことがあっても、別にわざわざ顔?表情?に出さなくてもいいだろう。

 名探偵?という肩書きからしても、今まで話した印象からしても、浮かんだ感情が表情に出てしまうようには見えない。

 つまり、顔に出したのには何か理由がある筈なんだ。

 その理由っていうと、僕に理由を話したい、ぐらいしか思いつかないわけで……。


 質問をした瞬間、ミミズの心の中にあくどい笑みが浮かぶのが分かりきっている。

 だから気になるけど、絶対に聞かない。

 聞けなくてもやもやしてるのも、奴の狙い通りなのかもしれないけれど。


「それで、梟とミミズクの違いは何なんですか?結局、アテネは不幸の象徴なんですか?」

 質問をする代わりに、少し語気を強くする。その効果あって僕の苛立ちが通じたのか、ミミズは反省したようにふむ、と声を漏らした。


「これはあくまで私の予想だが、時期の違いの所為だと思っている」


 ……やっと本題に入ったか。しかし、またもったいぶった言い方をするなあ。さっきから思ってたけど、そもそもの話し方が演技くさいというか、いちいち大仰というか……。まあ名探偵だから仕方がないのかもしれないけども。


 名探偵といえば、関係者を集めての推理披露である。そのときの話は難解で、長くなることもあるだろう。その時にいかに分かり易く、興味を持って聞いてもらえるか。そこが大事なのかもしれない。

 真剣に語っているのに誰も聞いてくれない……なんてことがあったら悲しいからね。

 そういったところを考慮すると名探偵は教師なんかと似ているところがあるのかも……?


 いや、別に彼が、創作の名探偵のように、皆を集めてから推理を始める、とも限らないか。……でも、例え推理披露をしないとしても、情報を集めるときなんかは人と話す機会はあるだろうし、やはり、話す、という行為は彼の中で特別な意味があってもおかしくない。


 もしも、この推測が当たっていて、彼が人に話を聞いてもらうためにわざわざ大仰に話していたとしたら……それが原因でうざがられ、話を聞いてもらえないなんて、悲劇以外のなんでもないだろう。

 そう思うとさすがに、無視をするのも大人気ないような気がしてきた。

 別にそこまで腹が立ったというわけでもないし、あえて角を立てる必要もない。

 僕だって子供じゃないのだから。いや、子供だけど。

 このミミズと比べて子供っぽい、とは思われたくない。特に橘さんには。


 だからこそ興味深そうに、彼の狙い通りの行動をする。


「時期の違いというのは?」

 まあ、実際気になるから、いいんだけど。って、これさっきも言ったっけ?まあいいや。


「そもそもギリシャ神話というのは、詩人達の口承形式で伝えられたものなんだ。そのころの話はどちらかというと神々の子供たち……英雄の話がメインになっている。神々の話のほうは、誕生に触れられているくらいで、詳しいいざこざの話は、まだできていなかったのだろうね」


 へえ、そうなんだ。神話に限らず物語は、はじめから順当にできているものだ。とばかり思っていたけれど。そうでもないらしい。まあ、確かに、吟遊詩人なんかが歌いながら物語を作っている。と考えると、どこぞの秘伝のたれ、のように、継ぎ足し式なのは納得できる。


「ちなみに、その、ミミズクに変えたって話は何年ぐらいにできたんですか?」


 興味半分。どこまでこのミミズが答えられるか、試す意味が半分。これにすぐ答えられるってことは、知識だけは認めてやってもいい。

 いや、今もパソコンで検索してるだけかもしれないし、安易には認めるのは危険か。


「紀元前一世紀くらいかな……ああ、ギリシャ神話の始まりは紀元前十五世紀くらいのようだね。ちなみにダメ押しすると、アテネは元々その地で信仰されていた神だったんだ。そのときから象徴は梟だったらしいよ」


 ふうん、なるほどね。

 つまり、古文で言う〝うつくし〟

 昔は可愛いという意味で使われていたのに、今では可愛いという言葉ができ、うつくしは、美しいと言う意味になっている。何がどうなって、そう変化したのか謎だけれど、それと似たようなものだろう。

 きっと、アテネの生まれたとき、梟は不幸の象徴ではなくて、罰としてミミズクに変える話が出来た時は不幸の象徴だった。

 人々の認識と寄り添っている神話だからこそ起こるずれなのかもしれない。

 そう思うと、ストン、と腑に落ちた。


「まあ、あくまで推測だけど」

 そういって肩をすくめたミミズに、水を差されたような気分になった。偶然なのか、わざとなのか分からないが、常々腹の立つ奴である。


「そもそも、梟という存在そのものが、謎だったりする。東洋では、成長した雛が母鳥を食べる、なんて言い伝えがあってね。それで不幸扱いされたかと思いきや、名前の響きから縁起物、と呼ばれていたりだね……」


 へえ。梟が縁起物って言うのは分かるけど、子供が親を食べる、なんて話は知らなかったなあ。

 どーも、この補足を聞いているとこのミミズは、あまり不確かなことは言いたくないパターンの奴っぽい。所謂、完璧主義のような……?探偵にはわりとありそうな感じだけど。

 問題はそこじゃない。


 つまり先ほどの言葉は、僕への嫌がらせでもなんでもなく、ただ、彼自身の、不確実なことを人に教えたくない、という思いから出た物なんじゃないだろうか?

 だったら、さっきの僕の憤りは勘違いだったわけで……。

 嫌いだから素直に、申し訳ない……とは思えないけれど、少し、恥ずかしくなった。

 どんだけ彼のことが嫌いなんだよ。僕は。

 嫌いなのは良いけれど、それで視界を濁らせるのは僕の望むところではない。

 だってなんか、そういうのって格好悪いじゃん?

 だから今後は、そういうことがないように気をつけたい。実際に出来るかはさておいてね。

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