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第五話

「先生、いますか……?」

 橘さんがそういうと、椅子はくるりと回転した。


「私がいない、なんてことが今までにあったかね?」

 パソコンから聞こえる音は渋く落ち着いていて、好感が持てる。バリトンボイス……とか言うんだっけな……。それはいいのだが、いいのだが……。


 振り返り、露わになった椅子の前面部分には、ミミズが座っていた。


 ……そう、ミミズだ。

 あの、地中に生息し、土を良くすると言われる、あのミミズだ。勿論、それもリアルなものではなく、デフォルメされた、可愛らしい……と言っても差し支えない物だったが……。

 そんなミミズがそれこそ、探偵のような服を着て、探偵のような帽子を冠り、いい声で話し、挙句の果てに格好をつけて(いるように見えるような座り方で)椅子に座っているのである。滑稽……と言うよりはものすごい違和感だ。違和感でしかない。


 橘さんとの仲はどんなものなのか?……なんて気にする余裕がないほどには、混乱していた。そう、混乱だ。だって意味がわからないだろう。なんだって探偵は、こんなミミズのキャラクターで話しているんだ?


「ああ、挨拶がまだだったね。私はクナイ……と言うものだ。一応、探偵と言う職業をさせてもらっている」


 腹が立つぐらい、いい声が告げる。ミミズもその声に合わせて口(のようなもの)もパクパクと動くが、どう見ても、そいつが話しているようには見えない。これがアニメだったら、声優の無駄遣いとか、采配ミスとか言われてそうだ。


「ええと、申し訳ないが、お名前を教えてもらっても……?」


 ミミズも声に合わせて、申し訳なさそうな表情をした。ミミズなのにそんな表情をするんだな……とか、作りが細かいんだな……とか、どうでもいいことが頭に浮かんでは消えていく。

 いかんいかん。名乗らないとな……。


 ぼんやりとした思考の中、辛うじて声を絞り出す。

「僕は、西園寺嶺希と申します」

「ああ、依頼人の息子さんかな……?そして、君が私の前にいるということは、君のお父さんに何かあったのかな?」


「あー、えっと……」

 彼の推測は正しい。でもこれぐらいなら、名探偵でなくとも少し考えれば分かることだ。だから、流石……!とは思えない。でも彼が探偵だとか、探偵じゃないとかは正直どうでもいい。そんなことよりも、なぜミミズなのかが気になって仕方がない。

 どれだけ考えても、ミミズが好きだから、ぐらいの理由しか思い浮かばないんだけど……。でも、ミミズが好きな人なんて農家ぐらいなんじゃないのか?あのフォルムが好きな人なんて相当な変人ぐらいしかいないだろうに……。まあ確かに、今パソコンの中にいるミミズは気持ち悪くはないけれど、いやいや、でも名探偵っていうぐらいだし、やっぱり深い理由があるんじゃないだろうか?


 ミミズはこちらの言葉を待つかのように、じっと見つめてくる。

 ……なぜミミズなのか?なんて考えている場合ではない、ってことは分かってるんだけど、いくら追い払っても、ミミズが視界に入るたびに疑問が湧き出てくるんだからどうしようもない。


 ……これは、さっさと疑問点を聞いてしまった方がいいのかも。じゃないと、疑問が気になって、上の空で話をすることになりそうだし……。それは僕にとっても相手にとっても良くないんじゃないか?

 話をぶった斬ることになりそうだけど、そこは目を瞑るしかないだろう。


「あの、さっきからずっと気になってたんですけど、なぜミミズなんですかね……?」


 ミミズは驚いたように目を開き、口を開けて停止した。


「あ、ああ、この見た目の事か。脈絡のない話だからちょっと意味がわからなかったよ。……うん、さっきから道理で上の空だと思ったら、この姿が気になってたんだね……」


 うんうん、とミミズは満足気に頷く。

 ……別にミミズが好きという訳では無いのだけど、何故だかこのミミズからは目が離せない。目が離せないような、なにか特殊何かがあるんじゃないだろうか?と疑いたくなるほどだ。……サブリミナル効果的なね。いや、無いと思うけど。


 だからこそ、ミミズが少しでも動くとすぐに気がつく。今度はミミズがこちらに向かって指差した。

 いや、ミミズに指はない。それはこの画面の中のミミズであっても同じである。

 だから実際に刺しているのは、指ではなく尻尾?お尻の方だ。

 ただ、人間で例えるなら、指を差したがっているんだろうな、と何となく思ったから指を差した、と表現してみた。


 その推測は当たっていたらしく、ミミズの顔からはドヤ顔感がヒシヒシと溢れだしている。


「では、私がミミズである理由を教えてあげることにしよう」


 声の調子は先程よりもトーンが高いわけでもなく、むしろ落ち着いた感じを保っているものだから、益々チグハグに感じてしまう。

 だからだろうか?偉そうに言われているけれど、特に気にならない。


「それはだね……。まず私の名前を思い出してほしい」

「クナイさん……でしたっけ?」

「そう。因みにみやうちと書いてクナイと読むんだが……。まあ今回重要なのは読み方の方だ」

「どういう事なんです?」

「私の名前を繰り返し声に出してみるといい」


 なにが言いたいのかさっぱり分からなかったが、無視をしたら話が進まなさそうなので、とりあえず連呼してみる。


「くない、くない、くない、くないくないくないくない」


 どうも、こうも何度も同じ言葉を言わされていると、膝と何回も言わされるゲームを思い出してしまう。言わされる単語が膝じゃない場合もあるけども、後から問題を出される点は同じだ。

 ……と言うことは、これを言い終えた後には僕にも問題が出されるのだろうか?クナイに似た単語が答えの問題を。

 いや、それは流石に脈絡がなさ過ぎるか。然し、この行動には何の意味があるのだろうか?もうクナイと言いすぎて、自分が行くなと言っているかような錯覚さえしてきた。最早クナイがなんなのかすら、分からない。


「わかったかい?」

「いえ、全く」


 ミミズはやれやれと呆れるように、首を横に振る。


「それは残念だ。いいかい?くない、というのは〝くがない〟という意味にも取れる。そうだろう?」


 相槌を求めるように口を閉ざしたものだから、へぇとか、はぁとか、正確に何を言ったかは自分でも定かではないが、とにかくそんな間の抜けた言葉を返した。


 そんな返事にも気を害すことはなく、ミミズは淡々と語り続ける。


「つまり、このミミズに本来、ついているはずのくが存在していない、ということを表しているんだ」

「はぁ……」


 くだらない匂いがぷんぷんとして来たぞ……。自分から聞いといてなんだけど、この話本当に最後まで聞かないといけないのだろうか?話を聞くだけならいいが、その後の反応が辛い。僕にどうしろというのだ……。


「ミミズにくをつけると?」

「……」

「つけると、何になると思う?」

 一度目の抵抗も虚しく、疑問だと思われてなかった、と解釈したのか、丁寧に聞き直してくる始末。

 無視されたと思う可能性を考えてないのか、敢えて考えないようにしているのか、何にせよ手ごわい相手だ。しかし僕はそんなものには屈しない!最後まで戦ってみせる!


「……ヒントは動物だよ」

「……」

「フクロウに似ている」

「……」

「ミミズにくをつけて言ってみたまえ」

「……ミミズク……ですか?」


 小声でだけど、つい、言ってしまった。あまりにもしつこいかったし、なんだか、相手に小馬鹿にされている気がしたから……。つい。

 いや、でも、相手に聞こえてなかったらまだ僕は負けてない。聞こえていませんように聞こえていませんように、聞こえていませんように……。


 目を瞑って念じていたが、低くよく響く声がそれを邪魔する。


「そう、ミミズクだ。だからミミズなんだよ」


 この時ほど日本の技術力を恨んだことは無い。かなりの小声で言ったのに、正確に音を拾ってしまうなんて、どんな高性能なマイクだよ。ちくしょう。ノートパソコンに内蔵されてるマイクなんだからもうちょっと雑な作りでもいいだろ……。

 なんて八つ当たりしていても仕方が無い。


 それよりも、ミミズの言ってることは相変わらず、いまいちよく分からなかった。というか、肝心な所を教えて貰っていないじゃないか。

 でも聞いたらまたくだらない理由が返ってきそうな気がするんだよなあ。気になることは気になるけれども、さっきほど気になる訳でもないし、ここで引き下がるのがいいのかもしれない。

 いや、でも気になることは気になるんだよなあ。


「……で、なぜミミズクなんですか?」


 頼むからくだらない理由はやめてくれ。そう願いながら恐る恐る聞いてみる。


「ああ、それね。簡単だよ。なんとなくだ」

「…………」


 ……想像する中で最上級の適当さだった。じゃあ今までの話は一体なんだったんだよ。

 なんの意図があって、なんの為に僕は何度もくないと言わされたのか?初めから、その理由を言ってくれればそれで済んだだろうに。僕の時間と労力を返してくれ……。


「まあ、それらしい理由をつけるなら……。君、ギリシャ神話は知ってるかね?」

「え、えぇ、まあ……」


 まだ何か言う気らしいがあまり期待はしないようにしておく。さっきの二の舞だからね。あんな思いはもうしたくない。


「そのギリシャ神話でミミズクに変えられた者がいた。アスカラポス……と言うんだが、そのアスカラポスはどうも、柘榴を食べた、と証言したらしいんだが……。ああ、ペルセポネーの話は知っているかい?」


 うん?どうも今までの話し方とはトーンが違う気がする。ギリシャ神話には詳しくないが、なかなか面白そうな話だし。少し。ほんの少しだけ興味がひかれた。


「いえ、どんな話なんですか?」

「ふむ、では説明しよう」


 僕が興味を持ち始めたから、と言って喜んでいる感じはしない。彼にとって大事なことは、自分が話すことであって、相手がどんな反応をするかは関係ないのかもしれないな……。

 そうならば、随分身勝手な人、と言うことになるけど。

 まあ、それならそれで別にいいか。橘さんを不幸にしてなければそれで……。


 そんな事を考えていると、ミミズが口を開いたので慌てて耳を傾ける。

「ある時、ペルセポネーと言う女神が攫われた。攫ったのはハーデースと言う冥府の王だった。冥界の王に連れ去られたのだから、もちろん監禁場所は冥界だ。

 長時間誘拐されていた彼女は空腹に耐えかね、手渡されたザクロを口にしてしまう……」

「ちょっといいですか?」


 目を閉じて、気持ちよさそうに語っていたミミズは、半目でこちらを見てきた。目を開けるのが面倒だったのだろうが、少し怖い。


「なにかね?」

「冥界の王は何故、ペルセポネー?と言う方をさらったんですか?」

「ふむ、それがどうも嫁さんにしたかったみたいでね」

「え?それだと逆効果なんじゃないですか?誘拐されたら余計に、嫁ぐ気失せませんかね?誘拐したまま結婚するならまだしも、家に帰しちゃったみたいですし……」

「いや、それがそうでもないんだよ。事実、ペルセポネーは冥界の王女となっている」


 ……嘘だあ。それって、どんな心理だったのかすごく気になる。

 あ、そうか、普通に脅されたって言う線もあるのか。誘拐するぐらいだし、冥界の王って名前からして悪そうだもんな……。


「というのも、冥界の物を食べてしまったら、冥界に属さないといけないというルールがあってね」

「ああ、あのザクロ……えぇ……ズルくないですか?」

「まあ、神話の中の神様なんてそんなものだよ」


 えぇー……。あーでも、その手の物が詳しい友人も、神話の中の神はドロドロしている……とか、ぼやいていた気がする。ある程度神話について知ってる人からしたら、そう驚くようなことでもないのかもしれない。そうなると、この反応自体が無知を晒していることになるのか……。

 ……それは出来ることなら避けたかったなあ。

 別に僕が、誰に対しても弱みを見せたくない……というようなタイプのプライドの高い人間な訳ではない。ただ、好きな人の前では見栄を張りたくなるのが男の性なのだ。

 こんな風に、彼女の前で無知を晒すぐらいなら、彼にもう少し詳しいことを聞いておけばよかった。そうすれば、彼女に失望されずに……。


 ってあれ?そういえばさっきから彼女は一言も話してないけど、一体どうしたというのだろう?初めのうちはこちらを気遣ってくれてると思ったが、今の雑談タイムなら、話に入ってきてもいいんじゃないだろうか?それとも、彼女は一連の話の内容を把握していたのかもしれないな。彼女にとってさして面白い話でもなかったから、会話に入ってこなかった、と。

 それなら大変申し訳ないし、無理やりにでもいいから、即座に会話を切り上げたい。


 その為にも、とりあえず、彼女の状況を判断する材料を少しでも得ようと、僕は彼女の方を盗み見た。

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