第四話
「前置きとして、これは私の勝手な思い違いですので、そういう物なんだな、と思って聞いてくださいね?」
メイド長の確認に僕は小さく頷く。それを見た後、話を続けた。
「嶺希様が話をしなかった理由を知ったら、気を害されてしまうのではないか?と思ったのです」
うん?逆なんじゃないのか?理由が分からない方が、不信感も湧くし、気分も良くないような気がするけど……。
僕が顔を顰めたのに気づいたのか、メイド長はさらに言葉を綴る。
「思春期の男性、となると、人に涙を見られたり、弱みを見せたりするのは不快なのかな?と思いまして……」
あー?確かにそうかもしれないな。プライド?と言うのかな?僕にはあまりない訳だけど、同学年の……というかある程度の年齢の男はそんな感じの人が多いのかも……?
「うーん。つまり、僕が、部屋に閉じこもって泣いていたのを気遣われていた、と知ったら、プライド的なのがずたボロになる。から、言わなかった、ということ?」
「そうなりますね。……実際は見当違いだった訳ですが」
なるほど。
……自分の話だと思うと、有り得ない仮定に、有り得ない仮定が重なっていて、どうも納得できない。から、他人に置き換えてみる。すると、何となくだが理解は出来た。
「まあ、そんな気に病まないで。疑ったのはごめん。メイド長は僕のことを心配してくれていたのにね……それを僕は疑うなんて……」
「いえ、私が悪いんです。疑うような言動をしたから……」
「いや、僕が……」
「いや、私が……」
「あ、あの……」
「「何?」」
橘さんはバッと振り向いた僕たちに、申し訳なさそうな顔を向けながら言う。
「誠に申し訳ないのですが、話を進めてもらえませんか……?」
思えば、メイド長に来てもらったのは、パーティー……とやらの詳細を聞く為だったんだっけ……?お客さんもいることだし、どちらが悪いか問答してる場合じゃないよな……。
メイド長も同じように反省したのか、決まりが悪そうに視線を落とした。
「そうですね。……と言っても私も旦那様に聞かされてたことは多くありません。まず、日時は今週の土曜日、午前十時から。会場はここ。客人は……後でリストをお見せします。……と、私が知っているのはこれぐらいです」
「今週の土曜日か……因みに聞くけど、僕がパーティーを知らないままだったら、どうする予定だったの?」
「中止にする予定でしたね……と言うか、今もそのつもりなのですが……。嶺希様は、パーティーを行いたいのでしょうか?」
「どんなパーティーか、把握できないことには何とも言えないね……」
嘘だ。そのパーティーがどんなものであろうとも、僕は開催する気でいる。
これは推測だが、橘さんは、このパーティーに参加する予定だったんじゃないだろうか?つまり、パーティーを開けば彼女はここに滞在することになる……かもしれない。
僕は少しでも彼女と一緒に居たい。
いや、違うな……。
そんな積極的な感情ではない。ただ、ここでお別れ。もう今後会うことはない、一回きりの縁……という関係にはなりたくなかった。少しでも彼女の印象に残りたかった。
だから……、これを利用しない手はないだろう。
「それについては私もよく分かりません……ですが、旦那様のお部屋に行けばもしかしたら、何か分かるかもしれません」
「じゃあ、今から父の部屋に行こう」
「畏まりました」
ふと視界に入った橘さんは何やら不可思議な動きをしている。立とうと、腰を上げたり、下げたり……なんだか忙しそうだ。
「どうしたんですか?」
「いや、部外者の私が付いて行っていいものなのか……と、思いまして……」
と口では言っているものの、顔は、気になって仕方がない、と訴えかけてくる。こんな顔をされて、ここに放置していけるほど、僕の心は強くなかった。
本当なら、あんまり、関係ない人を入れるのは良くないんだろうけど……。父のプライバシーを守る意味でも、なにか、厄介ごとが増えるかもしれない、と言う意味でも。
……まあ、いっか。
「……ついてきていいですよ」
「ありがとうございます!!」
弾けるような笑顔を見て、先程感じていた罪悪感はきれいさっぱり無くなった。メイド長は渋い顔をしていたけど……。
・
「すごい、広いんですね……いえ、外から見たときも大きいなぁ……とは思っていたのですが、やっぱり、外から見るのと、実際歩いてみるのとは違いますね……」
疲れ切った表情の橘さん。
結構体力はありそうに見える……と言うか体力のない僕でも平気だったから、体力的な面で疲れている訳ではないのだろう。多分、精神的な問題……なんだと思う。前に来た友達も、はじめははしゃいでいた癖に、段々元気がなくなっていき、最後には疲れ果てていたからなあ。
何がどう作用して疲れてるのかはさっぱりわからないけど。まあ、この家に住んでいる僕が分かるのもおかしな話か。
「ああ、橘さんはその辺の椅子にでも座っててください」
「え、でも……」
橘さんは何かを言いかけたが、すかさず、メイド長が椅子を引いた。
躊躇しながらも、その椅子に座る。すぐに引き下がったのはそれだけ彼女が疲れていたからなのだろう。そうなるとますます心理状態がよく分からないのだが……。まあ、どうでもいいか。
僕は一番奥にある書斎机の方に向かう。面倒なところに先に取り掛かり、簡単なところにあった、よりは、簡単なところを先に取り掛かり、面倒なところにあった、の方がまだ被害が少ない気がする。
面倒なところは出来るだけ探したくないしね。
机の上には、書類の束が一塊、置いてあった。
一枚目をとり、サラッと読んでみると、どうもパーティーに関するものらしい。
初めに見つけた書類が目的のものだとは……いや、楽なのはいいんだけど、なにか、上手くいきすぎな気がする……。
うーん?でもまあ、パーティーは近々行う予定だったし、その資料を分かりやすい所に置いておくのは、変なことではない……か。
とりあえず、二人に見せることにする。
丁度、橘さんの座っている前に大きな机があった。あそこなら、これを広げても問題ないだろう。
近づく僕に気が付いた橘さんは、不思議そうな顔をしてこちらを見つめてきた。とぼけた顔も可愛い。このまま何も言わずに放置したい気持ちが芽生えたが、実行はしない。何も言わずに放置するなんて酷いこと、僕には出来ないからね。彼女を安心させるために声をかける。
「資料、見つかりましたよ」
「え!早いですね」
駆け寄ってこようとする彼女を、手で制して彼女の向かいの席に座った。メイド長が僕と橘さんの間に立ったのを確認してから、資料を広げた。
「ええと、名探偵を集め、宝探しゲームを行ってもらう……?は?名探偵?」
名探偵……と言うとあの名探偵だろうか?あの、推理小説とかに出てくる?じっちゃんの名に懸けてみたり、縮んでみたり、英国紳士したりするあれか……?
いやいや、そんな奴ら現実にはいないだろう?
探偵ならまだ聞き覚えがある。でもそれは、浮気調査をしたり、ペットを探したりする職業であって、宝探しをするかどうか……は、まあ、依頼されたらなんでもやりそうではあるか。いや、でも、「名」とついているのが、なあ……。何をもってして「名」が付くのかは気になるところである。まさか、自称ではないと思うけど……。
「やっぱり、そういう感じの内容だったんですね……。先生の言ったとおりでした」
橘さんはうんうんと満足げに頷いている。
「その先生、と言う人はパーティーの内容を予想していたんですか?」
「そうですよ!先生の予想は良く当たるんです」
とても嬉しそうに橘さんは言った。
ふーん。すごい弁護士さんだと、予想とかもよく当たるもんなのかな?
いや、でも名探偵ってところも当てたのか?それは……凄すぎない?
しかし、父が知っていたことを加味すると、意外とどこかの界隈では有名なことなのかもしれない。名探偵、って……。
少し、彼女の表情にずきりと心が痛む。
得意げに笑うそれからは、やっぱりその先生とやらを尊敬しているのが伝わってきて……。
彼女とその先生とやらはどんな関係なのか、ますます気にかかる。
けど、もし聞いて、恋人と言われた日には立ち直れそうにない。それが怖くて、何も聞かず、でも先生とやらと橘さんの親密そうな関係にもやもやする。
そんな気持ちをおくびにも出さないように務める。
「凄い人なんですね?」
橘さんが好きかもしれない相手を褒めるのはなかなか抵抗がある。僕は変な顔をしてなかっただろうか?不安だけど、確かめようがない。
「そうなんですよ!なにせ、名探偵ですからね!」
橘さんは何も違和感を覚えなかったのか、それとも、知人が褒められていたことで気分が良くなっていたのか、真偽は不明だが、突っ込まれることは無かった……って今なんて?名?
「名探偵……?」
その時の僕はきっと物凄いあほ面を晒していたに違いない。そう断言出来るほどには度肝を抜かれていた。
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「言ってない言ってない」
僕がブンブン首を振ると、橘さんは小首を傾げた。
「あれ、言ってなかったですか……。では、えっと、改めまして」
此方の目を見つめてニコリ、と微笑む。きっとこれはただの営業スマイルのようなものなんだろうけど、そうと分かっていても見とれてしまうような微笑みだった。
「名探偵助手の橘です。よろしくお願いします」
………………。う、うん。なるほど。なるほどね……。
確かにおかしいとは思っていた。弁護士の代理が高校生だなんて意味が分からないからね……。探偵なら確かに先生と呼ばれているし、探偵の助手が可愛い女の子……ってのはまあ、ありそうだし……。
いや、この考えは良くないかもしれない。僕が今想像している名探偵ってのは、小説とか漫画とかの……所謂フィクションの中での存在だ。それしか知らないから、しょうがないっちゃ、しょうがないんだけど、現実と空想を一緒にしてしまう……なんてことにもなりかねない。
だからまあ、あてはめも、程々にしないとね。
それにしても、そっか……。橘さんは助手だったのか……。
「……橘さんは、何故助手なんてしてるんですか?」
何故そんな胡散臭いことを……?と聞くことは出来ず、言葉を飲み込む。
「ええと……話せば長くなるのですが……」
「じゃあ、簡単に、でいいですよ」
「うーん」
簡単にまとめるのは難しいのか、うーんうーんと彼女は唸っている。彼女には悪いことを言ったかな……?だからと言って、彼女にこのことを聞かない選択肢はなかったけど。少しでも彼女の事を知りたかったからね。
「えっと……なりゆきです」
前言撤回。悪いことを言った、なんて反省するんじゃなかった。相手に伝える気ゼロかよ。僕に教えたくなくて態とやってる……可能性はないと思うけど……。
顔を見ればね。なんとなく、本当に思いつかなかったんだろうな、と言うことは分かる。分かるけど、少しでも知りたかっただけに、成り行きの一言ですまされると、かなりガッカリさせられた。
「そうですか……。じゃあ橘さんはそのパーティーに参加するために、ここへ?」
「はい。招待状には、一週間前から滞在しても良い、とのことでしたので」
「橘さん一人で?」
「えー、それがですね……」
橘さんは言うやいなや、ゴソゴソとカバンの中を漁り始め、ノートパソコンを取り出す。結構高そうに見えるそれを開き、電源をつけた。
ふぉん……。
気の抜ける効果音がなり、画面が明るくなる。ズラッとならんでいるアイコンの中の一つをクリックすると、またもや画面は真っ暗になった。いや、真っ暗になったわけじゃない。急に明るい画面から暗い画面に変わったから、真っ暗になったように見えただけだ。
それは何処かの部屋のようだった。実際の部屋ではない。イラスト?仮想世界?そんな感じの現実味に欠ける映像だった。
その部屋の奥には、社長が座りそうな椅子があり、此方に対して背を向けた状態で鎮座していた。