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第二話

「ここで立ち話もなんですから、どうぞ、部屋の中に……」


 声を聞いたメイドがスリッパを二足、出してくれる。そのスリッパとメイドを交互に見た橘さんはヘコヘコとメイドにお辞儀をしながら、スリッパに足を入れた。

 なんとも可愛らしい仕草だ。どうやら彼女はこういう扱いに慣れていないらしく、どうも気恥しいらしい。


 この家に訪れた人には必ずと言っていいほど起こる現象だ。

 だから、そういうのは見なれてたはずなんだけど。

 それに、そういう反応を見るのは自分と世間とのギャップを再確認させられるようであんまり好きじゃなかったはずなんだけど。

 だけど不思議と、彼女の恥じらう姿はずっと見ていられる気がした。


 玄関から一番近いのは僕の部屋だ。

 だから、効率という観点だけで見ると、僕の部屋で話すのが理想的だろう。距離的見ても、普段慣れているという点から見ても。


 しかし、彼女にいきなり僕の部屋を案内するのは、さすがにハードルが高い。

 こういう時のために用意されている部屋がある。そう、応接室だ。


 ……正直、大きな家に住んでいて良かった、と心の底から思う。

 昔、友達の家に行った時に、応接室?なにそれ?そんなのないよ……みたいな反応が返ってきたときがあったからなあ……。そういう人達は、お客さんが来たら、一体、どこに案内するのだろう?

 自分の部屋?友達とかならいいけど、それ以外の人となると……嫌だなあ……。



「じゃあ、その辺に腰掛けて下さい」


 と適当なソファに腰かけて、向かい側のソファの方を示す。

 部屋には上座やら下座やらがあるらしいけれど、詳しいところはよく覚えてない。

 まあ今回は僕が依頼者側?ってことになるだろうし、多分どこに座っても問題は無いだろう。


 彼女は恐る恐るソファに腰掛け、ズブズブと椅子の中に沈んでいった。その感覚が物珍しかったのか、少し腰を浮かせたり、座ったり、を四回ほど繰り返す。


 ……なんて。

 なんて、可愛いんだろう。


 その様はバッチリ脳裏に刻ませてもらった。

 が、数秒後、ふと我に返った彼女が、こちらの視線を気にする素振りを見せたので、慌てて見て見ぬふりをする。

 するとほっとしたのか、メイドの用意したお茶を一口飲み、口を開いた。


「実は貴方のお父様が依頼した相手は、私ではないんです」

「……と言いますと?」

「えっと、本当はクナイ先生……と言う人が、依頼を受けたのですが、先生は諸事情でここに来られないので、代わりに私が来た、と言う訳なのです」


 なるほど……。その、クナイ先生……とやらは何か用があるからここに来られないのだろうか?

 そうなるとなかなか、人気の先生ということになるが……、

 彼女が先生……と呼ぶという所から彼の職業を推測できないだろうか?

 先生……と呼ばれる職業となると……医者?それとも教員……?あー、弁護士と言う線もあるか。っていうかそれが一番っぽい気がする。


 父は会社も経営していて、そういういざこざに巻き込まれててもおかしくはないし、それになにより、結構な金持ちである僕の家よりも、優先する用事がありそうな先生と言えば、弁護士ぐらいしかない。弁護士の世界はよく分からないけど、仮に国から呼ばれていたとしたら、この場にいないのも納得できる。


 じゃあ彼女は秘書?……にしては制服着てるし、親戚の子供、とかなのだろうか……?いやでも有名な弁護士なら秘書ぐらい雇ってそうだし、……なんだろう?変わり者の弁護士さんなのかもしれない。

 天才と変人は紙一重、ともよく言うしね。


「それで、その、依頼……というのは?」

「それが、私共も詳しい話は聞かされていないのでよく分からないのですが、何やらパーティーを開く予定、だった、らしいです」

「パーティー?」


 そんな予定がある、とは僕は聞いていない。

 ……が、メイドならなにか分かるかもしれない。


「悪いけど、メイド長を呼んできてくれる?」

「かしこまりました」


 壁際に立っていたメイドは一礼をして、部屋を後にした。

 メイド長が来るまで、手持ち無沙汰だな……。彼女は忙しく、どこにいるかも不明確だから、この部屋に来るまでに時間がかかるかもしれない。

 然しメイド長に確認しないことには、そこから先の話は出来そうにないし……。


 さて、どうしたものか。

 僕としては無理に彼女と話そうとするよりも、このままのんびりまったりとソファで寛ぎながら、メイド長を待ちたい。

 彼女と私的な事を話すのは緊張しそうだし、それに僕は彼女を見てるだけで十分に暇を潰せる。


 そんな僕の思いとは裏腹に彼女は口を開いた。

「あ、あ、あの、この紅茶、すごい、美味しい……ですね?」

 彼女はきっと沈黙が辛い性質(たち)なのだろう。現に今も居心地悪そうに指を忙しなく動かしているし。

 これが普段……、別に好きでもない相手だったならば、僕の気持ちを優先して、会話をぶった切るような返しをしていただろうけど……。

 彼女の居心地が悪い、というのならば話に乗ってあげるのも悪くない。僕としても彼女と話せるのは嬉しいしね。


 ……と決意したのはいいものの、紅茶は詳しくない。用意するのはメイドの仕事であり、別に僕の好みでこれにしてくれ、と言った訳では無いのだ。

 いや、もしかしたら亡くなった母が好んでいた茶葉だったかも知れないけど、どっちであろうと今の僕にとっては同じことだ。

 って言うか、彼女も彼女である。

 高校生男子に茶葉について話を振るとか……絶対盛り上がらないでしょ。彼女が茶葉に詳しい、ようにも見えないしなあ。よほど緊張している、ということは伝わるけど……。


 仕方がない。


「よく分かりましたね。茶葉にはこだわってるようですよ?お客様にミルクや砂糖を使わせずに済むように、と、インドの方で取れるストレートでも美味しいお茶を選んだんだとか」


「へ、へえ。そうなんですか……」


 この反応……。よくわからない分野の話をされて困ってる顔だ。予想通り彼女は紅茶に詳しくないらしい。それどころか、やっぱお金持ちは住んでる世界が違うんだなあ、とか思われてそうだ。

 このままだと彼女との距離は広がってしまう。

 だからこその一言。


「と言ってもこれはメイドから聞いた話で、僕もあんまり詳しくはないんですけどね。僕自身は極論、飲めればなんでもいいですし」


 橘さんはじっとこちらを見つめて……それから、ふふふ、と微笑んだ。

 その微笑みは先程のものとは違い、全てを包み込むような、例えるなら……、そう。聖母の微笑み、とでも言うべきものだった。そんな、包容力溢れた微笑みを彼女がする、なんて意外だった。

 なんというかざっくりとした彼女を系統でいうと、年上系、ってよりは年下か、同い年って感じがしたから。


「ごめんなさい、西園寺さんのことを馬鹿にしたわけじゃないんです。ただ、先生が……以前同じようなことを言っていたので……それを思い出してつい」


 なるほど。その先生、とやらも金持ちと言うよりは庶民派なのかもしれない。

 然し、そこに親近感は湧かない。

 見たことも無い先生、とやらが、何が好きか……なんて、そんなことはどうでもよかった。

 それよりも、彼女が、彼女は、その、先生……とやらのことを思い出して、あんなに、あんな、あんな顔で微笑んだ。微笑んでいた。つまり、これって、彼女が先生とやらを少なからず思っている、という証拠に他ならないんじゃないか?


 まあ、代わりに来るくらいだから、仲が悪いわけじゃないんだろうけど、でも雇っただけ、お金だけ、のドライな関係じゃないってことはわかった。

 幸いなことはその感情が、母性から来るものなのか、恋心からなのか、友情なのか、なんなのかまではわからない、ということだろうか?

 いや、たとえ恋心だとしても、争う気はないんだけどね。ないんだけど、でも僕の心としてはやっぱり、好きな子が誰かに惚れているのは見たくない……ようだ。


 彼女の幸せを願うなら、彼女には恋をして、誰かと結ばれて欲しい、と思うのが正しいのだろう。……けど、そこまで自分を殺すことは出来ない。

 まあ所詮、心の中で思ってるだけだし。別にそれぐらいは許されるだろう。許されないとやっていけない。


「メイドさんって、私、初めて見ました。もっとスカートが短いようなイメージだったんですけど、違うんですね?」


 ひとしきり笑って落ち着いたのか、緊張が解れたのか、先程よりは答えやすい質問をしてくれた。

 これなら会話を続けられそうだ。


「スカートの短いメイドというのは日本のメイド喫茶特有のものなんですよ。本場の西洋の方ではこんな感じのメイドが働いていたとか」


「へえ……」


 橘さんは、ティーカップの持ち手には手をつけずに、両手でカップを持って、ふーふーと息を吹きかけた。可愛いが、手は熱くないのだろうか?と少し心配になる。

 ひとくちも飲まずに皿に戻したところを見ると熱かったのだろう。手をぶんぶん振ってるし。


「というか、メイドの方も嫌でしょう。あんな格好をするのは」

「えぇー。そうですかね?私はあの格好、可愛いと思いますけど……」


 不服そうな彼女の方を見ると、確かにスカートはかなりのミニだ。日に焼けていない真っ白でふっくらとした太ももが……ってダメだダメだ。慌てて目を逸らす。


 最近の若者は確かに、短いスカートを躊躇せずに履くとは聞いたことがある。

 あまり興味がなかったから気にしてなかったけど、よくよく思い返してみれば、同級生のスカートもかなり短かったような気がしてきた。


「なんて言うか、意外です。こういうスカート履いてる自分たちも悪いとは言え、同級生の男子は大体、太ももを見てくるんです。じっと見るか、ちらちら見るかの違いはあっても、見てくることには変わりなくって……だから、てっきり、西園寺さんも、その、女の人のミニスカートが好きなのかな、と……。いえ、これ、すごい失礼な事言ってますよね。ごめんなさい」


 しゅんと絨毯の方をむく橘さん。

 なんというか……酷い偏見だ。まあ確かに高校生ぐらいの男って、自分で言うのもなんだけど、かなり馬鹿だから、そう思われてもしょうがない……のかもなあ。


 彼女は可愛い。

 それに、男の方が気後れするようなタイプには見えない。だからこそ、男の、嫌な目に晒され続けてきたのかもしれない。いや、きたのだろう。

 中には、男の僕ですら身震いするような視線もあったかもしれない。

 そう思うと、彼女のそんな偏見も、ふざけるな、と糾弾する気にはなれなかった。


 それどころか、それでも短いスカートを履く、彼女の心の強さを称えたい。

 そんな目に晒され、偏見を持つくらいならばスカートなんて短くしなければいい。そう思う人もいるかもしれない。けど、そうじゃないと思う。


 なんて言うんだろう、所詮男の僕には推し量ることしか出来ないけど、彼女は、そんな目に屈したくなかったんじゃないだろうか?

 そんな、〝くだらないこと〟のせいで、自分のやりたいことが出来なくなる、なんて。僕だったら悔しいし、腹が立つ。

 そして奴らに対抗するように短いスカートのまま生活するだろう。例え、それで奴らが喜ぶとしても。


 とこれだけ言っておいてなんだけど、別に僕だって女の子をやらしい目で見ないってわけじゃない。

 すごい胸がでかい人がいたらそりゃ少しはチラ見するし、可愛い子が歩いてたら見てしまうことはある。

 だからまあ、男の方も悪気がなくてもやっちゃう人っていると思うんだよなあ。

 それはそれでタチ悪いのかもしれないけど、見ちゃう側の気持ちもわかるだけに、なんとも言えない。


 だから僕としてはその美しい御御足は隠しておいて欲しいというのが本音だったりする。

 男の為にも彼女のためにも、勿論、僕のためにもね。


「いえいえ、気にしないでください。そういう人がいることは、確かですから。……というか、そういう人の方が多いのかもしれませんね。同級生とかは特に」


 橘さんは、僕の方を見て目を丸くした。

 ん?僕、そんな変なこと、言っただろうか?


「……、なんて言うか、西園寺さんって大人ですよね」

「え?そんなことないですよ」

「だって、同級生の子たちとは、違う感じがしますもん」


 うーん?僕にはそのつもりは無いけど、これはいいこと、なのだろうか?

 まあ彼女の中であまり印象が良くない同級生とは違う、と思われたのはいいことなのかもしれない。

 つまり、印象は悪くない、ということなのだから。


 ただ、僕が女の子に興味が無い、と思われているなら、それは良くないことである。

 事実とは違うし、何より、彼女に、女の子に興味が無い、と思われてしまうと大変なことになる気がする。


 例えば……。

 公園のベンチ。2人で腰掛けた。彼女はこちらをじっと見つめ、徐々に近寄ってくる。縮まる距離、僕の心臓はどくどくと煩い。ふっくらとした彼女の唇が……僕に触れるか触れないか……そんな距離にまで迫る……。ああ、僕は、ここで初キスを迎えるんだ……。

 しかし、彼女はその手前で止まり、こちらをじっと見つめて、そして笑った。


『……西園寺さんってお兄ちゃんみたいだね』


 ……なんて事があってみろ。悲しすぎるでしょ。

 ある意味美味しい位置なのかもしれないけど。

 いや、でも、お兄ちゃん、から彼氏、になるのはかなりの労力が必要だろう。もしかしたら、知り合い、から彼氏になるよりも大変かもしれない。

 そんな悲しい立ち位置に僕は行きたくない。


「まあ、僕が目のやりどころに困るから、ってのもありますけどね」


 と、ちょっとした悪足掻きをしてから思う。

 そういえば、ここにいるメイドたちは、大人の女性が多い。二十代の子は一人ぐらいしかいなかったはず。

 そんな彼女たちは、やはりミニスカートよりも、長いスカートを履いている方が、似合うんじゃないだろうか。

 彼女たちがブサイクだ、とか、太っている、と言うつもりはない。むしろ美人揃いだ。父親の趣味も入ってるんじゃないか?と疑いたくなる程度には。

 ただ、似合う似合わないは別だ。

 やはり大人の女性には落ち着いたスカートでいて欲しい。

 ギャップ萌え?そんなのは要らないから。

 そういう意味ではミニスカートじゃなくて正解だろう。


「あ、西園寺さんもやっぱりそういうこと考えるんですね」


 僕をなんだと思っていたのか。

 むしろそんなことを考えない男なんていなかろう。聖人君子だって邪念が出てくるはずだ。


「いや、でしたか?」


 僕は目を細める。

 彼女はそんなことを思わない男の方が好きなのだろう。彼女の彼氏になりたくない僕には、その立場が好都合だったはず。

 それでも、こんなことを言ったのは、まだ自分を捨てきれなかったのもあるけど、それよりも単純な理由に今頃気づく。


 僕はただ、彼女の前で自分を偽りたくなかった。


 彼氏になりたい、とかなりたくない、とか、そんな理由は後付だったのかもしれない。

 認められなかったら、それならそれでいい。悲しいけど、仕方がないことだ。

 なんだろう、すごい努力して負けた試合、みたいな。悔しいけど、清々しい。そんな気持ちになるだろう。そんな気がする。

 まあ、試合なんてしたことないんだけどね。

 だから彼女の返事は怖くなかった。

 全くもって怖くなかった。

 全然怖くなかった。

 怖く……、


「いえ、むしろその方が好感を持てました」


「え?」

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