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第一話

 僕が僕の異常に気がつきはじめたのはペットが死んだ時だった。

 大事にしていたペットが死んだ。

 ペットショップで一目惚れして、親にせがんで買ってもらったんだっけ……。


 両親……特に父親は大の犬嫌いだったけれど、両親は僕に対して甘かった。

 それに、その頃の僕は我儘なんて言わない子だったから、珍しくただを捏ねる僕に、最終的には親が折れた。

 そして、可愛い可愛い子犬のポメラニアンが我が家に迎え入れられた。

 僕は彼を弟のように可愛がった。

 毎日餌をやって散歩をし、一緒にお風呂に入り、そして寝た。


 僕が寝坊をした時なんかは、彼が上に乗って起こしてくれた。その様がすごく可愛いくて、寝ぼけなまこでもふもふしたことは今でも覚えている。

 あれだけ嫌がっていた父親は、初めの方こそ煙たそうな顔をしていたものの、よたよたと近寄ってくる子犬にあえなく篭絡。最終的には僕よりも溺愛していたから不思議なものだ。


 いや、今思えば、ポメラニアン……ハクの方も、こいつ(父親)に認められなくてはならない、という空気を感じとっていたのかもしれない。そう思うぐらいには、冷たい対応をする父親の方に何度も近寄っていた。

 たまたまかもしれないけど。


 子犬から成犬になる過程で、小型犬とはいえやはり見た目は大きく変わる。そんなハクを見て、僕は当初抱いていた愛情が消え失せ……なんてことも無く、むしろ、より愛おしく思えた。

 ……筈だった。


 犬と人間の寿命は違う。

 だからこそ、僕になにかない限り、別れの時は必ずやってくる。犬の方が死ぬ、という形で。


 ハクは病気になった。気管虚脱……?だったっけな。よく分からないけどそんな名前の、気管支が弱くなる病気だったと思う。

 昔よりも息が荒くなり、弱っていき、激しい運動も出来なくなっていた。もう終わりが近づいているのだろう。ということは、薄々感じ取っていた。


 ある日、僕がいつも通り、家に帰ると、ハクは息を引き取っていた。

 両親は仕事で出かけていたから、使用人が、ハクの最後を見届けたらしい。

 僕が見たのは、綺麗なハクの死体だった。


 僕はそれを見た時、呆然とした。

 周りの使用人たちは僕のことを気遣って、その部屋から退室して行った。

 大方、僕が悲しみを通り越して、あっけに取られてしまっていたのだ、とかそんなふうに解釈したのだろう。

 けど、実際は違う。


 ハクの死体を見た時に生じた感情……。それは、無だった。何も無い。悲しくもなければ嬉しくもない。ただ、ああ、死んだんだな、と淡々と事実を受け入れる自分がいた。

 そんな自分にショックを受け、動くことが出来ずにいた。あれだけハクを愛していたのに。あれだけハクと共に過ごしたのに。

 何も無い。

 今まで過ごしてきた時間も、今まで過ごしたことによって生じた感情も全てが紛い物のように思えて……いや、違う。

 もしかしたら、僕がハクが死んだって事実をまだ受け入れられてないだけなのがしれない。だってほら、こんなにも死体は綺麗で、今からでもこちらに抱きついてきそうじゃないか。

 きっと、そうなんだ。

 だから、悲しくないのも無理はない。別に何もおかしいことなんてない。


 その時はそう思っていた。いや、思い込むようにしていたのかもしれない。

 誰だって自分が異常、しかも大事な者が死んでもなんとも思わない薄情な人間だ、なんて認めたいわけが無い。


 それから二年が経ち……それでも漫画によくあるような……ポメラニアンを見かけたら、ふとハクのことを思い出して、駆け寄りそうになり、そのポメラニアンの飼い主をみつけ、涙する……なんてことも無かったし、ハクがいつも寝ている家の前に行って、おーい散歩だよ!と声をかける……なんてことも無かった。

 寝てる時ももふもふがなくて寂しかったこともなかったし、家が静かに思えて仕方がなかった、なんてことも無かった。


 僕よりも僕の両親の方が悲しんでいて、なんとなくそれを慰めながら、面倒くさいな、なんて思う自分に悲しくなる。そんな毎日を送っていた。


 それでもまだ……まだ、希望は捨てなかった。ハクのことはたしかに可愛がってはいたけど、たったの十年しか付き合っていないし、そんなに愛情を感じてなかったのかもしれない。いや、それはそれで薄情な話だけど、でも所詮、人間じゃなくて犬だし、やっぱり両親が死ぬのとは訳が違う。

 そう自分に言い聞かせていた。


 だけど、今日から、そうも言ってられなくなった。






 昨日、両親が死んだ。










 ・


 コンコン。

 ノックの音に慌てて玄関に駆け寄る。使用人はいるにはいるけれど、僕の部屋が一番、玄関から近い。

 それにこの家に住んでいるのは使用人を除いて、僕だけだ。つまり客人は僕に用事がある。それなのに態々使用人に相手を任せるのは効率が悪い。


 もし、変なセールスマンだったらさっさと追い払ってしまおう。そんな決意を固め、ドアを開けると、目の前に立っていたのは、同い年ぐらいの少女だった。

 なんとなく、この屋敷の大きさに気後れしているのか、こちらを伺うようにドアから顔を覗かせている。

 その不安定な体制のせいか、ポニーテールがサラサラと揺れていた。


「あ、あの、西園寺さんのお宅ですよね……?」

「そうですが……」


 よく見ると……いや、よく見なくてもかなり可愛い。大きな目はくりっとしているし、鼻筋もはっきりっとしている。少し吊り目がちなところが強気な印象を与えるが、僕は嫌いじゃない。

 っていうか、むしろタイプだ。制服を見たところ、割と近くの、スポーツに力を入れている私立高校……だった気がする。

 スポーツが得意なのだろうか?見た目からしてもそんな感じがする。


 彼氏は?いるのだろうか?

 ……うーん。これだけ可愛いと彼氏がいてもおかしくない。高嶺の花と言うか、クールビューティー系?……っていうのとは少し違うし、男の方から気後れする、ってこともなさそうだ。むしろ凄い告白されてそう。


 いやいや、何を考えているんだ僕は。例え、彼女に彼氏がいなかったとしても、僕なんかが、彼女の彼氏になんてなれる訳がないじゃないか。

 付き合うだけなら、何とかできるかもしれない。自分で言うのはなんだけど、金持ちだし、顔も多分そんなに悪くないし、勉強もそこそこできる。

 でも彼女が僕の異常に気がついたら?いや、気が付かなくても、彼女が僕の彼女になったとして幸せになれるだろうか?親が死んでも、なんとも思わないような人間だぞ?

 そんな奴と付き合ったら、きっとろくなことにならない。彼女の幸せを本当に願うなら、僕は彼女の彼氏にならない方がいいのだ。

 そう思うとはずんでいた心が、冷や水を浴びせられたように、冷えた。


 あんまり、こう、この思いをありきたりな言葉で表したくないんだけど……。どうやら僕はかなり、彼女のことが好きらしい。

 これが一目ぼれ、という奴なのだろうか?

 もしそうなら、僕にもなかなか、人間らしいところがあるじゃないか。

 ……なんて意味の分からないことを考えていると、


「すごい、豪邸……なん、ですね?」

 という彼女の声が聞こえた。


 緊張しているのか、その声は小さく、語尾が空中を彷徨う。


 僕の記憶が正しければ、僕と彼女は初対面のはず。それを踏まえると、普通ならここは自己紹介をするべき場面だろう。それか、両親を呼ぶように言う、とか、要件を言う、とかね。


 そのどれでもなく、何故か彼女は屋敷の感想を言った。そのズレっぷりに僕は少し、彼女に対する印象が悪くなった。

 ……なんてことは全くない。

 それどころか、天然なのか、それとも、緊張しているのかな?

 何にせよ、そんな所も可愛らしい……。だなんて思う始末である。


 でもこれ、なんて答えたらいいんだ?

 確かに僕の家はかなりでかい。だから、否定すると、嫌味のようになってしまう。じゃあ肯定するのが最善か?と聞かれると、そうは思えない。

 いや、肯定したら、確かに、潔いいかもしれないけど、俺は金持ちだよね、を全面にだしてる感じがして、なんか嫌だ。


 肯定も否定もできない。

 でもだからといって、詰んだわけじゃない。ハンターハンターを読破した僕にはわかる!答えはそう……沈黙だ!

 ただし、沈黙だけでは、彼女を無視したことになってしまう。それはダメだ。絶対にダメだ。

 彼氏にはなりたくないけれど、彼女に嫌われたいと思っているわけじゃない。むしろ好かれたいと思っている。


 だから、僕は彼女に向かって微笑んだ。

 これなら多分大丈夫だろう。

 彼女も微笑み返してくれたし。

 彼女の笑顔を見たところで、満足した僕は、そろそろ本題に入ることにする。


「ところで何か御用でしょうか?」

「あ、す、すいません!」


 先程は小さな声だからよく分からなかったが、随分と可愛らしい声をしている。


「私、西園寺 輝彦様に依頼された、橘 美紗と申します。えっと、漢字は柑橘類の橘に、美しいと糸へんと少ない、で美紗です。輝彦様はいらっしゃいますか……?」


 依頼……?父が生前、彼女になにかの依頼をした、ということらしいが、何を依頼したのだろうか……?家事や雑務はメイドがこなしてくれるから違うだろう。となると……いや……え?ま、まさか……。


 いや、流石にそれは無いだろう。父はもう歳だったし、母もいたし、それにここに呼ぶ、なんてそんな大胆な……。それにそんなことをする人には思えないし、いや、絶対ないとは言いきれないけど……いや、いやいやいや、ないない。うん。ないよ。ない。


 例え、そうだったとしても、父も死んでしまったし、母も死んでしまったんだから、もうどうでもいい話だ。っていうか詳しい話を聞かないまま帰ってもらうのが最善なんじゃないだろうか?

 もう多分、二度と会えないだろうし、彼女の素性が分からないのは、少し残念だけど、事情を説明して、お帰り願おう。


「その、輝彦……僕の父は昨日死んだんです」

「え?嘘……。な、なんか、ごめんなさい……」


 なんとも思っていない僕に対して、気を使ってくれる彼女……橘さんに笑顔がこぼれる。いや、彼女の行動が嬉しかっただけじゃない。多分、両親が死んだことに対して何も思っていないことへの自嘲も混ざっているのだろう。


「いえ、まあそういう事ですので、わざわざ来てもらったところ申し訳ないのですが、お帰り頂けると……」

「そ、それは出来ません!せめてお話だけでも聞いて貰えませんか?」


 橘さんは、上目遣いでこちらをじっと見つめてきた。

 どうしよう……すごい可愛い。

 そんな彼女を無下にするなんて僕にできるはずもなく……。


「……まあ、お話だけなら」

「やった!ありがとうございます!」

 小さくガッツポーズをした後、ぺこりとこちらに向かってお辞儀をした。

 そんな彼女を見ていると、仮に、どんな残酷な事実が突きつけられようとも、別にいいか、と思えてしまった。まあ、さすがに無いと思うけどね。


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