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第十話

「うわぁ。凄い、広い部屋ですね!凄い!」

 橘さんはひょこひょこと辺りを飛び回るように歩いている。

 その様はまるで小動物のようだ。

 つまり可愛い。


 僕は机の上にパソコンを置く。

 もちろん邪魔者はいらないので画面は開けない。


 そんなに、広い部屋ではない、と思うんだけど……。まあ、そんなことを言って彼女の気持ちに水を刺すのも悪いから、態々口には出さない。


 やがて満足したのか、ぽふり、とベットの上に座った。


「ほんと、凄いですね……こんなところに泊めてもらって……、なんだか申し訳ないです」


 眉を八の字にして、微笑む。

 彼女が喜んでくれるのは、とても嬉しいけど、申し訳ない、と言われるのは嬉しくないな。

 嬉しくない、というか、こっちも申し訳ない気持ちになる。


 まあ、つまり、彼女が嫌な気持ちになると僕も嫌な気持ちになる、ってこと、なんだろうけど。


 うん。なかなか難儀だな。

 今まで恋って、落ちたこと無かったから分からなかった。好きになるってこういうこと、なんだろうな。

 確かに、難儀だとは思うけど、でも、それでも、それすらも、なんだか嬉しい。

 ……なんて、思う僕はもう、手遅れなのかもしれない。


「気にしないでください、お客様ですから当然の扱いとも言えますよ。この部屋、悪くないでしょう?」


 僕はくるりと部屋を見渡す。


「わ、悪いなんてとんでもないです!悪くない所か、とっても良いです!なんて言うか、お姫様になった気分です……!」


 否定する時の癖なのか、またもや手と首を同時にぶんぶんと振っている。


 しかし、途中からは目を輝かせ、力説し始めた。

 そのさまは、やっぱり可愛くて、悲しんでいる彼女よりも、こういう彼女の方が好きだ。


「じゃあ、それでいいと思いますよ。少なくとも僕は、申し訳ない、って言われるよりは喜んで貰えたほうが、嬉しいです」

「そう、ですか……そう、ですよね……!」


 うん、うん。と納得するように、橘さんは何度も頷いた。


 かと思うと急に立ち上がる。沈んだ勢いを利用した為か、ベッドは大きく弾んだ。

 そのまま、流れるように頭をさげる。


「ありがとうございます!」

「いえいえ、気にしないで」


 ……この子は、とても素直で、とてもいい子で、

 きっと、僕とは大違いなんだろう。

 流石に知らない人の言うことをほいほい聞くことはないと思うけど。もし、親しい人から、唆されたら?

 きっと、言うことを聞いてしまうような気がした。

 そんな危うさが、彼女にはある。

 幸いなことに、まだ彼女は、悪い人とは関わっていないようだけど。


 けれど、これからのことは分からない。

 もしかしたら、あのミミズが彼女に変なことを教えるかもしれないし。他の奴が現われて、彼女に何か吹き込むかもしれない。

 もしもそんなことがあったら。

 彼女が、変に染まっていく姿を見てしまったら。

 それでも僕は、彼女を好きでいられるだろうか?


 ……まあ、僕が彼女を嫌いになることはない、とは思う。

 でも、純粋な彼女が、悪くなっていく様は、見たくないなあ。やっぱり。

 純粋なままでいて欲しい。


「とはいえ、この家も企画も父の物なんだけどね」

 くすり、とおどけたように笑うと、彼女は何ともいえない様な表情になった。

 あれ?何かおかしなこと言ったかな?


 優しすぎる彼女にとっては、僕のブラックジョークは皮肉が利きすぎていたのかもしれない。

 うーむ。以後気をつけよう。


「ああ、食事を取るときは食堂……ああ、エントランスの奥の部屋に来ていただけると……」


 始めは話題を変えるためだった。けれど逆に、彼女の眉には皺が寄っていき……。

 どれだけ説明を付け加えてもその表情は険しいままだった。


「……えっと、夕食のときに案内しますね?」

 僕は諦めた。

 これは下手に説明するよりも、実際に連れて行ったほうが早い、と思ったからだ。

 予想通り、僕の言葉を聞いた瞬間、彼女の表情は明るくなる。


「あ、でも、迷惑じゃありませんか……?」

 彼女はおずおずと尋ねてきた。


 ……もしも僕が迷惑だ、と答えたら、きっと彼女は僕の申し出を断るつもりなのだろう。

 その場合、彼女はどうやって食堂に行くつもりなのか……。手当たり次第に探すにしてはこの家は広すぎるだろう。それでも彼女は探すのだろうか?

 それとも別の方法で探すのだろうか?


 うーん、分からないな。

 まあ、分からないけど、そんな事を言うつもりは、毛頭ないから、考えても仕方ない……か。答えも分からない訳だしね。


「全然迷惑じゃないですよ。僕の部屋はここの隣ですしね」

 彼女を安心させるように微笑む。


「そうだったんですか!!」

 彼女はほっと胸をなでおろしたようだった。


 この様子を見ると、やっぱり、食堂に辿り着くあてがなかったのだろう。

 人が良い……と言うか、人に気を使いすぎ、と言うか、うん。

 そういうところも好き、なんだけど、やっぱり危なっかしい……というか損な性格な気がする。


 しかし、自然な形で部屋の位置を教えることが出来たのは、幸いだった。

 これで彼女が何かあった時に、もしかしたら、僕の部屋に来てくれるかもしれない。それに部屋が近いと公言することで彼女に会いに行ってもそんなに不審がられなくなる……気がする。

 いや、まあ、別に、彼女なら、急に部屋に来ても、何か言ったりはしないと思うけど。


「あ、先生……」

 ちょうど、会話の途切れたときに彼のことを思い出したのだろう。

 彼女はパソコンを広げた。


 ああ、折角、彼女と二人きりだったのにな……。まあ、いつかは思い出すことなんだろうけど。それが今だった、と言うだけの話で……。


「やあ、遅かったね」

 未練がましく見ていた画面に映ったのは、椅子に座り、珈琲を飲んでいるミミズだった。

 しばらく閉じたままだったから、暇なのは分かるが、なんか腹立つ。寛いでるのが妙に腹立つ。


「すいません……すっかり忘れてて……」

「まあ、そう気にしないでくれたまえ。怒っているわけではない。いつもの事だからね」


 肩をくすめるミミズ。肩を縮こませる橘さん。


 ……というか、いつも忘れられてるのか。

 それは、少し同情してしまう。と、同時に橘さんにとって、ミミズはそこまで大切に思われてないのではないか?という希望が湧き出てくるが、直ぐに追い払う。

 多分、目の前の事にいっぱいいっぱいになってるだけで、ミミズが、大事とか、大事じゃないとかは、関係ないんだろうな。きっと。


「ところで、クナイ……さんは、ずっと繋がりっぱなしなんですか?」


 流石に、脳内で呼んでるように、ミミズ、とは言わなかった。しかしさん付けするのも抵抗があり、妙な間が出来てしまったが、やむを得ない。

 さんが嫌なら先生って呼べばいいじゃないか、って?

 それは論外だ。

 先生、なんて、口が裂けても言いたくない。そう呼んでしまったら、まるで僕が彼を慕っているみたいじゃないか。それだけは嫌だ。


「ふむ、まあそうなるが、何か問題でも?」

 ミミズは悪びれた様子もない。


 え?問題があるか、だって?あるに決まってるだろう?!ずっと繋がってるってことは、もう、そんなの、同棲してるのと変わらないじゃないか!


 確かに手出しは出来ないかもしれないけど、彼女の風呂上がりの姿とか寝てる姿とかが見れるってことだろ?

 そんなことが許されるか?というか彼女はそれでもいいのか?


 彼女の方を見るとこちらも不思議そうな顔でこちらを見てきた。

 ……あれ?これ、僕がおかしいのか?


「えっと、では、僕が、橘さんの部屋に一緒にいるのは……?」

 すると画面越しからでも分かるようなブリザードのような視線を感じた。


「何を言ってるんだね、君は」

 突き刺すような冷たい声。


 橘さんは顔を手で覆い隠している。それでも隙間からは肌が丸見えで、その肌は真っ赤だ。

 恥ずかしすぎるからなのか、一言も発しない。


 この反応で分かったことが幾つかある。

 まずは、橘さんからの僕に対する感情。

 これは、なかなか悪くない、というかむしろ好感触に見える。……気がする。それはとても喜ばしいことであるし、まあ嬉しいんだけど。


 次に、橘さんからのミミズへの感情。

 こっちは僕と比べるとわかりやすいけど、確かに慕ってはいるんだろうけど、恋愛対象としては全く見ていない。

 これはもう、断言出来る。


 つまり、ミミズは彼女にとって親とか、兄弟とか、そういうのに近い存在なのだろう。こうなってくると今まで僕の抱いていた感情の行き場がない。

 見当違いだったと言うか、的外れだったと言うか、まあ、とにかく、徒労感が凄い。


 ああ、そうか。僕は、むしろ媚びるべき相手に、敵意を抱いていたんだな……。いや、どうせ彼女になる気なんてなかったから、別にいいんだけど。いいんだけど。

 ただ、なんていうか、この、僕のポンコツ感ね……。


 はあ。

 何はともあれ、取り敢えず、この状況をどうにかしないとな。


「冗談ですよ冗談」

 ふふふ。と意味ありげに笑ってみればそれらしくも見えるだろうか?これ以上突っ込まれても困るので、さらっと次の話題に移ることにする。


「ところで何で、繋ぎっぱなしなんです?」


 言ってから気付く。

 そんなに話の内容が変わった訳では無いなあ。

 仕方ない。すっと思いついた、気になったことが、これだったから。


 実際、いくら親兄弟だったとしても、一緒にいたくない時間くらいあるだろう。例えば……寝る時間とか?異性なら特に。

 いや、流石にそこまでずっと一緒ではないのかもしれないけれど。

 それに、彼女は反抗期なんかとは無縁そうだし、そんなに身内に辛く当たることもないのかもしれない。

 ……いやいや、でも、異性の大人だぞ……?いくら、身内に近しい人物、だったとしても、赤の他人にずっと見張られるのは、やはり、抵抗があるんじゃないだろうか……?


「ああ、それはですね、前、私の命が狙われたことがあったんですよ」

 橘さんはさらっと、恐ろしいことを口にした。

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