第九話
「えー、では資料の続きを読ませていただきます」
視線がこちらに集まっているのが分かると、どうしてもやりたくなり、こほん、とわざとらしく咳払いをする。
「宝探しで見つけるのは我が家の秘宝……秘宝なんてあるっけ?」
「ええ、ありますよ」
メイド長が間髪要れずに答えてくれる。こういうところが流石、メイド長だ。
しかし、秘宝……って何なんだ?そんなの僕、聞いたこともないんだけども、本当にあるのか……?いや、メイド長があるって言うからにはあるんだろうけど……。それが何なのかは凄い気になる。
秘宝、って言うからには、宝石やら金塊なんかではなさそうだし。
うーん。
でもこの場で聞くのは良くなさそうだな。二人も聞いてることだし。気になるけど、次、行こう、次。
「見つけた者はそれを手に入れることが出来る……」
え?あげちゃうんだ……。いや、別に良いけど……。
あ、うん。
「以上です」
「……ほかにも資料があるように思うが……それは……?」
拍子抜けした二人のうち早くに回復したのであろうミミズは、ほかの資料に目を向ける。(とはいえ、彼はパソコンから出られないので、本当に目を向けただけだろうけど)
僕は彼の望み通り、資料を持ち替えた。
「これは……、パーティーの日程?というか、献立ですね」
「はあ」
そんな気の抜けた返事をしてもらっても困る。僕だって気が抜けてるんだから。
そんなことを思いながら、次の紙を手に取った。
「これは、パーティー会場の配置について、ですね」
「なるほど」
「ちなみにこっちは……参加者の、部屋の配置」
「うん……」
「これは……、司会の台本、ですね」
「へえ……」
「因みにこっちは……」
「あ、もういいよ」
「そうですか……」
「……一応聞くが、その秘宝、とやらの一覧や、その隠し場所はないのかね?」
言われて、資料に軽く目を通す。
そんなことを言う彼に不信感がないでもなかったが、それよりも僕も気になっていたからこそ、手が自然と動いた。
「うーん。なさそうですね」
「そうか……」
こうなると、そのパーティーとやらが、開催できるかどうかも危うくなってきたような、気がする。だって主催者側が何かも把握してない物を探せ、なんて、そんなふざけた話あるか?そもそもそれを隠す事だって出来ないわけだし……。うーん。
「因みにメイド長は何か聞いてる?」
藁にもすがる思いで、彼女の方を見ると渋柿を口に突っ込まれたかのようしぶーい表情になった。
どうやら何か知っているらしい。
そのままじっと見つめていると根負けしたのか、深いため息をついた。
「どうも旦那様は、生前に秘宝を隠し終わっているようでした」
なるほど。それなら一応、パーティーは開催できる、ことにはなるのか……。でも、それって割と無責任じゃない?何度も言うけど、主催者が隠し場所を知らないって……。ねえ?
僕が悩んでいることに気がついたのか、ミミズが口を開いた。
「この資料を見て、一つ分かることがある」
僕は相変わらず、何が言いたいか、分からないミミズの声に、いつの間にか下を向いていた顔を上げた。
「これだけの資料を用意してたと言うことは、君のお父様にとって、それだけ思い入れのあった催しだった、とは思えないかね?」
ああ、なるほど。そういう観点もあるのか。確かに、父の死にショックを受けている前提なら、パーティーを開いてもなんら不思議はない。というか、開いた方が自然、ともいえるだろう。
元々僕だって、開きたいと思っていたところのこの助言。まさに鶴の一声、だ。
ミミズは後は分かるよね?とでもいいたげにこちらをじっと見つめてくる。メイド長が苦々しげな顔をしているのも見えたが、それは見なかったことにした。
「確かに……そうですね。これが父の最後に残した物だと考えるなら……うん。開催、したいです」
僕が決心(した振りをした発言を)すると、メイド長は深い溜息をつき、ミミズと橘さんは顔を見合わせ、頷きあっていた。
メイド長はどうも、このパーティーを開くのには乗り気ではないらしい。
対して二人は、このパーティーを望んでいた、と。まあそりゃそうか。せっかくここまで来たのに、はい中止です。なんて言われたら、そりゃ嫌だろう。
「では、会場の準備等は私どもにお任せください」
メイド長は僕の方をみて、一礼した。
彼女はあまり乗り気ではないみたいだけど、こう言ってくれるならすべて任せても問題なさそうだ。メイド長は個人の感情で行動が鈍ってたりしないから……。
……となると、僕は何をすればいいんだろう?
この二人……じゃない。橘さんも何かやることはあるのだろうか……?
そう思って彼女の方を見てみるけど、不思議そうな顔で見つめ返されてしまった。
「……ごほん。取り敢えず、彼女の部屋を案内してもらえると嬉しいのだが」
ミミズが気まずそうに画面の中で溜息を漏らした。
「では……」
きっと彼女を案内させる為だろう、新たなメイドを呼ぼうと手を上げたメイド長。慌てて彼女を止める。
「ああ、部屋の案内は僕がしておくよ」
「……え?い、いえ、わざわざ嶺希様のお手を煩わせるなど……」
「主催者がパーティーの客人に、部屋を案内するのって、そんなに可笑しいかな?」
僕が凄む様にしてメイド長を見ると、メイド長はひるんだようで目を伏せる。
彼女が僕のためを思って、言ってくれてるのは分かるから、こう、きつくあたるのは、あんまりしたくないんだけどね。でもなあなあで言うことを聞いてたら、僕のしたいことも出来なくなりそうだから、こういう時ははっきりさせないと。
「い、いえ、そんなことは……」
口ごもる彼女は、何かを考えているようだ。どうやらこちらの主張の妥当性を認めてくれるらしい。反論される前に決着をつけてしまおう。
「じゃあ、決まりね。あ、この資料持ってくから」
僕は机の上の資料をひとつ取った。勿論、部屋の順番が記されている物を選んだ。
父がここまで細かく決めた理由は分からないし、正直その必要もないと思っていたけど、このときばかりはすべてを決めてくれた父に感謝した。そのおかげでメイド長からわざわざ聞きだす必要もなくなったからね。
きっと、メイド長はこちらに恨めしげな視線を向けていることだろう。そんなメイド長を見るのが怖くて、僕は振り返らずに部屋を出た。
少し時間を空けて、ぱたん、というパソコンを閉じたであろう音と、慌てたような足音が聞こえる。
どうやら、彼女はきちんとついて来ているようだ。
ほっとする。
まあ、あそこでついてこない、なんて選択肢はないと思うけど。
あれ、もしかしてこれって、子供がきちんとついてきてるか不安になる、親カルガモと同じ気持ちなんじゃないか?
ふと振り返ると、パソコンを抱えて必死についてくる姿は、カルガモの子供よりも、はるかに、可愛い。
って、そうじゃなくて……彼女、疲れてるじゃん。
おそらく、パソコンを持っていたから、と言うのもあるだろうけど、一番は……。
知らず知らずのうちに早足になっていたらしい。
何が要因か、は、分かるような、分からないような……あんまり特定はしたくないから、これ以上は考えるのをやめる。そして足を止めた。
そしたら、とてとてとついてきた、橘さんは不安そうな顔を見せた。
「あ、あの、良かったんですか?」
「なにが?」
僕が肩をくすめると、彼女はぎゅっとパソコンを強く抱きしめた。
「その、案内、です。わざわざ西園寺さんが……」
「あー、っと」
突然話をさえぎった僕に少し驚いた顔を向ける。
途中で割り込んだのは申し訳ないと思う。でもそれ以上聞いていられなかった。だって、今彼女が言ってるのって、僕じゃなくても良かったってことで、それってつまり、僕なんかに興味がないって、ことに……他ならないからだ。
そんなことは、知ってる。
知ってたさ。
でも、
やっぱり、人から言われるのはつらい。
特に本人の口から聞かされるのは……。
僕は俯き、すうっと静かに息を吸った。
そして、にっこりと笑顔を作る。
「そんなに気にしないでくださいよ!僕が好きで案内してるんですから」
「そう、なんですか?」
「そうそう」
笑顔の安売りかってくらい全力で笑いかけながら、心配そうな顔の彼女を見つめると、この笑顔に安心したのか、それともただ押し切られただけなのか、
「そうですか……」
と言葉を漏らした。
「そんなことより、すいません……。早く歩いちゃって」
僕が軽く頭を下げると、両手をぶんぶか振ろうとして、手がふさがっていることに気がついたのか、自らの手をじっと見つめ、その代わりに首を振った。
可愛い。
「そ、そんな、謝らなくて良いです!疲れてないですし!」
力瘤でも作ろうと思ったのか、手を動かし、またもや、パソコンでふさがっていることに気づき、肩を落とす。
可愛い。
僕は彼女から、パソコンをひょいっと奪い取る。
彼女は油断していたのか、あっさりと手にすることができた。まあ、この屋敷でリラックスしてくれてるのは大変良いことだ。
「え?」
しばらくは呆然としていた彼女は、両の手にかかっていた質量が無くなった事に気がつき、手元と僕の方を交互に見た。
「重いですよね?持ちますよ」
彼女はきっと、そんなことしなくてもいい、と言うだろう。だから僕はまたもや、先に進む。今度は早くなりすぎないように。注意しながら。