大名とは
さて、10月に義昭さんを将軍ににしていろいろと便宜を図っていただいております。
まぁね問題は他にもいろいろあるのですよ。
織田家の周りですが、東は松平(徳川(同盟中))、北東は武田(同盟中)、北西は浅井(同盟中)
西は足利将軍家(同盟??)なのですが南西の伊勢地方の北畠家がですね・・・
もともと北畠は伊勢(今の三重県)の南の方を治めていましたが何代か前の方が戦争や調略で領土を増やしました、しかし、この時代領土はすべて殿さまのものではありません。
(すみませんが織田家は例外だと思ってください、土地の移動が多いので説明しにくいので・・・)
そう、武田家で説明しますと、(地名は現在の地名で表記します)信玄さんは甲府あたりですね、真田さんは真田町です(上田に移るのは昌幸さんになってから)、高坂さんは小諸とか松代あたり、馬場さんは北巨摩郡あたり、小山田さんは大月あたりですね、そうなのです、織田家以外は各豪族達が主と決めた人に従っているだけで、その豪族たちを好きに移動はできないのです。(有名は例で徳川家康の配下にされた真田昌幸が土地を家康に奪われそうになった(その土地は北条家にあげる約束を家康がかってにした)ので徳川家から上杉家に鞍替えした)
説明が長引きましたが
うん、将軍家の覚えもよく、将軍を上洛させる力をもち、力や調略で配下にさせられた過去と、税金が安くなる(織田家は他の大名と比べて各豪族の取り分が多い(織田家の取り分が少ないだけなので農民の方々の税金も安い)と境を接している各豪族たちがこぞって織田家に恭順を示してきます。
となると、配下が離れていく北畠さんが怒るわけです。
と言っても北畠さんが勝てるわけもなく、北畠さんに攻められた豪族の援軍で軍は出しますが織田家は京都近辺だけで大変なので将軍家に仲直りの仲立ちを頼むわけです(将軍家としても頼まれて悪い気はしない、お礼ももらえるし)
というわけで伊勢方面が大変だからお正月はゆっくりと岐阜に帰りたい父(信長)でしたが
帰れ!すぐに京に行け~~~ 悲しき信長は姫からの言葉に従う羽目に
次回、あの人が歴史に登場
あっ、私はこれまでもちょくちょくあってますよ、母の知り合いなので




