戦い~兵士たちの思い~
「総員かまえーーーー」
丸根砦総大将の佐久間盛重の声が響く。
兵士その壱
「家族を守るためにここで死んでもかまわない、生まれ育った地は捨ててきた、その土地は年々年貢は上がり続け親もそのせいで死んだ、妻と子供もやせ細って生きていくのが大変だった、逃げてきたこの地では家族が生きていける、働けば食っていけるんだ。
俺がいなくても妻も子供も織田様が守ってくれる、他のところとは違うんだ、いくさで死んだ奴の家族をこれまで何度も見てきたからこそ言える、最近、織田家は戦死した家族を守るための法ができた、頭の悪い俺でもわかるしそれを見てきた、家族を守るため織田様を守るんだ!」(*1)
兵士その2
「浪人として戦に明け暮れていた、雇われていた陣営が負け報奨金もなく実家に帰る途中、金もなく生き倒れになりそうだった俺を救ってくれたのは織田家の人だった、食事だけでなく家に帰るためのお金、家族への仕送り金まで渡してくれた、それ程多くはなかったが有り金すべてだったのだろう財布をひっくり返してまでくれたのだから、そのお金で家までたどり着き親も安心してくれた。
今回の戦は織田家だ、戦陣帳にも連絡先に実家を記載してある心残りはない、あの時に死ぬはずだった俺だ、あの時の織田家の家紋を付けた小さな女の子を守るためにも」
ここ丸根砦は対今川家への最前線だ、今川方の先方は三河勢(松平家(後の徳川家))だ、今川家への忠誠を示すため遮二無二攻めてくるだろう(家康16歳、家康の父が死んでから今川家の家臣扱い(悪い意味で))。
最近の殿は変わった、いつの頃からだろうか。我々武士は家を守るのに重きを置いていた、それから主だ、いや、それは変わらないし変わってはいけないものだと思う、ただ、最近は思うのだ、それと同じく民も守らねばならいのだと。
今回の相手は今川家だ、いや、今川家との戦いは何度もある、だがそれも数百から数千人の戦いであり今回の今川家の25000人とは桁が違う、それなのに徴兵に応じた領民の多さはどうだ、この丸根砦だけでも1000は超える参加があった、半数は若すぎる、一人子などの理由で返したが500人も残ってくれた、普通なら徴兵に応じない、逃げる。これまでがそうだしそれが普通だ。
我々武士は農民・商人・他家からは取り上げるものであり奪うものであったのか?
重税・賦役(むりやり働かせる)・徴兵、当たり前だったのか?
国を守ることが国を損なっていたのではないか?
民を守ること、安んじる事が結果的に国を守ることなのか、その答えがここにある、ここにいる兵たちに迷いはない!
儂もそうだ、民の一人てして民を守ろうぞ!
「全軍突撃~」
民達の歓声は最後の一人まで・・・
*1 武士はともかく民に保証はありません。なので孤児が増えます。
年貢は公平に取られます、例:今川家の領民、年収の4割、今川家の家臣の松平家の領民、4割(今川家取分)+3割(松平家取分)=7割(あくまでも例、今川家からちょっと帰ってくるから))でもだいたい6割くらいがこの時代の平均の税金




