稲生の戦い そにょ2
さていくさのお時間ですが前々から思っていたことがあります、戦に限りませんが相対する者たちが主役をとります、ただし歴史の本道を進めるものは最終勝者となります、また、記録する者の書き方によっても大きく誤解を招くことになります。
だってそうなんだもん!この戦いなんていい例だよ。
正午すぎお腹を空かした武士達が苛立ちを抑えている中(戦いの前はご飯は食べません、お腹に傷つくと助かる可能性がとっても下がるので、あっ私は食べましたよ、だってお腹がすくと暴れたくなるじゃない)我が軍は軍事行動中の味方を待っています。
今は信行軍の柴田隊1000と信長軍の500がにらみ合っています。ええ、前回我が軍は700といいましたがこの場には500です、父の本陣50と私の部隊は別のところにいます。
で、父の部隊を待っているのですがお腹がすいているせいか佐々孫介(佐々成政の兄)さんの部隊が爆発し一番槍を目指しして突撃していきました、お腹がすくと暴れちゃうよね~あとでお説教確定ですが!
お説教の前に負けちゃったみたいです・・・敵陣から突撃のほら貝が聞こえてきます。
我が軍500は防御に徹します、この部隊の総指揮は佐久間さんと丹羽さんです軍事作戦を伝えてあるのでこの2人なら持ちこたえるでしょう、敵よりも長い槍で槍衾をつくりその間から弓隊です、簡単なテルシオ陣形ですが練習の成果がでていますね、ウンウン。
槍衾はそう簡単に抜けれるものではありません、さらに敵のより槍が長いので敵の攻撃が味方に届かないから苦戦状況を助けるため横から攻める増援部隊がでてきましたね、、敵の攻撃総数は800を超えたくらいでしょうか?高台から見ると明らかに劣勢ですね、さぁてそろそろです。
敵本陣は200人ほどです、そこに向かい左翼からこれまで隠れていた父信長を含む騎馬隊が突撃を開始したのが見えます、戦上手と名高い柴田さんは迎撃の体制を整えていますが今回は剣を交わすのが目的ではありません、情報を伝えるために父が突撃する必要があったのです。敵陣200に対し50名で突撃しました。
さて、歴史書ではこう書かれています、「正午に信長部隊は突撃したが戦上手の柴田軍に苦戦し信長本陣は40名ほどまでうち減らされ信長は危機状態にあった。」
単語はあっていますね、ただ誰が苦戦し、人数は減ったわけではないなど言葉って難しいよね~
さらに歴史書では続きがあります、「信長が大声で怒鳴ると敵兵は逃げて行った。」
この記録書だれが書いたのでしょう?戦場で怒鳴り声なんて普通ですよね?それで敵兵が逃げてくれるなら戦なんて起こらないと思います!
父は柴田さんに伝えただけです、信長軍後方にいる赤十字・白十字部隊の陣頭にお市姉さまがいるということを・・・・
(こっちのほうが歴史書には書けないか・・・・)




