とある武将の死
人間50年・・・
儂ももう62歳長く生きたものだ・・
大殿(信秀)と殿(信長)にお仕えし志賀城城代と次席家老まで務めさせていただいた。
大殿の時代は外交を主任務とし朝廷や他国の大名との折衝も懐かしい思い出だ。
茶道や和歌も勉強し褒められたこともあったがまあお世辞だと思っておこう、特に最近はそう思う。
そう、姫様、姫様には驚かされるばかりだ、政治・軍略・外交、なぜあんな考え方ができる?
和歌・短歌・茶道、一流とは言わないが儂より上だと思う、習ってもいないのになぜ?才能なのか?
姫様の父である殿は優し過ぎなうえに人見知りな性格だった、おかげで誤解が広く伝わりすぎてしまった、奥様(濃姫)をお迎えするまでは照れ隠しで奇抜な行動が多かったせいでもあるが。
その姫様が今なにか怪しいことをしている、城外の寺で書家や医者、農民や商人を集めて会合を重ねているらしい、また、寺から出てきた人は青い顔色していたりふらついている人も多いそうだ。
まぁ、姫様のことだから悪いことにはならないだろう、儂も姫様からもらった薬で最近は腹の痛みも少しは和らいだ、もう少し横になっておこうかな。
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くっそーー鎮痛剤の材料がわかんない!
ケシの実とか大麻とモルヒネとか名前がわかるけど姿かたちがわかんない!
とりあえず医者とか学者とかに聞いているけどどれが該当なのかわかんないし成分の抽出法とかも関係するからね、しかも副作用あるかもしれないし!
「姫さまー」
あ、五郎右衛門がきた。
「只今城よりの連絡で父が亡くなったと連絡がありました、姫様には多大なご助力をいただきまこと・・・」最後はかすれた声だね。
「そうですか、残念です・・・間に合わなかった」
やっぱり親しい人が亡くなると涙がでちゃうよね、だって・・・・女の子だもん。
その後、研究所としていたお寺は改築され「政秀寺」と名付けられた。
*ここまで書いてなにですが「平手政秀」です。
*以前も書きましたが諌死で切腹はありえないと思っています。
*五郎右衛門 : 平手政秀の長男




