清州城の戦い ①
清州城前面の松葉口砦、清州織田家(信友)との前線である信長方の砦だ。
総数約50名、全員が悲壮な顔をしている、信長と信友の戦が始まりこの50名の前には1000からなる敵勢がいるのだ、いや、ただ一人気勢を上げている若者がいるが他の者達の気休めにもなっていない。
さらに物見から500ほどの敵勢が動き出しているらしい、城主(砦主?)の指示にて弓部隊配置に着くが大手門(木の柵)を破られるのに時間はかからないであろう、弓部隊の後方は槍部隊が構えている。
敵勢から法螺貝の音と共に軍勢の足音が間近に聞こえる、遠くからは馬蹄の音だ、城を攻めるには守勢の10倍の兵力が必要というが50対500では守れるものではない、だが、この時代、兵士が逃げれば他の城に匿われている家族が危ない、戦うしかないのだ!
「弓はなてーーー」城主の掛け声にて第一矢が放たれる、射程距離(400m)にはまだ遠いが致命傷を与えられる距離(80m程度)まで近寄られると次が打てない、致命傷でなくていい、怪我させて攻めてくる人数を減らすため多くの矢を放つ必要がある。とは言え、普通の弓兵がその距離から放てる数は4・5射、ダメージを与えられるのはその半分程、打ち終われば弓兵は後退して槍部隊に前線を変わる、そして弓部隊は後方から敵の後方にむけて攻撃するか(後方から敵の先陣に攻撃すると味方にあたるから)武器を刀や槍・投石に変えて戦に参加する。
大手門(たんなる柵)では槍部隊が頑張っている、特に先ほどの若者は獅子奮迅の活躍であったが多勢に無勢一時大手門の内側まで引いていた。
「大手門が破られる」 城主はそう覚悟した、大手門が破られれば敵は一気に流れ込み我らは全滅するだろう、全滅するにしろ撤退するにしろ城主は腹を切る覚悟でいた(この時代城主は負け戦だと切腹するのが多い)切腹するのであれば櫓の上でである(守城戦で負けて切腹するのは高い場所で行うことが多い)。
腹を切る前に城主としての務め、撤退指示を出そうと敵勢の様子を確認するため櫓に登り敵行動を確認する、逃げる方向を指示するためだ。
先ほど遠くから聞こえた騎馬隊の蹄の音も近い、指示を急がねば・・・
騎馬隊が見える!
赤い一軍がいる?
あれは赤母衣か?
「はははははっ」
城主は泣いた、笑いながら泣いた、そして叫んだ
「援軍だー、援軍が来たぞ!しかも信長様の本軍じゃ1500はおるぞ!」
この叫びは味方に言ったものだが、もっと大事なのは敵軍に聞かせるための物だ、そう、敵勢は500、そこにこちらの味方が1500来たとなれば引き上げるだろう、それを知ってか各所で声が上がる
「援軍じゃーー援軍がきたぞーーー」
「信長様が来たぞーー」
「1500の味方が来たぞ、敵は帰り打ちじゃ」
「負け戦が楽しいのに援軍をよこすとは無粋な!」
空気を読まない若者が一人いた。
名前は前田利家、初陣の話である。




