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第5話 サークルに入れないとは何事か

 問題が起きた。いや、極悪への道を突き進んでいる時点で僕の人生は問題だらけなのだけれど、それよりもっと重大な問題が起きた。


 テニスサークル『Frends』。僕がそれに出会いを求めて加入しようと決意したことはすでに述べたとおりである。そしてそのために僕は、秋の新会員募集を行っていたFrendsの練習場にお邪魔した。そこまでは良かった。では何が問題だったのか?

 居たのである。僕と同じく『不健全な理由』から、新たにサークルに加入しようとする不届き者共が。それも大勢。


 テニスコートへと到着すると、僕がそこで見たのは、50人あまりのコートに群がる男共だった。話を聞くとどうやら全員『Frends』に入会するためにやって来た者達らしい。

 正直言って、これには相当驚いた。確かにFrendsは、京都大学と同志社大学にまたがる巨大サークルだ。だがしかし、それでもFrendsはあくまで『ただのテニスサークル』でしかなく、その構成員は現在100名にも満たない。

 にもかかわらず。何を間違ったか、現在この100余名しか居ないテニスサークルに、50名もの人間が新規参入しようとしていたのだ。それも男ばかりが。明らかに異常である。裏に何らかの理由があると見て間違いない。

 実際、これが異常でも何でも無く、ただの必然であったのだということを僕が知るのには、そう時間はかからなかった。


 50名あまりの男共がFrendsに加入しようとしていた理由。それは一人の例外も無く、須く全員同じであった。

 そう、彼らは全員が、ただ一人の女性を目当てに……つまりは、その女とお近づきになり、あわよくば性的行為に及ぶべく、Frendsに加入しようとしていたのである。


 時は遡ること半年前。つまり、僕が世界に絶望し、極悪への道を転落し始めた頃にまで戻る。

 僕が暴飲暴食の限りを尽くし、その結果病院へとかつぎ込まれていた頃合い。ちょうどその時期に、テニスサークルFrendsに、ある一人の女が入会した。


 女の名は上野琴音。同志社大学に入学したばかりの、なりたてほやほや一回生だ。なんでも高校生の頃は数多くのテニス大会で入賞したような凄腕プレイヤーであったらしく、その筋ではかなり有名な人物であるらしい。そんな彼女が、このテニスサークルFrendsに入会したのだ。


 では、それの何が問題だったのか。

 何もかもが問題だったのである。


 彼女は美しかった。いや、あまりにも美しすぎた。その美貌は天地を揺るがし、男共の視線を一手に引き受け、周囲の他の女をかすませる、楊貴妃やクレオパトラも斯くたるやというような、凄まじきものだった。彼女を一目見た男はそれから三日三晩彼女を夢に見ては恍惚にうなされ、起きている間も目前に彼女の幻覚を具現化させ、女ですらも、その美しさに嫉妬を通り越して尊敬の念を抱く。

 まさしく神の創り出した芸術品。完全無欠の美しさ。セル第三形態。それ程の美貌を彼女は有していた。

 ……いや、さすがにこれは誇張が過ぎるだろうが、しかしそんな誇張もやむなしと言うほどに、彼女は素晴らしき美貌を兼ね備えていた。


 もうおわかりだろう。その結果が、現在である。彼女の美しさに魅了された男共が、彼女にお近づきになるために、よりにもよって僕がこれから加入しようと計画していたFrendsに、同じく加入しようとしていたのである。


 全くもって迷惑極まりない話だ。上野琴音とお近づきになるためだけに、テニスなんかには微塵も興味が無いくせに、テニスサークルであるFrendsに加入しようしているとは。真面目にテニスをやっている者も居る中で、お前達は恥ずかしくないのか? 恥を知れ愚か者共め。お前達は全員、母親の胎内から人生をやり直すべきだ。

 しかし、これでは彼らのせいで僕まで、上野琴音目当てにサークル加入をしようとしていると思われてしまうじゃないか。風評被害も良いところだ。僕は別に上野琴音目的ではないのに。あくまで僕は出会い目的。赤い糸、いや“ふしだらな糸”を紡ぐためにここに来ているのだ。断じて、上野琴音が目的ではない。もう一度言う。断じて上野琴音が目的ではない。ただ、ほんのちょっとだけ『Frendsに超絶美人がいるらしい』と噂に聞いただけだ。


 というか、本当にここにいる男共全員を入会させてしまうのだろうか? 明らかに、サークルのキャパシティーを越えていると思うのだけれども。

 少なくとも、ここの全員が加入してしまったら、サークルに居る半分は球拾いしか出来ないだろう。なんのためにテニスサークルに居るのかわからない事態になりそうだ。もっとも、上野琴音が目的の男共にしてみれば、それはそれで別に構わないだろうが。……と、そんなことを考えていた僕の予感は、見事に的中した。


「数が多すぎるのでこれから、入会試験をさせて貰います」


 自分目当てに集まった男共の黄色い、いや”真っ黒で薄汚くドスの利いた”歓声を浴びながら彼らの目の前に立つと、上野琴音はそう告げた。

 やはりというか、全員を入会させるわけにはいかなかったらしい。いくら会員が増えればその分会費が多く手に入るとは言っても、さすがに全員入会させるのはマズいと考えたのだろう。当然の判断だ。


「今から私と一セット試合をして貰います。それであまりにも酷いようなら、入会をお断りさせて頂くので、頑張ってください」


 彼女はそう言うと、彼女目当てに集まった50人あまりの男共の選別を始めた。

 そして……誰も居なくなった。僕も含めて。


 そもそも、勝てる道理など無かったのだ。テニスなどしたこともないのに、ただ女目当てに集まった僕たちが、高校から真剣にテニスを続けてきた彼女に、一点たりとも取れるはずなど無かった。

 上野琴音は圧倒的だった。圧倒的なまでに、文字通り男を寄せ付けない覇気を放ちながら、彼女に挑む男共を、次々と粉砕、玉砕、大喝采していった。

 彼女がサーブを放てば、それは美しき二次曲線を描きつつ、対戦相手の顔面に直撃し、彼女が自らに向かってくるボールを打ち返せば、その弾丸は真っ直ぐに、対戦相手の金的に激突した。

 文字通り、彼女に挑むという行為は、玉と共に散る“玉砕”だった。”平成狸合戦”ならぬ”令和アホ猿(チンパンジー)合戦”だった。


 結果。入会試験という名の処刑が行われた後に残っていたのは、股ぐらを押さえる憐れな男共の屍だけだった。もちろんのこと、その中には僕も含まれていたのだが。


 最後。今季の入会者がゼロ人である事を認めた上野琴音は、耐えがたい局部からの痛みに悶える僕たちに、蔑むようにこう吐き捨てた。


「アンタ達は一生、自分の右手で我慢していなさい」


凄まじき名誉毀損である。


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