異世界でもゾンビからは逃げられない
Twitterのハッシュタグ、
「#5秒と生き残れそうにない転生モノのタイトル書け」で書いた即興モノです。
続かない。
本日はお日柄も良く、お散歩日和だ。
鳥にでもなれれば、気持ちのよい風を感じながら何処まででも飛んでいきたい程だな。
そんな風に考えていたのが今から一時間前。
部屋の中でゲームのゾンビをヘッドショットするのにも飽きた頃に腹は鳴った。
そういえばここ数日何も食べていない事を思い出し、溜息をつく。
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ある日突然、何の予兆もなく世界にゾンビが溢れた。
これが某国の一都市であれば、すわゲームの世界来たれりとでも思っただろう。
だが悲しいかな、現実は全世界多発同時ゾンビパニックだった。
部屋に引き籠りながらだらだらとインターネット掲示板を見ていた僕は、
あの電子の世界の友人たちとのやり取りでその事を知った。
奇しくも日付は四月一日。盛大なドッキリだと思った僕を褒めてやりたい。
掲示板を眺めるうちに時間は過ぎ、夜になる頃にはようやく僕も現実を認めた。
なんせいつもなら夕食の誘いに来る筈の母親がいつまで経っても声をかけない。
それどころか外からはひっきりなしに叫び声が聞こえるのだ。
興味本位でカーテンの隙間から外を見て後悔したね。
ゾンビ、ゾンビ、襲われる人、そしてゾンビ。
僕が引き篭もっている間に、どうやら人類とゾンビの比率は逆転してしまったようだ。
蠢くゾンビの中に母親の姿を見つけた時は思わず天を仰いだ。
(ああ、一体僕は今日の夜に何を食べればいいのだ)
親不孝者、ここに極まれりだ。
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そんなこんながありつつ、我が家の備蓄食料を漁る日々が続いた。
電子の世界の友人達も、一人、また一人と姿を消していった。
なぜ分かるのかって、そりゃ皆揃って『もうだめぽ』って書き込んでそれきりだったからさ。
もしこの世界に神が居るなら、そいつはきっとキチガイに違いない。
一歩でも外に出ればゾンビの群れが彼等なりの笑顔でお出迎え。
一人二人倒しても、あの数に囲まれたら逃げられる訳がない。
いつしかネットは止まり、電気も止まった。
家の冷蔵庫から食料は失せ、水も止まった頃に生き残る事は諦めた。
せめて空想の世界ではとゾンビゲーを携帯ゲーム機でプレイしていたが、
そのバッテリーも最早残り少なく……ラスボスを倒した所でプツッと切れた。
空は綺麗で清々しい陽気であるが、下を見ればゾンビが獲物を探して徘徊中。
少し羨ましいと思ってしまったが、たまさか飛び出した鼠に群がる様を見て何を馬鹿なと思い返す。
その様子を眺めているともう一度腹が鳴った。このまま餓死するのは面白くないな。
ふと窓の下から視線を感じたので見下ろしてみる。
ゾンビと目が合った。そうだよな、いま外に居るのはお前達だけだよな。
次の瞬間には鼠を食い終わったゾンビ達が我が家目掛けて群がってくるのが見えた。
一階のリビングの窓が割れる音が聞こえる。
どうやら奴等、玄関からだけではなく庭の方からも侵入していたらしい。
しまったな、そっちにもバリケードを築いておくべきだった。
そう思った次の瞬間に、家のチャイムが鳴った。
ひょいと覗けば、カラフルな帽子にカラフルな制服を着た、顔見知りの配達員だった。
ゾンビになってもチャイムを鳴らすとは中々仕事熱心な人だなぁ。
腕がもげ、目が飛び出し、扉に食い付くようにへばり付く姿でなければ良かったのに。
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そんな事を考えながら脱出用の荷物をまとめ終わる。
流石にどう足掻いても詰みの状況だが、むざむざ死んでやるわけにはいかない。
これでもゲームは最高難易度で全クリする主義なのだ。諦めるなんて悔しいじゃないか。
窓を開け白いシーツを被って身を乗り出す。
ゾンビは相変わらず蠢いているが、いくらか家に入ったのか先程よりかは少なく見える。
息を吸う、息を吐く。何度か繰り返し、覚悟を決める。
ゾンビ達は遂に部屋の前まで辿り着いたようで、ドアが嫌な音を立て始めている。
窓枠に足をかけたところで、やり忘れていた事に気付いた。
「足音が、ゾンビ達来た、もうだめぽ」
虚空に向かって言葉を零し、僕は背後のドアが破られる前に窓の外へ乗り出した。
直後にドアが壊れる音がしたのでギリギリのタイミングだった。
白い外壁だし、少しはカモフラージュになってくれるかと期待したが無駄だった。
僕に気付いたゾンビ達が配管を伝って降りようとする僕の真下に集まってくる。
奴等はどうやって僕を認識しているのだろうか。
不意に吹いた風がシーツを剥ぎ取り、引き止める間もなく大空へ舞い上がる。
だが、意外にもゾンビ達がその後を追いかけてゆくではないか。
もしかするとただ動くものを認識しているだけなのかもしれない。
幸運に感謝しつつ久方ぶりの地面に降り立ち、母親のママチャリに飛び乗った。
周囲にゾンビ影なし、玄関の外には……たくさん居る。
仕方がなく裏口から路地に出た所にゾンビが居た。
生前は長い黒髪に少しキツめの吊り目だった美人の幼馴染は随分と印象が変わっていた。
だらしなく開いた口、おぼつかない足取り、そして落ち窪んだ眼窩。
無くなって初めて気付く事もあるのだなぁと思いつつ、全力でペダルを踏む。
幼馴染ゾンビは目玉もないのにこちらを正確に追いかけて来た。正直メッチャ怖い。
そんな幼馴染の足元で、これまた良く見た彼女の愛犬がゾンビ化していた。
生前から礼儀正しい犬だと思っていたが、ゾンビになっても彼は礼儀正しかった。
ちゃんとご主人の一歩後ろを付いて走るのは良いが、口は閉じておいて欲しかった。
剥き出しの犬歯が早く齧らせろとばかりにガチガチ鳴る様は凄く怖いのだ。
いつの間にか追いかけるゾンビの数が増えている。
よく見てみれば配達員ゾンビや、母親ゾンビの姿まである。
皆一様に手を伸ばしながら追いかけてくるので気分はさながら人気アイドルだ。
そのままゾンビの群れを引き連れて大通りまで逃げ付いた。
酸素が欲しいと身体が喚くが、吸いすぎて既に過呼吸状態になっている。
フラリと意識が遠のき始めた所で、久方ぶりのエンジン音が鼓膜を震わせた。
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大通りを一台の車が物凄い勢いで走っていた。
群がるゾンビを一顧だにせず、逆に跳ね飛ばしながら走っている。
ゾンビに車を運転する技能などないので、恐らく乗っているのは人間だろう。
自分以外に生き残った者が居た喜びが僕の身体を突き動かす。
車の前に踊り出た所で搭乗者の姿をハッキリと見ることが出来た。
乗っているのは美男と美女。脳裏に浮かんだのは先程までプレイしていたゾンビゲーの主人公だ。
彼等は何やら言い合いながら車を爆走させている。
さかんに後ろを気にしているあたり、あまり余裕はないのだろう。
そこでふと思い至る。先程から手を振っているが相手に反応がない。
これはまずいと思った時には車は既に目の前だった。
ここに至ってようやく彼等も気付いたが、時既に手遅れだ。
僕の後ろから押し寄せるゾンビを見て悲鳴を上げ、彼等は更にアクセルを踏んだ。
ドンとう鈍い音と、全身がバラバラになりそうな衝撃が僕を襲った。
僕の身体は空を舞い、続いてゾンビ達が同じように舞い上がる。
その下を車は走り抜けて行ったので、全力で呪っておいた。
本日はお日柄も良く、絶好のお散歩日和だ。
鳥になれればさぞ気持ちいいだろう、そう思った事もありました。
ただの人間である僕の身体は空を舞い、おこぼれを狙おうとしたゾンビカラスにぶつかった。
向こうは抗議の声をあげようとしたが、ゾンビなので声は出ない。
ふと周りを見れば、配達員や、母親、幼馴染とその愛犬も空を舞っていた。
そして僕とゾンビ達はそのまま重力に引かれて地面に向かい。
その日、僕はこの世界で死んだ。
享年23歳であった。
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「いやマジでごめん。本当に悪かった」
目の前で自称神が頭を下げている。
どうやらコイツ、たまたま観たゾンビ映画が面白くてうっかり世界にゾンビを溢れさせたらしい。
やっぱりキチガイだった。こんな神の膝下に生まれた悪運が恨めしい。
「いやね。 映画じゃゾンビが主人公達に無双されてたから、現実だとどーなのかなって」
それで世界にゾンビが溢れるのか。誰だ、こんな奴にゾンビ映画を見せたのは。
その後もうんたらかんたら言い訳を繰り返していた神だが、反応ないことに気付いて咳払いをし始めた。
「私も悪いと思っているんですよ。だから偶々見かけた『お前達』を異世界転生させる事にしました」
あ、コイツやっぱり駄目だ。よく観たら奴の本棚に異世界転生モノの本がぎっしり詰まってる。
神の癖に流行りに流されやすいのはどうなんだ。こんなんでも神になれてしまうのか。
どんなチート能力が良いかなと考え始めた神の発想がまともな訳がない。
「とりあえず、ゾンビが存在しない世界でお願いします。チートとか特に要らないので」
「え、マジで? 強大な魔力とか、魔物に転生とか、レベルMAXとかさぁ」
「いやそういうのは要らないので、生き返らせてくれるなら早々にお願いします」
こいつにあれこれ考えさせるべきではないと思う。
何というか、『こうしたらこうなるから、こうすればもっと面白くなるな』みたいな感覚だ。
それでいて何でも現実にしてしまえるから質が悪い。
早々に普通の人間に生まれ変わってしまうべきだ。
「えーっと、ゾンビが存在しない世界、ゾンビが存在しない世界……うーん、ファンタジーでも良い?」
「まあ、ゾンビが存在しないならそれでも……」
「剣と魔法のファンタジー世界だけど、ほんとにチート能力とか必要ない?」
「レベルを上げて物理で殴る派なので、そういうのは要らないです」
最初からチート能力持ちで無双するのも嫌いじゃない。
けれど、どちらかといえば僕は1週目で最高難易度に取り組みたい派なのだ。
そこら辺はこれまでの人生観というか、癖みたいなものなので変えようがない。
神様には申し訳ないが、諦めて頂こう。
「年齢は問題なし、怪我も病気もなし。 そのままの姿で転生する? それともイケメンにする?」
「デフォルトのままでお願いします」
キャラメイクに凝る人も居るが、僕はさっさとゲームを始めたい人種だ。
最大限こちらの望みを聞こうとする姿勢は好ましいが、僕は一刻も早くコイツの前から去りたくて仕方がない。
というか人見知りなので、こういうグイグイ来る奴は本当に苦手なのだ。
その点、ゾンビはこちらが静かにしていれば大人しかったので良い奴等だった。
「えー、ではお前をこれから転生させまーす。 特にチート能力とかないので結構簡単に死にます。
あと、初期レベルで、ノービスが良いという事なので本当にすぐ死にます。ワンパンで死にます」
残機制の世界ではないらしいので、やたら死ぬと脅してくる。
まあ既に一度死んだし、普通は死ねば終わりなので念を押されなくても分かっている。
ようは泥を啜りながらでも生き延びれば良いのだ。死ぬ気でやれば何とかなる。
「それでは、第二の人生を楽しんでねー」
そんな軽い言葉と共に、身体がどんどん軽くなる。
そのままスイーっとお空の彼方に飛んでゆき、どんどん視界が暗くなってゆく。
これが転生というものなのか。意外と悪い気はしない。
遠くで神様が別の誰かに話しかける声が聞こえる。
まあ、少なくとも神様は色んな人間に迷惑をかけたのは間違いないのだ。
全人類を転生させてもまだ足りない程のうっかりをやらかしたのだから、反省して欲しい。
そうこうしている内に意識は完全に闇に包まれる。
そして、小さな光が見えたかと思うと……僕の身体は柔らかい草の上に投げ出されていた。
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暖かな日差しに抜けるような青空。
遠くからは小鳥の鳴く声が聞こえ、気持ちの良い風が吹き抜ける草原に僕は居た。
手を目の前に翳し、何度か握っては開く事を繰り返す。
どうやら本当に僕は生き返ったらしい。
「さて」
声を出して、身を起こす。
神様の言う事を信じるなら、ここは剣と魔法のファンタジー世界らしい。
ならば、モンスターの類も居るだろう。あまり長く無防備で寝転がるわけにもいかない。
まあ、ゾンビが居ないだけ多少気は楽だが。
ここまで2秒。我ながら中々のスピードで思考できたと褒めてやりたい。
これまでさんざ脳内で独り言を言い続けた甲斐があるというものだ。
なあ君もそう思うだろう?
「ア"ー」
目の前にゾンビが居た。元の世界で嫌という程見たから間違える訳がない。
よくよく見れば幼馴染ゾンビだった。相変わらず落窪だ眼窩がメッチャ怖い。
ここまでで1秒。自己最速記録の脳内独り言だった。
ガブガブ、ガブガブ。
そして次の1秒で僕は幼馴染ゾンビにガブリとやられた。
ついでに脇腹に母親ゾンビが、太腿に幼馴染の愛犬ゾンビが、目玉にカラスゾンビが噛み付いてきた。
配達員ゾンビは僕が貪られ始めてから頭に噛み付いてきた。
ゾンビが存在しない世界とは何だったのだろうか。
僕はあの神と名乗った悪魔に騙されてしまったのだろうか。
急速に薄れゆく意識に語り掛ける声があった。
(どうも神です。 私は嘘は付いていません、そこの世界には確かにゾンビは存在しませんでした。
ただ、彼女達が一刻も早く君の居る世界に転生したいと唸ったので、そのまま転生させただけです)
それはただ目の前の餌を喰いたくて発した唸り声なのではないか。
というか幼馴染達はゾンビのままあの質問をされたのか。
(いやだって面倒くさいし? 一応、元の人間らしく考えたりはできる筈だし?)
なんですと。これ以上無く美味しそうに僕を貪っているように見えるのですが。
(ほら、ゾンビって人間を襲うのが本能じゃん。 彼女達も本能には勝てなかったんだよ)
バリバリ、ムシャムシャ。
そう言われてみると、何となく『ごめんね?』という感じで貪っているような気がしてきた。
それ以上に『食欲には勝てなかったよ』という意思が見えて何とも言えない気持ちになるが。
そうかー、人の意識はあれどもゾンビの本能には逆らえなかったかー。
心の中で中指を思い切り突き立てる。
やはりこの神は信用したのは間違いであった。
チェーンソーを所望して、神をバラバラに引き裂くのが最善手であったか。
喉から血を吐きながら叫び声を上げ、神を呪った。
そして僕は、異世界転生して5秒で人間としての生を終えた。