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LoveHolic  作者: 榊淑
2/2

♯2

 あれから、一夜が明けた。


 あの後、真実は全然テスト勉強に集中出来なかった。使い慣れたシャープペンシルを握り、教科書や問題集を自室の机の上に広げるのだが、頭を久遠寺が過ぎる。精々、テスト中の見張りの教師が久遠寺でないことを祈るしかない。久遠寺が居ると、気になってしまって、まともにテストが受けられなくなりそうだ。


「…………」


 真実は今日はいつもよりも早く登校し、テスト勉強をしようとしたのだが、とても出来そうにない。この教室は、一度……血に染まった場所だ。昨日の出来事が鮮明に蘇り、真実の思考を支配していく。久遠寺のことしか、考えられなくなりそうだった。


 そんな真実の肩を、何者かがそっと叩いた。


 真実は自分以外に誰も居ないと思い込んでいたので、傍目から見たら大袈裟だという印象を受ける程、驚いていた。振り返ると、そこには見慣れたクラスメートの顔があった。


「……何だ。青木(あおき)さんですか。おはようございます」


 真実の肩を叩いたのは、青木(まこと)というクラスメートの男子だった。一年生の頃から同じクラスで、名前が同じだったことがきっかけで、仲良くなったのだ。現在は隣の席なので話をする機会も多く、中々に楽しい学校生活を送っている。


「おはよう、真実。一番に学校に来て勉強とは、流石だな」


「……いえ。…………昨日、あまり出来なかったものですから」


 久遠寺のことが忘れられなくて勉強が出来なかったなど、口が裂けても誠には言えない。


 それから数分間、二人は人の少ない教室で駄弁っていた。数学が憂鬱だとか、理科の先生が怖いだとか……下らないことばかり話していた。一人でテスト勉強をするよりも、誠と話していた方が、久遠寺のことを忘れていられるからだ。

 八時十五分を過ぎた頃、教室には二年A組の生徒が全員揃っていた。テストの日だからか、彼らの表情はやや強張っている。このテストで成績が決まる……という危機感による物であろう。


「おはようございます、皆さん」


 突如教室の前の扉が開くと、久遠寺が入って来た。彼女が来て、少しだけ空気が和む。久遠寺は生徒達にとって、癒しの存在だ。佳麗な顔立ちと、誰に対しても優しい人柄を持つ彼女。……久遠寺は変わっていない筈なのに、何故だか、前までとは何かが違っているように見えた。もしかすると、変わったのは久遠寺を見る真実の目なのかも知れないが。



 一限目は理科で、二時間目は数学。三時間目は国語ということになっている。今日は三限目までで、掃除は無い。先日、英語と社会のテストが行われたので、今日でテストは最終日。生徒達の大半は、テストが終わって、友人達と遊びに行くのことを楽しみにしている。尤も、真実にはそんな遊び相手は居ないが。青木誠は、あくまで話し相手。……少なくとも、真実はそう思っている。誠とはよく話すが、友達ではないと。


 二時間目の数学で、運悪く久遠寺が試験監督を務めたが、真実は気にしないように努力していた。一個後ろの席の生徒が消しゴムを落とした時は、冷や汗を掻いていたが。久遠寺が近くを通るだけで、体温が下がっていく感覚がするのだ。




 あっという間に時は流れ、放課後になった。帰りの会が終わると、生徒達は一斉に帰り出す。


「さようなら~ 久遠寺先生」


「えぇ、さようなら」


 生徒達は久遠寺にさようならを言うと、次々と教室の外へ出て行く。既に、廊下は人の海だ。賑やかな彼らの声が響く校舎は、普段と変わらない。最早、二年A組の教室に残っているのは、真実と久遠寺のみ。真実には、久遠寺と二人で話したいことがあった。


「……久遠寺先生」


「何かしら? まみちゃん」


 私は「まみ」ではないと突っ込みたかったが、本題はそれではない。真実は久遠寺に、聞きたいことがあった。昨日の出来事に関係のあることだが____


「……あの後、あれ(・・)はどうされたのですか?」


 真実が重苦しい表情で問うと、久遠寺は間の抜けた声を出す。そして、目を丸くしながら、首を傾げた。真実の言うあれ(・・)の意味が通じていないようだった。


「……あれって、何かな?」


 真実は佐山小雨の死体をどうしたのか聞きたかったのだが、会話で「死体」という言葉を出したくなかったので、暈したのだ。「あれ」では通じないようなので、本当はあまり出したくないのだが、佐山小雨の名前を出す。


「……佐、佐山さん、です」


 あの時久遠寺は、死体は秘密裏に処理すると言った。彼女の言う、「秘密裏に処理」とは、一体どんな方法を指すのか。真実は密かに気になっていたのだ。久遠寺は、暫しの間沈黙する。答えを真実に言うかどうか、迷っているようだった。


「……貴女が気にするようなことじゃないわよ」


 久遠寺は散々悩んだ末に、真実の質問には答えなかった。久遠寺としては、このような質問には答えたくなかったのだろう。


「……だから、内緒」


 彼女は悪戯っぽく笑い、誤魔化す。真実の頭の中には疑問として残ったが、久遠寺が答えてくれないのなら、仕方がない。これ以上答えを求めることは、しなかった。

 本来の用は一応済んだが、真実はその場を離れなかった。ついでに、一つ。昨日別れた時から、おかしいと思っていたことについて、聞いてみることにした。


「……昨日から気になっていたのですが、私はまみではなく、真実ですよ……?」


 真実はあくまで、真実(まこと)であり、真実(まみ)ではない。

 間違えて覚えられているなら、訂正しておきたかったのだ。


「うん、知ってるよ。私が貴女の名前を知らない訳ないでしょう? ……ね、川田真実さん」


 久遠寺はにこにこ笑いながら、真実の名を呼ぶ。久遠寺曰く、「まみ」は勝手に付けた愛称だとか。大人嫌いの激しい真実は、いつもだったら大人に親しくされると苛立ってしまうのだが、久遠寺は別だ。寧ろ、喜びが胸に広がっていく。

 真実が大人嫌いになってしまった原因は、ある。その原因となった男は、もうこの世には居ないけれど。


「……そう呼ばれて、嫌だったかしら?」


「いえ、ちっとも」


 真実は久遠寺の問いに即答する。クラスメート達の前では、恥ずかしいのでそう呼ばないで欲しいが、他の人が居ないところでなら。

 真実の用はもう全て済んだ。軽い学生鞄を肩に掛けた真実の顔には、笑みが浮かんでいる。


「……あら嫌だ。もうこんな時間」


 久遠寺は腕時計を見ながら、呟いた。廊下には、もう生徒達の気配は無い。大半の生徒はもう学校を出て、遊びに行っているのだろう。


「さようなら、まみちゃん」


 彼女は最後に、真実に別れの挨拶をした。普段と変わらない表情で。彼女がこんな風に笑ってくれるから、真実は二年A組での学校生活が好きだったのだ。久遠寺が居たから、毎日晴れやかな気分で登校出来たのだ。


「……さようなら、久遠先生・・・・」


 明日からはテスト期間ではなく、普通の学校生活が始まる。明日も、久遠に会えますように。真実は密かにそう願った________


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