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小夜嵐に鵺が鳴く  作者: 惠 悠冬(めぐみ ゆうと)
2/3

02//魔窟

 華瑞かずいは、昨夜の俺の態度をどう思っているのだろう?


 ずいぶん失礼な奴だと――なんて不躾ぶしつけで、なんて可愛げのない子どもだと思ったのではないだろうか…?


 本当はあの時、自分の体のことをいてみたかった。


 もしかしたら俺は、重い病にかかっているのではないかということ。

 実は俺の命は、もうあまり長くないのではないかということ。


 あの人になら訊けると思った。

 あの人なら、ちゃんと話をしてくれると思ったのに…。


 ああ、もうすぐ勤めの時間が始まる――。


(こんなんじゃとても勉強なんか…。身が入らないや)


 その日、俺はこっそりと碧落院へきらくいんを抜け出した。裏手から薄暗い山中へ分け入る。


 うららかに晴れた朝だった。木々のこずえを透かして降り注いだ陽光が、下草の緑をまばらにきらめかせている。


 今からでは、もう完璧に授業には間に合わない。かさかさと足元の草葉くさはを踏みながら、俺はどこで時間を潰そうかと思案していた。できるだけ人のいない場所がいいと思った。


(久しぶりに西の岩場へ行ってみようかな…)


 そこには、ほんの少し崖を下るだけで降り立つことのできる狭い岩棚が突き出ていて、その更に奥には、細い裂け目のような洞門どうもんがひっそりと口を開けている。崖からの見晴らしは文句なく良いし、雨風をしのげる場所もあるし――そもそもこんな絶壁になんか誰も来ない。一人きりになるには絶好の場所だ。


 但し、こういうひとのない場所へ来れば、例の見張りの気配が俄然がぜん濃くなる。碧落院にいるときや、大勢の人間に囲まれているときは殆ど消えてしまう彼(彼女かもしれないが)の気配は、俺が一人になるときには、それこそ肌でびりびりと感じられるほど鋭く強くなるのだ。それだけ警戒に値するということだろう。


 これまで雨宿りにしか使ったことのないあの洞窟に、今日こそは足を踏み入れてみようと思っていた。あの細い入口は、どう頑張っても子どもぐらいしか入れない。それもせいぜい俺ぐらいの小柄な体格が限界だと思う。


 つまり、例の見張りには入れないはずなのだ。


 昨日の一件からずっと心の中にもやもやが居座っている。

 今まで知らなくても良かったことを今すぐ全部知りたいと思う気持ちが突然()いて、うずうずと腹の底でれている感じだ。それは多分、俺がずっと昔に諦めてしまったもの――。それが、あの華瑞とかいう異国の人間と出会って一度に蘇ってしまった…。


 そして、もう一つ。


 俺はあの時――華瑞のもとから逃げ出してしまったあの時、本当はあの男に甘えたかったんだと思う…。


 あのままじっとしていたら、きっと華瑞は俺のことを抱き締めてくれただろう。でも、そうしたら今までの俺は壊れてしまう。これまで決して大人たちに心を許さず、必死にかたくなに自分ただ一人をかくまい続けてきたこの俺の心は、一瞬でもろく崩れ落ちてしまうだろう――そんな気がしたんだ。


 あいつらは味方じゃない。


 大人は本当の俺を見てはくれない。


(でも華瑞は…。俺の話を聞きたいって…そう言ってくれた…)


 そんなことを考えるとまた頭の中がおかしくなる。頭の中が熱くなって、むしゃくしゃして――この手にあるものを全部放り投げて逃げてしまいたくなる。


(とにかく一人になりたい…。何も考えずに…一人でいたい)


 無性むしょうにそう思った。


 岩場にうずくまった俺を今も見ている誰か――一体どこから見ているのか…。ちりちりとげ付くほどに注がれる視線を感じる。


 意を決して立ち上がり、俺は洞窟へ向かった。


 途端に入り乱れる気配――。


あせっているな。でも…見張り役は一人じゃないのかも…?)


 しかし、こんな子ども一人に複数の見張り――尋常じんじょうとは思えない。そこまで俺に執着しゅうちゃくする理由は何なんだ…?


 急に恐ろしくなった俺は、慌てて裂け目に滑り込んだ。


 視界が一転、深い闇に包まれる。まだ入ったばかりなのに、入口が狭いせいか中は殆ど光の差さない漆黒しっこくの空間だった。


 すかさず、ふところに忍ばせてきた蝋燭ろうそくに火を点す。

 ひんやりとした岩肌が炎にちらちら揺れている。一歩踏み出すごとに自分の足音が妙に大きく耳に響いて、真っ暗な洞窟の天井へと吸い込まれてゆく。不思議と暗闇に恐怖は感じなかった。


 それよりも、今頃表で地団駄じだんだを踏んでいるであろう見張り役のことが、俺は気掛かりでならなかった。


 以前この寺から脱走しようとしたときは、この見張り役があっという間にそこら中の僧侶を掻き集めてきてしまった。でも今思えばこれも納得がいく。彼らがこんなふうに複数いたのであれば、きっと造作のないことだったろう。

 恐らくまたあの時と同じように、今頃この俺を捕えるべく人員集めに奔走ほんそうしているはずだ。しかしいくら人を集めたところで、子どもがやっと入れるわずかな隙間を彼らはどうやって越えてくるのだろう。


 灯りを頼りに一層奥へと進む。

 外から見るよりもずいぶん深そうだ。それに広くて肌寒い。


 天井からにじみ出た水が、吊り下がった剣のような岩の先からぽたり、ぽたりとしたたっている。雫は、下から突き出た奇妙な岩のくいをぬらりとなぞって流れ、辺りをぎらぎらと濡らしていた。上下のそれらがつながって一本の柱になっているところや、柱がびっしりと並んで一面の壁と化している場所もあった。地上とはまったく異なる幻想的な世界だ。


 次々に照らし出される夢のような光景に見とれつつ進んでゆくと、突然前方の様子が変わった。開けた場所に出たようだ。


 蝋燭の灯を向けると――。


「わあ…!」


 ため息が漏れる。


 吹き抜けのがらんどうに、巨大な棚田たなだのようなものが広がっていた。

 近くに寄って目を凝らすと、階段状の白いあぜが壁を斜めに駆け上がって幾重いくえも重なっており、その内側にはどれも透明の水がいっぱいに湛えられていた。銀色に磨かれた水面みなもは闇に深く溶け込んで、ひっそりと静まり返っている。そこへそっと炎をかざせば、器の底に光の模様がゆらゆらと漂うのが見えた。時折、天井からの雫が硬い鏡面を乱して緩やかな波紋はもんをさざめかせると、辺りの空気までが一緒に反応して揺らめくように感じられた。

 水と空気と空間とが見事に一体を成し、あたかも人知れずおごそかに鎮座ちんざしている――そんな圧倒的な存在の中へ、いきなり自分ただ一人が呑み込まれてしまったかのような…。

 軽い眩暈めまいを覚えるほど不思議な錯覚に誘われるまま、俺はしばしし呆然とその場に立ち尽くすのだった。このひとときだけは本当に、頭の中の何もかもが消し飛んでしまっていた。


 しかし、それゆえそこに隙ができたのだ。


 背後から忍び寄る気配を、この時俺はまったく感知していなかった。そう、例の見張りがすぐ近くに――驚いたことにそれは、これまでにないほどすぐ傍に迫っていた。俺が気付いた時には、既にぴったりと寄り添うほどの距離にそいつはいたんだ。


「!!」


 驚いた拍子に持っていた蝋燭を取り落すと、あっという間に夢の世界は深い闇の底に沈んだ。


 何も見えない…。


 途端に押し寄せてきた恐怖が俺の体を支配する。


 足がすくんで動けない。

 怖くて声も出ない。


 胸が…。


 ひと際大きく騒ぎ始めた鼓動が痛い――!


 気配の主から伸ばされた手が、俺の手首にわずかに触れたその時だった。突然全身のいましめが一気に解けた。


「きゃああああ――!」


 即座にその手をはね除け、俺は狂ったように悲鳴を上げて逃げ出した。どこを向いているのかも前方に何があるのかもまったく見えないのに、ただくう闇雲やみくもに掻き、つかまれるものを探す。


 何も見えないのは相手も同じらしかった。


 手の届く距離に俺がいるはずなのに、もはや触れることさえできずにいたからだ。いくら視界を欲していても、あちらだって迂闊うかつに灯りなど点けられない。そんなことをすれば俺に位置を知られることになるし、そうなればはっきりと姿を目撃されることになる。何故だか分からないが、これまで頑なに姿を見せようとしなかったこの人物が、結局そこを妥協だきょうすることはなかった。


 手探りでようやく壁を見つけた俺は、あたふたと岩肌を伝い気配から少しでも距離を取ろうとしていた。


(逃げなきゃ!早く、逃げなきゃ…!)


 とにかくそのことで頭の中がいっぱいだった。


 と――。


「あ…!」


 不意に俺は何かに蹴躓けつまずき足を取られてしまった。しかし、転倒した先には、どうやら縦穴が口を開けていたらしい。重力に抵抗する間もなく、俺はもんどり打って穴の中へと滑り落ちた。


 さほど大きくもないらしい穴の内側は、ところどころに突き出た部分があり、俺は何度も体のあちこちを打ち付けながら、ごろごろとどこまでも転げ落ちてゆく。それでも、どうにか落下を食い止めようと必死になって手を伸ばしてみるが、濡れた石で手が滑ってうまく掴むことができない。だが、そうしてもがけばまたそこへせり出た岩がぶつかり、そのあまりの痛みに俺は再び悲鳴を上げるのだった。


 もうどれほど落ちたのか分からない。どこかに引っかかっては岩が崩れ、何かを掴み損ねてはまた滑る。そんなことを繰り返すうちに、いつしか痛みを感じなくなった。頭にはぼおっと熱を帯び、口の中では鉄の味が充満していた。それでももう何も感じない。


 ただ何となく…。


(ああ、俺は死ぬんだな…)


 そんなことを考えていた。


 ほんの十年の命――その短さをうらむ気もなげく気もなかった。どうせ何もない人生だった。一つところに囚われの、まるで籠の中の鳥のような俺だった。悲しむ者もない…。


 そのまま落ちるに身を任せていると、次第に意識が遠のいていった。その後のことは覚えていない…。

 

 

 

 

 

          + + + + + +

 

 

 

 

 

 あれからどれほどったのか――。


 ふと目を開けると、ごつごつとした岩の天井がぼやけた視界にゆっくりとあぶり出されてくる。


 どうやら俺はまだ生きている。

 しかもまだあの洞窟の中にいるらしい――というか、いるにはいるらしいが、ここはどうしてこんなに明るいのだろう…?


 不思議に思いつつ体を起こそうとした途端、体中がぎゅっと強張こわばった。いかづちのような激痛が全身を駆け抜けたからだ。


「…っ!!」


 声さえ出ない痛みに顔が歪む。すると、独りでに涙がこぼれた。こんなことなら目なんか開かないほうがよかった。あのまま死んでしまえばよかったのに――。


「だいぶ痛むか…?」


 掛けられた声に聞き覚えはない。

 恐る恐る目を向けると、薄汚れた毛布に身を包んだ人物が横から俺を覗き込んでいた。声から判断して多分男だろうと思う。なぜそんなふうに思うのかと言えば、ほとんど顔が見えないからだ。胸の前で固く合わせた毛布からわずかに覗く右目は丸く大きく見開かれてはいたが、その顔全体が包帯でぐるぐる巻きになっていて、表情さえ分からない。


 俺は寝台の敷布しきふの上に横たえられていた。


「ここは…どこ…?」


 そう尋ねると、


「…びょうの中だよ」


 『びょう』――?


 『びょう』って何だ??


 わけが分からず黙り込むと、毛布から伸びてきたひどく細い手が頬に冷たい手拭いをあてがってくれた。


「少しでも…腫れがひけばいいが」


 毛布の男はそう言って額や首を優しく拭ってくれた。布が擦れるたびに、ぴりぴりとした痛みを感じたが、それでもひんやりとした手拭いの感覚はとても心地よく感じられた。


「君はね、突然あそこから転げ落ちてきたんだ。皆、本当にびっくりしたんだよ」


 男の指した岩の天井に丸い穴が開いている。そしてそこには金網がめ込まれていたらしく、すっかりひしゃげてしまった薄い鉄の網がその下に立て掛けられていた。どうやらここは、例の洞窟の一部に人の手を入れて改装された場所のようだ。

 何とか目だけを動かして見渡すと、この男と同じように毛布ですっぽり全身を隠した人物が、部屋のあちこちにじっと蹲っているのが分かった。壁際にいくつか設えられた寝台も見える。


「皆で…ここに住んでるの…?」


 男はうなずいた。


「ああ、そうだ。もうずっと、ここに…ね。そうだ、少し水を飲むか?口の中が血だらけで気持ち悪いだろう?」


 男は、右腕だけで器用に俺の体を抱き起して壁にもたれさせると、からの器を手に部屋の隅へと向かった。見れば、壁から染み出た水がちょろちょろと流れる箇所がある。その水をみ取ると、男は俺の口元にその器を運んだ。


「傷にみるかもしれないが、少しずつでいいから飲みなさい」


 気遣わしげに唇に流し込まれた水は、ひんやりと冷たくておいしかった。何度か喉を鳴らして水を飲み、俺は深いため息をついた。

 何となく男の右目がほっと微笑んだような気がした。


 その時俺は気付いた――この男の左腕が失われていることに。少しばかりはだけた毛布の内側にちらりと覗いた左の袖は、だらりと布が下がっているだけでその中には何もない。


「おじさん…左手ないの?」


 そう口にした途端、男ははっと目の色を変え、素早く毛布の端を合わせた。放り出された器が乾いた音を立てて床に転がる。

 思わず俺はびくりと小さく肩を揺らした。


「あ…ああ、驚かせてごめん…。そうなんだ…腕はこっちしかないんだ」

「どうして…隠してるの…?」

「どうしてって――」


 男はおもむろに目線を散らし、言葉をにごした。


 まずいことを訊いてしまったか――と思ったがもう遅い。戸惑っていると、


「それは君が…」


 細く開いた包帯の隙間で、男の乾いた唇が戦慄わなないたように見えた。



「君が…あんまり綺麗だから…」

「え…」


 何のことを言っているのか、意味がよく分からなかった。


「こんなに醜い自分が、恥ずかしくて…。悔しくて…ねたましくて恨めしくて……たまらなくなるから…!」


 そこまで言い終えて、突然男は自らをくるんでいた毛布を引きがした。今まで隠れていた全貌ぜんぼうがついにあらわになる。

 何日も替えられていないのか、ひどく黄ばんだ包帯。どす黒い染みがいくつも浮いた衣服。襟元から覗く首筋に貼りついた細かな血管――そのやけに黒っぽい青が、時折生き物のようにうごめいて男の全身を小刻みに震わせている。そして、長いズボンの裾からむき出しになった男の右足はなぜか赤黒く変色していて、とても人間の肌とは思えぬ異様さをかもし出しているのだった。


「ここにいる者は皆そうだ。皆どこかが欠けている。もう俺たちは一人前の人間じゃないんだ。生まれたときはちゃんと五体満足な体だった…はずなのに…!」


 俺を見る男の瞳に、いつしか狂気が宿り始めている。たちまち俺は凍り付いた。


「う…。ああ……」


 うめきのような声を漏らし、俺は震えていた。恐ろしさで、声が思うように言葉にならない。あふれる涙がぼろぼろと頬を伝う。


「皆ここで死んでゆく…!俺ももう長くは生きられない!いろんな部位がどんどん朽ちて崩れて…腐って落ちて…。どんどん…人の形じゃなくなってゆく。こんなはずじゃ…俺たち、ほんとはこんなはずじゃなかった…」


 わなわなと声をたかぶらせ、男はぐっと拳を握った。


 気付けば、いつの間にか俺は男の仲間にぐるりと取り囲まれてしまっていた。


 彼らを包む毛布が自身の手で次々に剥がされてゆく。


 彼らは――。


「!!」


 確かに男の言うとおり、体の様々な箇所が欠けていた。


 両足が付け根から失われ腕だけで地をう者。

 鼻が中ほどからえぐれ前歯がむき出しになっている者。

 肘から下の骨が歪み、あり得ない方向にじ曲がっている者。

 眼球が抜け落ち、ぽっかり穴の開いている者――。


 そして、彼らの肌はやはりそれぞれがどこか奇妙に変色していて、どう見ても普通の人間の状態ではなかった。


「っ……!」


 男たちがじっと俺を見下ろしている。

 どこにも不自由のない体を持つ俺を、無表情に、ただひたすらに見つめている。


 ただ、その視線が突き立てる理不尽な憎悪の念が、今にも俺を射殺そうとしているようで――。


 一体何を思ったか、鼻のない男がいきなり近寄ってきて俺の腕を掴んだ。


 咄嗟とっさに振りほどこうとしたが、体中に打撲だぼくを負っているせいでうまく力が入らない。


「や……!!」


 とてつもなく怖かった。

 逃げたいのに――逃げ出したいのに、体がどこも動かない。

 それなのに、全身の震えは一向に止まらない。ぎゅっと縮まった心臓が、胸を突き破らんと暴れている。


 その時だった。


「――シャオ!!」


 居並ぶ男たちの向こうから、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。部屋の片隅にあるたった一つの鉄の扉――その小さな覗き窓が開いている。


「どうして…!なんでこんなところに君が!?」


 慌てて鍵を回す音がして、飛び込んできたのは――。


「か…華瑞――」


 ほっとした拍子にまた涙がこぼれた。


 ところが、何故か男たちは俺の名を耳にしてにわかに色めき立ったのだ。


「シャオ……。シャオ…だって…?」

「こいつが……」


 突然男たちが我勝われがちに手を伸ばし、俺の服や髪を乱暴に掴んでくる。そして俺は、彼らに揉みくちゃにされながら無理やり寝台から引きり下ろされた。


「や…!やめて…!」


 転がされた床の上で俺はぎゅっと体を丸めた。今の俺にできる抵抗は、こんなことしかなかった。


「やめろ!その子に触るな!!」

 懸命に男らをかき分けて、華瑞がここへ来ようとしているのが見える。しかしその姿は、異形の男たちの陰ですぐに見えなくなってしまった。


「こいつが…シャオか…!」

「いや…だっ…!離……」


 最初に出会った包帯の男が俺の髪を掴んで吊り上げる。一瞬、男の瞳がぎらりと煌めいたように思えた。


「ならば、こいつの血を――」


 ささやいてほくそ笑む。すると、別の男の手が俺の喉元へ伸びて――。


「やめろおおおっ!」


 ようやく辿たどり着いた華瑞が、男の手から俺の体を引き剥がした。その腕に抱きとめられた途端、戦慄く口から独りでに叫び声が上がった。


「きゃあああああああ……!!」


 全身から全霊ぜんれいしぼられた声は断末魔だんまつまの叫びに似てかん高く、俺を抱きかかえた華瑞が部屋を飛び出した後も、自分ですぐに抑えることはできなかった。


 すると突然胸がぎゅっと締め付けられるように痛み――。


「…シャオ!?シャオ!どうした!?しっかり……」


 浅くあえぐ吐息の狭間で、華瑞の声が次第に遠ざかってゆく…。


 苦しい…。必死に息を吸おうとしてるのに吸えない。指先からじわりと上ってきた痺れが全身へ回り、唇をぶるぶると震わせ始める。


 朦朧もうろうとする意識の中で、俺はあの男の言葉を思い出していた。


『ならば、こいつの血を――』


 あれはどういう意味だったのか…。


(俺の血に何がある――?)


 俺はそのまま気を失った。



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