後編
「長月さんは一見、落ち着いた月のように見えるけど、それは大きな間違いよ」
長月さんを素晴らしい女性だと思い始めた私に、水無月さんは言った。
「え、でも、長月さんはすごく落ち着いてよく気が付く女性には間違いないだろう?」
「確かに表面的に見ればそうかもしれない。でも、それをさせているのは彼女にある余裕なのよ」
「余裕?」
「長月こと九月には二つの祭日がある。それは分かるわよね?」
「ああ、敬老の日と秋分の日でしょう。ああ、どちらもそんなに自己主張の強くないですね。敬老の日があるから大人ということなのかな?」
私のその一言に水無月さんは目じりを釣り上げた。
「あなたは全然、分かっていないわね。彼女の本性というものが!!」
水無月さんはそう叫ぶと、長月さんを指さした。長月さんはそんな水無月さんを余裕のある表情で見つめている。
「月に二つも祭日があるということは、それだけで自信が生まれるものなのよ。それは休みに恵まれない私を見れば分かるでしょう?」
「でも、休みが多いとなると八月の葉月さんの方が上だろう?」
僕がそう言うと葉月さんは「そうよね」と頷いた。
「私が言いたいのはそういうことではない。多すぎる休みはそれが終わるときに強い喪失感を生んでしまうモノなの。でも、それが9月には少ない」
その言葉に葉月さんはたじろいだ。そして、水無月さんの追及はさらにヒートアップする。
「夏の終わりで消沈する人々を救済するもの。それは9月半ばの敬老の日。ハッピーマンデーのおかげで必ず三連休になるこの休みは終わっても、それから間もなく新たな祭日を迎えることになる。それが秋分の日」
確かにこれは休みの喪失感がないかもしれない。しかし、水無月さんはさらに熱く語る。
「それだけじゃない。今年は一週間後に休みになったけど、日付の関係では最大五連休になる年もある。敬老の日が含まれることと、五月のゴールデンウィークにかけて、シルバーウィークとも呼ぶわ。そこまで恵まれている月だからこそ、ここまでの余裕が生まれるのよ!!」
そう言うと水無月さんは熱弁で疲れ果てたのか、その場に座り込んだ。思えば、九月と同じ三十日の月である二人にここまでの差があったとは思ってもいなかった。僕は恐る恐る長月さんを見る。彼女は相変わらず余裕のある表情で私たちを見つめていた。その表情が水無月さんの熱弁を聞いた後だと違ったものに見えた。
「すごいですね、水無月さん。私、そこまで考えたことがなくて。他の月さんはそんなことを考えていらしたのですね」
長月さんは水無月さんの方を見て、優しく微笑んでいた。僕はそれを見て少し背筋が寒くなった。多分、これは9月になって気温が下がってきたからだと思うのだが。