前編
九月になり、はや数週間、夏の暑さも少しずつ弱まり、秋の足音が確実に聴こえてくる。そして、僕らは九月の美しい名月を眺めようと月見団子を備えて、薄を飾る。
「地味ねえ」そう言ったのは葉月さんだ。
葉月さんは、八月の擬人化した女性である。自分の月である八月がメインだったときは夏のイベントを大いに自慢していたのだが、今はどこかやる気のなさを感じさせる。しかし、それでも八月終盤の憔悴に比べると、かなり落ち着いたようである。それでも少しやさぐれた言い方にはなっているが。
「もう夏は終わったしね。ああ、何か寂しくなるよね」と七月の文月さん。
「ただ暑いだけじゃない。私たちは」と六月の水無月さん。
三人は顔を合わせて、それぞれをけん制し合っていた。同じ夏の月なのにどこか見苦しい。
「今までご苦労様でした。三人が三人ともそれぞれが個性を発揮してお互いの月を盛り上げていってくれて、本当に助かりましたわ」
そう言って登場したのは九月の擬人化した女性、長月さんだ。彼女は今までの月と違い、どこか落ち着いて物静かな印象を与える。9月はそういう月なのかもしれない。
「月見団子しかありませんが、どうぞ」
長月さんは控えめに団子の皿を差し出した。今までにない控えめな態度は好感が持てた。今までは・・・・。僕は夏の月たちをチラリと一瞥した。そして、思わずため息をついた。
「ちょっと、今のため息、何?」と文月さん。
「私たちを見て明らかに呆れたような視線を送った」と葉月さん。
「どうせ、私たちがお互いを罵り合っている最悪の月だと思っているのよ。夏の月は鬱陶しいって・・・・」と水無月さん。
「いや、別に鬱陶しいのは梅雨がメインの水無月さんだけだし」
そう言ったのは文月さん、それに賛同するように葉月さんも頷く。それに対し、水無月さんは立ち上がって二人を指さした。
「同じ夏の月なのに、どうしてそういう裏切り行為をするわけ?」
「いや、あなたはまた特別な月だから」と葉月さん。
こんなやり取りがしばらく続いた。それにしても、九月になってもまだこの調子なのかと思うと少し頭が痛くなる。
「あら、お団子では物足りなかったかしら。それなら、おはぎでも出しましょうか?お彼岸用に用意したモノですけど」
長月さんはすぐさまキッチンに行き、おはぎを乗せた皿を持って戻って来た。本当によく気が付く女性だ。そして、長月さんはいがみ合う夏の月たちの傍に来ると優しく微笑んだ。
「私、これでも夏の月の方々には親近感を抱いていますのよ。私も同じですよ。月の初めはまだまだ夏に負けない暑さでしょ。おまけに台風もやってくるし。でも、ふとしたことから秋の訪れを少しずつ感じるんですよね。秋の虫の鳴き声や、日が落ちるのが早くなったり、急に肌寒く感じることがあったり」
何ということだ。今までにないパターンに僕は当惑した。長月さんは夏の月さんの醜いいがみ合いを窘めるのではなく、さりげなくフォローしてこの場を収めようとしている。このようなことをしてくれた月はかつていなかった。長月さんは落ち着いた大人の女性なのかもしれない。
「ちょっと待って」
安堵したのも束の間、横槍を入れてきたのは、水無月さんだった。