第二話『思い出す。』
「いい?もしお母さん達とはぐれたら、タクシーを捕まえてこの紙を見せてね。これは、私達の泊まるホテルの住所だから」
「わかった」
それをもらってポケットにねじ込む。
と、ここで急激に尿意が襲って来た。
そういえば、飛行機の中でも到着したあとでも行ってなかったな……
「あー……トイレに行きたいんだが」
「あ、私も!」
「じゃあ皆で行こっか」
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「お母さんはここで荷物番してるね」
「わかった」
そして結菜は女子トイレに、俺と親父は男子トイレに入った。
「しかし、さっきは災難だったな!」
「うるせぇよ……」
「全く、お前はいつまでもそうだ。ちょっとしたことですぐに泣く」
反論はできない。生まれもったメンタルの弱さからか、それとも単純に強くなろうとしていないのか。兎角俺は度々涙を流す。自分でも自分を弱いと思って、嫌になる。
昔、泣いたことで鮮明なのは、どれも結菜に泣いてることを笑われたときのこと。
まぁ、今思い返すと、いずれも小さいことで泣いたなと思うが。
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中2の夏のことである。
「おかえり。って誠一郎、どうしたの?」
家に帰るや否や母は俺の顔を見て、心配そうな表情を見せた。
「っ……!っ!」
おそらく、俺の顔はぐちゃぐちゃに歪められ、涙が乾いたあとがついていて、なかなか見るに耐えないものだったろう。
俺は、せめてものの強がりで声だけは抑えていたが嗚咽は漏れてしまっていた。
リビングに移動しソファーに座ると、母は緑茶を出してくれた。それを飲み干して、俺の気が落ち着いたのを見て母は切り出す。
「それで、どうしたの?」
「英語のテストの点が悪かった」
「……え?」
母は困惑していた。てっきりもっと重大なことだと思っていたのだろう。
「そ、そっか。で、何点だったの?」
「75……」
「……」
母はとうとう黙った。普通に見れば、そこそこの高得点だ。それにその時のテストは難しく、平均も40を割っていたと思う。その中でその点を取れたのは誇るべきことだったろう。
それでも、俺には英語しか武器になるものがなかったし、それが落ちこぼれてしまったことに、ひどくショックを受けていた。
ここで、結菜が部屋からリビングに移動しくる。
「あ、お兄ちゃんおかえり……?泣いてる!?おばけ!?おばけでもでたの!?」
「違うよ……テストの点が、悪かったんだ……」
「ちがうの〜?じゃあ、お兄ちゃんは泣き虫さんだね!」
「は……?」
「私、お化け以外怖いことないもん!お兄ちゃんより私のほうが強いね!」
「ち、違う!そもそも怖いとかじゃない!」
「えぇ〜?でも私そんなことで泣かないよ?」
「っ!お前には関係ねぇよ!」
俺はそう言うとリビングから駆けて飛び出し、自室に入った。
そこで、結菜の鼻を明かすつもりで勉強に勉強を重ね、穴を埋めて、お釣りが返ってくるくらい英語の成績をあげたものだが。
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「俺はアレを許せない」
「はっはっは。結菜はお前が泣くと、えらく元気になるからな。まぁそしたらお前も元気になるんだが。凄いと思うんだぞ?お前は泣いた分全部乗り越えてる。泣き寝入りせずに、だ」
「あいつがいない方がもっと楽だ」
「うむ……なぁ誠一郎、もう少し妹のこと見てやってもいいんじゃないか?」
「何の話だ?」
俺は、これまで十分すぎるくらいに見させられてる。もうこれ以上結菜を見るのはこりごりだ。
親父は俺の質問には答えず、手を洗いにいった。話は終わったのか。
それならと、俺もそれに合わせて移動する。
手を洗い、ポケットから出したハンカチで手を拭きながら親父の会話を思い返す。
いや、やめだ。結菜のことは極力思考の隅に置きたい。
思考を埋めるために、今後の予定を確認することにした。
確か、今日はそのまま町の市場に行くんだっけな?あそこは人も多いし、はぐれないように気をつけないと。
俺たちはその後空港を出て、目的地へと移動した。