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君が世界から消えたとしても  作者: 春野コウ
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1話 灰色の世界【2】

1ー3 翔視点

僕のバイト先は祖父の居酒屋だ。帰る準備をしながらお客さんと話しているおじいちゃんを見た。おじいちゃんは80だと言うのにいつも元気一杯だ。下手したら150歳くらい生きるんじゃないかってくらい。それにお客さんと話している笑顔が死んだ父さんによく似ていた。

「じゃあおじいちゃん また明日来るから」

「おー気おつけて帰るんだぞー」

外はすっかり暗かった。雨が少し降っているからかいつもより人通りが少ない。 僕は斗真に言われた事を思い出し、ポケットからスマホを取り出す。

───バイト終わったら電話して

プルルルル、と着信音が耳元で鳴り響く。

『もしもし?』

「ごめん今バイト終わった」

『おせぇ〜〜よ 早くしろ〜〜』

「すぐ行く」

『んー』

そこで通話が切れ、スマホをポケットにしまった。斗真にはすぐ行くと言ったけど先に心の中で謝っておく。先に行く所があるからだ。居酒屋の前にある花屋で花を買い、僕は”あの事故現場”に向かった。歩いていると、かなりの声量を撒き散らす暴走族が通りかかった。バイクの音は本当に不快だと思う。まあその音がかっこいいと思うイケイケな男子もいるのかもしれないから否定はしないけど。


やがて事故現場にたどり着き、あたりを見渡す。そこはなんの変哲のない交差点。


白い横断歩道にはまだ少しばかり醜い跡が残っていた。肉片を引きちぎりそのまま引きずった赤く細い跡が。買った花束をガードレールの横に置き、そのまま目をつぶり手を合わせる。僕は今も悔やんでいる。どうしてあの時間違えて横断歩道を渡ってしまったんだろうと。渡らなければ父さんと母さんは死なずにすんだのに。死なずに、すんだのに。悔しさに浸りながら、僕はもうこの世にはいない2人に問いかけた。

どうして僕を助けたの?

最後の日を楽しく過ごせた?

僕はこれからどうすればいい?と。

答えは、帰ってくる事は無かった。ただただ自動車が通る音しか耳には届かない。僕は立ち上がり、深呼吸をした。涙がこみ上げて来そうだった。でも何とか堪えた。

「じゃあ…また来るから」

寂しさが混じった顔でそう言い、僕は事故現場を後にした。

年期のある斗真の家にたどり着きインターホンを押すと、すぐさま玄関に明かりがともり、斗真が鬼の仮面の様な顔をして出て来た。シャワーを浴びたようで暑いのか、袖を肩まであげていた。「おせえよ馬鹿 腹ぐーぐーなってたわ!!」

「ごめん アイス買って来たら遅れちゃった」

「俺の分は?」

「あるよ」

「ナイス」

お邪魔しますと一言言ってから、靴を脱ぎ中に入り中に入る。斗真に今日泊まっていい?と尋ねてみると、いいよとあっさり承諾してくれた。リビングのドアを開け、斗真はキッチンに、僕はテレビの前にあるローテーブルに荷物を置き、あぐらをかきながら座った。ワイアシャツのボタンを一つ外す。いつものおいそうなカレーの匂いが、僕の嗅覚を刺激する。

「今日も甘辛?」

「そらそーだ 俺辛いの無理だもん」

「おこちゃまだね」

「うるせ」

斗真が鍋に入ったカレーをかき混ぜているのを見ていると、テレビで話し合っている話題が耳に入って来た。偉そうな専門家達が日本の未来について話し合う番組だ。

『透明病について今日は話したいと思います。』

「透明病…。」

専門家が言い合いになり、あまり話の内容は頭の中に入ってこなかったが、一番印象的に残ったフレーズがあった。それはこれ。

『透明病にかかった人は10ヶ月程しか生きられないことが研究結果によって分かっています』

それを聞いた斗真がカレーをご飯にかけながら僕に言った。

「そう言えば日本でも透明病にかかった人見つかったらしいぞ」

「そうなの?」

「うん しかも俺たちと同い年だって」

「同い年?」

「数億人に1人とか言われてる病気だから治療方法もないし、今まで日本では見つかってなかったらしいからこんなニュースになってるんだって。」

そこで透明病の話は終わった。斗真が2人分のカレーを持って来てくれたからだ。僕は姿勢を正し、頂きますと一言添えてからスプーンを持ち、ルーとご飯が均等になるようにかき混ぜる。”具材が少ない”カレーライスを、均等に。

「ごめんな 具材少なくて」

「だいじょぶ」

斗真の家は、はっきり言うと貧乏だ。いや別に見下してるとかではなく、本当に。理由は簡単で、斗真には父親がいない。あまり詳しくは知らないんだけど、斗真が生まれた時に、父親が逃げそのまま母親と暮らす事になったんだとか。それで今は母親の給料だけで生活している。生活だって苦しいのに、部活の時以外はいつも家い誘ってくれて、具の少ないカレーを食べさせてくれる。具の少ないカレーを食べるのが楽しみでもあった。

「そういやお前期末テストどうだった?」

「……えー… 数学以外は80点以上取れたよ」

「数学何点?」

「45」

斗真がふふと鼻で笑った。

「笑わないでよ 中学ではもっと低かったんだから」

「ほんとお前数学苦手だよな」

斗真は昔から頭も良かった。毎回全教科90以上は取るし、テスト前には友達にノートを見せている姿や勉強を教えている姿なんか頻繁に見かける。

昔どうしてそんな勉強できるの?って聞いた時、斗真は幼さが残る笑顔でこう答えた。

「母ちゃんに迷惑かけたく無いから」と。

もう、何処を引き出しても本当に悪い所が見当たらない。素直じゃない僕とは超ーーー大違いだ。「で、どうだったよ 君野」

「……どうって何が?」

「可愛いかったろ」

斗真が突拍子も無いことを言うので僕はむせてしまう。でも綺麗な瞳だったし、肌も綺麗だったから、可愛くないと言ったら嘘になる。

「そ、それは分かんないけど…いい人だなとは思ったよ」

「じゃあ友達候補としては?」

「そういえば斗真は好きな子いないの?」

「話変えんな」

「好きな子教えてくれたら答えるよ」

このやろうと下顎を突き出しながら言った。言おうか言わないか悩んでいるのか何秒か間が空くも、斗真は耳を赤くしながらボソッと答えてくれた。別に言わなくても良いのに、と心の中で微笑んでしまう。

「し……しま、ざき」

「!」

斗真が言った子の本名は島崎しまざき 綾花あやか。僕らと同じ中学でそのまま同じ高校に入学した、いつもポニーテールが特徴的なバスケ部の子だ。そう言えば、中学の時斗真と島崎さんが隣同士の席になり斗真が顔真っ赤っかになってたっけ。それでよく僕のクラスに来て、「なあ 何て話せばいいと思う?」とか聞いて来た事もあった。あの時は面白かったなあ。

「まだ好きだったんだね」

「わ、悪いかよ」

「悪いとは言ってないよ そんな好きなら告白すればいいじゃん」

「え無理!…顔も見れねえのに」

真面目だな本当に。真面目というか純粋?でも僕は斗真のそういう所が好きだった。

顔が真っ赤になった斗真は気を落ち着かせる為、一杯牛乳を飲みさっきの話を再開する。

「で?君野を友達にするのは?」

「……」

その時スマホの着信が鳴り響いた。そのメッセージの主は、今話題の彼女だった。


『やあ!夜遅くにごめんね!志賀君からアカウント教えて貰った!今日からよろしく(ピース)』


メールアプリを使うのは久しぶりだったので、なんて返そうか悩んでしまうも、慣れない手つきでなんとか彼女に返信をする。スマホを机の上に置き視線をあげると、僕のアカウントを教えた張本人がニヤニヤしていた。

「君野?」

「……そう よろしくって来た」

「ほー、何て返信したん?」

「普通によろしくお願いしますって」

「敬語ってお前… 」

斗真が「友達作れ」関係の事を言おうとしたのが見えたので、僕は会話に棘を刺した。

「先に言っとくけど、友達はもう作らないよ」

斗真の動きが止まり、沈黙が続く。僕と目が合う。斗真はまた目を逸らし、何かを考えるそぶりを見せる。そしてまた目が合い、斗真が言う。

「…まああんま急かすのも良くない気がするけどさ」

「でも、」

カッカッと言うスプーンと皿がぶつかり合う音が耳に届く。

「気持ちが落ち着いて、友達作ろう!って思ったら言えよ。そん時は俺も手伝うから」

落ち着いた優しい声で、な!と斗真は僕に同意を求める。斗真が心配してくれているのにも関わらず、僕は否定の意と、肯定の意を混ぜ合わせたうなづきしか返す事が出来なかった。そしてカレーを食べ終わった斗真は立ち上がる。

「食い終わったら風呂入って来ちゃえよ 服は俺の出しとくから」

「……ありがと」

僕の心臓には今無数の鋼鉄の鎖が巻かれている。がっしりと、重みのある鎖。その鎖は本当に厄介で、ドクンドクンと鼓動を刻むたび、心臓の肉が鎖に挟まり胸が苦しくなる。


どうして生きているのかが分からなくなっていたからだ。


太陽の光で目を覚ますし、隣の布団に目をやると斗真の姿は無かった。綺麗に畳んである布団に、置き手紙と鍵が置いてあるのを見つけ、僕はそれを確認する。

〈部活だから鍵閉めといて!〉

「起こしても良かったのに……」

立ち上がり僕は外を見上げ、背筋を伸ばした。まだ朝方なので空には青々しさはなく、何処か白さが残っている。ふとカレンダーを見て僕は目を丸くしてしまった。

「そうか、もう7月か」

16回目の七月がやって来た。


人ん家でありながらゆったりと身支度を済ませ、勿論鍵を閉めて僕は外へ出た。

僕の高校はバス一本で行ける所にある。学力も僕の学力にあっており、意外とまったり登校できて気が楽だ。バス停にはすでにバスが来ていた。僕はそれに乗り込み出発を待つ。たちまちドアがプシューと閉まりバスが動き出した。バスの中は明るめな印象だった。それは朝だからと言う意味ではなく、夏だから白いワイシャツの人たちが多いと言う意味で。窓の外に目をやると緑の木々が咲いていた。 車はとてもカラフルだが、でも僕の視界から見た世界の色はワントーン低く、何処か味気ない。


バスを降り、学校まで向かう。男の人が好きそうな女子三人組、女優の話をして盛り上がる同じ部活であろう男子達。群れをなさなければ強気になれないイケイケな男女達。いかにも直ぐに別れそうな雰囲気を持ったカップル。その他の白いワイシャツやポロシャツを来た生徒たちを、あたかもそこに存在してなかったかのようにくぐり抜ける。校門にたどり着き中へ入ろうとした。でも僕はピタッと足を止めてしまった。


綺麗な緑の葉っぱを太陽にかざす、彼女がいたからだ。

彼女は僕の存在に気付き僕の方へ近寄って来た。

「よー!君代君!やっと来たね」

まだ朝方というのに元気一杯で、愛嬌のあるの瞳がぱっちり開いている。そして今の言葉に僕は疑問を覚えた。その疑問を恐る恐る聞いてみる。

「やっと来たって……何か僕に用?」

「うん。 君代君、これからって何か用事ある?」

「いや、学校だけど…」

なら大丈夫だね!と彼女は両手に手を合わせ音を鳴らした。一体何が大丈夫なのだろうか。

「じゃあ君代君」

彼女は駅の方角に指を指す。

「”今から”映画行くよ!」

「………………………はい?」

「え?だから今から映画行くよって」

??????

「……いやいやいや、え?何いきなり…? 無理だよ学校なんだから それに何で僕が?」

「そっかー なら君が昨日私のパンツ見た事此処で大声で言うしかないなあ」

「ちょちょちょちょちょストップストップ! まっ、え?何?君は悪魔のなの?」

「じゃあどっちか選んでよ。私と映画行くか、此処で昨日の事を暴露されるか❤️」

可愛く言っても無駄だ。イラつくだけだからやめろと心の中で叫ぶ。何が何だか分からない。授業には出ないといけないのに、でも此処で昨日の事を暴露されるのもごめんだ。どうする?どうする?どうする?

「いきなり滅茶苦茶すぎるよ……」

頭を抱え、数秒唸った末、僕は本当に仕方なく彼女について行くことにした。弱みを握られてなかったら絶対行かなかっただろうな、と心の底から思う。彼女が僕の了承を得ると、子供の様な笑顔ではなく、大人っぽい落ち着いた笑顔で笑った。太陽の光でその笑顔が一層輝く。そして彼女が「行くよ!!!」と僕の手を包み込む様に握り、走り出す。僕を連れて、通学路を逆走して行く。その異常な行動に周りの生徒達の視線が僕たちに集中していた。彼女はそんなの気にせず、走る走る。走る。でも何故君は僕を誘ったんだろう。僕は風に殴られながら、もうありったけの質問を彼女にぶつけた。「ねぇ!どうして僕なの!?」「決まってんじゃん!君と仲良くなりたいから!」「先生にバレたら?」「だいじょーぶだって!バレないバレない!」「誰かに告げ口されたら?」「そん時は一緒に怒られよう!!!!!!」

もう滅茶苦茶だ…。不安しかなかった。でも、それなのに。それなのに心の中でワクワクしている自分がいて少し驚く。久しぶりのワクワク感のせいで、今視界に映っているものがどれも輝いて見えたような気がした。緑色になった木々。その隙間から差し込む木漏れび。白いワイシャツを来た生徒達。夏の匂いがする通学路。そして、後ろからでも感じられる、彼女の笑っている姿。その笑顔を見て心に絡みついている鋼鉄の鎖がガチャンッッと、1つ砕けた様な気がした。

彼女が振り向き、僕に言い放つ。


「これからよろしくね 君代翔君」


愛嬌のある潤った瞳。ゆらゆらとなびく、綺麗な髪。僕は何を思ったのか、何故かふと空を見あげてしまった。その空は昨日の様にもう灰色の空ではなかった。

見上げた空は、




青かった。


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